晩飯をくったあと三浦をさそって町までパチンコをしにいった。成績あまり芳しからず、羊カンと煙草一つずつしか賞品がもらえなかったのは今でも覚えている。少し寒さにふるえながら宿屋に戻ると女中が、「お床は離れにとってございます」と言う。さきほど見た石段の右側の離れである。三浦と私は庭下駄をつっかけてその離れに行った。
離れは四畳半と八畳とがつづき、手洗いがついていた。八畳の部屋にはすでに布団が二つ敷かれ、真中に行燈《あんどん》風のスタンドと、灰皿とコップをかぶせた水差しとがおいてある。おそらくここは新婚さん用の特別室なのであろうが、客がないので我々に使わせてくれたのであろう。
「便所が鬼門の方向にあるワ」
用をたしていた三浦が部屋に戻ってきて、すでに寝床にもぐりこんで煙草をすっている私に言った。三浦が鬼門などというのはおかしかったが、何事も用意周到なこの男は一緒に旅行してホテルや旅館に泊ると、必ず火事の際の逃げ道を調べる癖があるので、私は黙っていた。
時刻は十二時ちょっと前であった。私と三浦とは寝床で腹ばいになりながらクダらん話をしていたが、やがて、どちらからともなく寝ようと言いだし、灯を消した。灯を消すと向うの障子に竹藪の影がうつるのがみえた。そして遠くから「二番線を上り東京行急行が通過しまあすウ」という駅員の声がきこえてきた。その声をききながら、私はウトウトと眠りに入ったのである。
断っておくが、この時の私は精神的にも肉体的にも疲れていなかった。久しぶりに仕事をおえた解放感と友人との楽しい旅とで、むしろ心がはずんでいたと言ってよい。決して幻覚をみたり幻聴をきいたりする状態ではなかったと、今でも言うことができる。
私はまず胸がひどく重いのを感じた。ちょうど布団でグルグルと体をまかれて手足の自由がきかぬ——そんな感じにそれは似ていた。そして自分が覚醒しているのか、半ば眠っているのか、自分でも判別できずにモガいている気がした。ただわかっているのは、男が私の耳にベッタリ口を当てて、囁いているということだった。
「俺は……」その声はこう言っていた。
「ここで自殺したのだ」
「自殺した」と言ったのか「死んだ」と言ったのか、今はその記憶は曖昧《あいまい》である。いずれにしろ声はそのような意味のことを三、四度くりかえして言った。
私は眼をあけた。闇である。向うの障子に竹藪の影が依然としてみえる。三浦はもう眠ったのであろう、石のように静かだ。
イヤな夢をみた——と当然、その時、私は思った。幽霊とかお化けなどというものを勿論、私は信じてなぞいない。そんな子供じみたものは存在するはずはない。だから私はまた眼をつむって眠りに入ろうとした。
と、ふたたび同じことが始まったのである。息ぐるしくなり、体がしびれるような感じがして身動きができず、またもや耳に湿った男の口がよせられ、
「俺は……ここで……自殺……したのだ」
恨むがごとく、呪うがごとく言うのである。そして私は眼をあけた。
今度はさすが薄気味が悪かった。よほど三浦を起そうかと思ったが、そんなことを言っても、
「またウソこくな」
と怒るにちがいない。だから私は無理矢理に眼をつむって眠ろうとした。
なかなか眠れない。時折、窓をならす風と竹藪のきしむ音が急に耳についてくる。私はでき