だがこうして梅崎さんとの交際が復活しはじめると、私は次々と、彼のこの優しさと意地悪爺さんとの両面にぶつかったものである。それは氏と酒を飲んでいる時にしばしば、あらわれた。この人の酒の酔い方には三段のプロセスがあって、はじめは機嫌よく飲んでいる。そんな時は実に心優しいのである。思いやりがあって、こんないい先輩はまたといないと思われるほどである。だがある所までくると、その眼がいびつに光りはじめる。突然、こちらの弱点を意地悪く苛《いじ》めだす。寸鉄、人を刺すような批評をあびせるのだ。こんな意地悪爺さんはないと思われるほどである。それがすむと彼はトロンと眠りこけてしまうのだった。
そのくせ、この『幻化』や『砂時計』の作者は私たち後輩に妙に慕われた。少なくとも私などはヘンテコな懐かしい兄貴という感じを彼にずっともちつづけたものだった。
ヘンテコな兄貴などと書くと、今は地下にいる梅崎さんはまたブツブツ怒るかもしれぬ。しかしこの原稿を書くために、数年前の私の日記をめくってみると、その至るところに彼の名前と、彼から受けた被害が多少の恨みつらみをこめて書きこまれているのである。読者はもし彼のような先輩をもったとしたら、私のように懐かしくもヘンテコと思われないだろうか。その日記の一部をえらんでここに写してみたい。
某月某日
梅崎さんの家に行く。梅崎さんは新しくできた書斎に私をつれこみ、嬉しそうに箱型の器具をとりだして、
「あのネ、これは肝臓が悪いかどうか調べる医療器具です。この上に手をおいて中の電気がつかなければ君の肝臓は丈夫です。電気がつけば悪いのです。やってみなさい」
言われる儘に手をおくと、奇妙にも箱の豆電球に灯がついた。自分は肝臓など悪くないつもりだがと言うと、梅崎さんはムキになって、
「だって電気がつくじゃないか。ぼくなんか、いくら手をのせてもつきませんよ」
と言い、手をおいてみせる。本当に今度は豆電球はそのままである。こっちは嫌アな気がして黙っていると、
「君、医者に行ったほうがいいですよ」
と奨《すす》める。だがその時、彼が変な姿勢をしているので、ひそかに窺うと、何と、彼は座布団の下で箱から出たコードのスイッチを操作しているのだ。自分が手をおく時はスイッチを切り、私が手をおく時は、電気をつけていたのである。一体、何のためにこの人はこんなことをやるのかさっぱりわからず、首ひねりつつ帰宅する。
某月某日
先日の肝臓判定器なるものについて安岡章太郎に話すと、安岡も首ひねり、フシギな人物だなあ、自分も同じような経験があると言う。安岡の家の庭にモグラが跋扈《ばつこ》して困っていた時、それをどこからか伝え聞いた梅崎さんから電話があって、
「あのネ、安全カミソリの刃を地面に埋めておくと、いいですよ」
と教えてくれたそうだ。なぜ良いのですかと安岡がきくと、モグラは盲目だから、地面をすさまじい勢いでメチャメチャに進行する。そして埋めておいた安全カミソリの刃に頭をコツンと当てる。そして死んでしまうのだと梅崎さんは答えたと言う。
某月某日
留守中、酔った梅崎さんから電話があり、女中が「だれもいませんのです」と答えると、
「君の月給いくらですか。そんな安月給でそんな男の家で働くことはありません。早く出ていったほうがいいですよ」
としきりにヤメロ、ヤメロと奨めた由。お手伝い払底の折、大迷惑の話なり。