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燃えよ剣01

时间: 2020-05-26    进入日语论坛
核心提示:女 の 夜 市新選組局長近藤|勇《いさみ》が、副長の土方歳三《ひじかたとしぞう》とふたりっきりの場所では、「トシよ」と呼ん
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女 の 夜 市

新選組局長近藤|勇《いさみ》が、副長の土方歳三《ひじかたとしぞう》とふたりっきりの場所では、
「トシよ」
と呼んだ、という。斬るか斬らぬかの相談ごとも二人きりのときは、
「あの野郎をどうすべえ」
と、つい、うまれ在所の武州多摩の地言葉《じことば》が出た。勇は上石原《かみいしわら》、歳三は石田村の出である。どちらも甲州街道ぞいの在所で、三里と離れていない。初夏になれば、草むらという草むらが蝮《まむし》臭くなるような農村だった。
さて、「トシ」のことである。
トシという石田村百姓喜六の末弟歳三の人生が大きくかわったのは、安政四年の初夏、八十八夜がすぎたばかりの蝮の出る季節だった。
例年になく暑かった。
この夕、歳三は、村を出るとまっすぐに甲州街道に入り、武蔵《むさし》府中《ふちゆう》への二里半の道をいそいでいた。
浴衣《ゆかた》の裾《すそ》を思いきりからげている。
背がたかい。肩はばが広く、腰がしなやかで、しかも腰を沈めるように歩く。眼のある者からみれば、よほど剣の修業をつんだ者の歩き方だった。
顔は紺無地幅広《こんむじはばびろ》の手拭でつつみ、頬かぶりのはしを粋《いき》に胸まで垂れている。
洒落《しやれ》者《もの》であった。
手拭一本でも自分なりに工夫して、しかもそれが妙に似合う男だった。
洒落者といえば、|まげ《ヽヽ》が異風であった。百姓のせがれらしく素小鬢《すこびん》という形にすべきところだが、村でもこの男だけは自分で工夫した妙な|まげ《ヽヽ》を結《ゆ》っていた。それが大それたことに、武家|まげ《ヽヽ》に似せてある。
この|変り《ヽヽ》まげ《ヽヽ》については、
「分際《ぶんざい》(階級)を心得ろ」
と、名主の佐藤彦五郎から叱られたことがあったが、歳三は眼だけを伏せ、口もとで笑っていた。
「なあに、いずれは武士になるのさ」
といった。
その後も|まげ《ヽヽ》をあらためなかったが、ただ紺手拭で頬かぶりをするようになった。だから村では、
「トシのお目こぼし髷《まげ》」
と悪口をいった。歳三の家と佐藤家とは親戚なのである。親戚だから、名主もこの異風を目こぼしする。そういう意味である。
しかし頬かぶりよりも、頬かぶりの下に光っている眼がこの男の特徴だった。大きく二重《ふたえ》の切れながの眼で、女たちから、「涼しい」とさわがれた。
しかし村の男どもからは、
「トシの奴の眼は、なにを仕出かすかわからねえ眼だ」
といわれていた。
まったく、この男はなにをしでかすかわからなかった。
いまも、街道を歩いている|なり《ヽヽ》はただのゆかたがけだが、その下にはこっそり柔術の稽古着《けいこぎ》をきている。
宿場のはずれに出たところ、野良がえりの知りあいから、
「トシ、どこへ行くんだよう」
と声をかけられたが、だまっていた。
まさか女を強姦《ころ》しにゆく、とはいえないだろう。
今夜は、府中の六社明神《ろくしやみようじん》の祭礼であった。俗に、くらやみ祭といわれる。
歳三のこんたんでは、祭礼の闇につけこんで、参詣の女の袖をひき、引き倒して犯してしまう。そのときユカタをぬいで女が夜露にぬれぬように地面に敷く。その上に寝かせる。着ている柔術着は、女の連れの男衆と格闘がおこった場合の用意のつもりだった。
歳三だけが悪いのではない。
そういう祭礼だった。
この夜の参詣人は、府中周辺ばかりでなく三多摩《さんたま》の村々はおろか、遠く江戸からも泊りがけでやってくるのだが、一郷《いちごう》の灯が消されて浄闇《じようあん》の天地になると、男も女も古代人にかえって、手あたり次第に通じあうのだ。
いよいよ下谷保《しもやぼう》をすぎたあたりから、府中の六社明神をめざしてゆく提灯《ちようちん》のむれが、めだってふえはじめた。
江戸の方角に、月があがった。
月の下をどの男女も左手に提灯をもち右手に青竹の杖をひいて異常な音響をたてながら押し進んでゆく。蝮の出る季節だから、青竹のさきをササラに割り、道をたたいて蝮を追いちらしながら歩いてゆくのだ。
歳三も、青竹をもっていたがこの男の杖だけはただの青竹ではなく、節《ふし》をぬいて鉛をながしこみ、ずしりと鉄棒のように重かった。
蝮をおどすよりも人間をおどすほうに、これは役に立つ。
この近在では、歳三のことを、
「石田村のバラガキ」
と蔭口でよんでいる。茨垣《ばらがき》と書く。触れると刺す例の茨《いばら》である。乱暴者の隠語だが、いまでも神戸付近では不良青年のことをバラケツというから、ひょっとするとこのころ諸国にこの隠語は行なわれていたのかもしれない。
歳三が府中についたのは戌ノ刻《はちじ》のすこし前であった。
府中の宿《しゆく》六百軒の軒々には、地口《じぐち》行燈《あんどん》に蘇枋色《すおういろ》の提灯がつるされ、参道二丁のけやき並木には高張《たかはり》提灯がびっしりと押しならんで、昼のように明るい。

いわば、女の夜市《よいち》なのだ。
歳三は、女を物色してあるいた。ときどき、同村の娘や女房連とすれちがってむこうから袖をひかれたりしたが、
「よせ」
と、こわい眼をした。歳三にはふしぎな羞恥癖《しゆうちへき》があって、同村の女と情交したことは一度もなかった。同村だと、いずれは露《あら》われるからだ。だから、
「トシはかたい」
という評判さえあった。歳三は、情事のことで囃《はや》されるのを極度に怖れた。
理由はない。
一種の癖だろう。だから、
「トシは、猫だ」
ともいう者があった。なるほど犬なら露骨だが、猫は自分の情事を露わさない。そういえば、歳三は情事のことだけでなく、どこかこの獰猛《どうもう》で人になつきにくい夜走獣に似ていた。
もっとも、歳三が同村の女と情交《まじわ》りたくないのは理由があった。土百姓の女には、なんの情欲もおこらなかったのだ。
(女は、身分だ)
と考えていた。美醜ではない。それが歳三の信仰のようなものであった。
自分より分際の高い女に対しては、慄《ふる》えるような魅惑を感じた。こういう性欲の型をもった男も少なかろう。
たとえば、去年の冬、この男がある生娘《きむすめ》と通じたのもそれであった。
女は、八王子の大きな真宗寺院の娘で、その宗旨のならわしとして、娘はその門徒たちから、
「お姫《ひい》さま」
とよばれていた。歳三はただそれだけを耳にし、娘をまだ見ない前から、その娘と寝たいと思った。
歳三はこの娘と通じるために、わざわざ二里はなれた八王子に数日|逗留《とうりゆう》した。
ついでながら、歳三は、八王子付近の住民から「薬屋」とよばれていた。
このころ、この男は薬の行商もしていたのだ。
もっとも歳三の家は、農家ながらもこの一郷では、「大尽《だいじん》」とよばれているほどの家だから、薬の行商をしなくとも暮らせるのだが、家に、「石田|散薬《さんやく》」という、骨折、打身《うちみ》に卓効ある家伝の秘薬がつたわっている。
原料は、村のそばを流れている浅川河原でとれる朝顔に似た草で、その葉に、トゲがあるそうだ。その草を土用の丑《うし》の日に採り、よく乾して乾燥させ、あとは黒焼きにし、薬研《やげん》でおろして散薬にし、患者にそれを熱燗《あつかん》の酒で一気にのませる。奇妙なほどにきいた。のちに池田屋ノ変のあと負傷した新選組隊士に歳三がひとりひとりに口を割るようにして飲ませてみたところ、二日ほどで打身のシコリがとれ、骨折も肉巻きがしなかったといわれる。
その家伝「石田散薬」の行商をして、歳三は、武州はおろか、江戸、甲州、相州まで歩いた。それがこの男の年少のころからの剣術修業法で、町々の道場に立ちよってはこの骨折、打身の薬を進呈し、そのかわり一手の教えを請うた。
当時歳三がしばしばそのあたりまで足をのばして逗留した甲府桜町に道場をかまえる神道無念流の梶川景次などは、のちに京の新選組のうわさを耳にし、
「土方歳三とは、あの武州の薬屋か。あれならばそれくらいのことはやるだろう」
といったという。
八王子の真宗寺院に入りこめたのは、薬売りという便宜があったからである。
寺の名を、専修坊《せんじゆぼう》といった。
院主《いんじゆ》は歳三が気に入り、
「寺の納屋《なや》にでもとまって数日近在に売り歩くがいい」
といってくれた。娘の姿は見なかったが、昼のあいだに寺の建物、庭の様子をくわしく調べておき、娘の居間が、この寺で客殿とよばれる小さな数寄屋造《すきやづく》りの一室であることも知った。
翌日、はじめて娘の姿をみた。娘は、魚に餌を与えるつもりか、庭の池のふちに腰をおろして朝の陽《ひ》をあびていたが、通りかかった歳三に気づいて顔をあげた。
不審な表情で、眉をよせた。
むりもなかった。
紺手拭で頬かぶりをし、絹の縞《しま》の着物に献上の帯をしめているあたりはどうみても名主の総領息子の様子だが、それが威勢よく尻からげをしている。しかも股引《ももひき》をはき薬箱をかついでいるところだけをみればどうやら行商人としか思われない。ところがそうとも思われないのは、この若者が、剣術道具をかついでいる点であった。
こんな、ちぐはぐな男をみたことがない。それがふしぎと、この眼の涼しい男に似合っているのである。
(どなたかしら)
娘は、まじまじと見た。
歳三の見るところ、娘はさして美しくはなかったが、小柄でおとなしそうなところがかれの好みに合う、とおもった。
が、一礼もしなかった。
分際の高い女は好きだといっても、この男は女に頭をさげて愛嬌をふりまくのは好まなかった。
ただ、二、三歩近づいて、
「いずれ」
と、だけいった。
いずれなにをするのか。
娘が訊《き》こうと眼をあげたときは、歳三は背をみせて山門のほうに去っていた。
その夜、子《ね》ノ刻《こく》、歳三は娘の部屋の雨戸にゆばりを流して、音もなく開けた。武州多摩の村々の若者は、娘を|よば《ヽヽ》う《ヽ》ときにこの法をつかう。
女が、二人寝ていた。
ひとりは娘の乳母で、歳三が枕もとで寝息をうかがうと、正体もない。
つぎに、娘の寝息を嗅《か》いだ。低く小さくまろやかで、これも正体がなかった。
歳三は、ふとんの裾にまわった。ふとんをそっとはぐると、娘の半身が出た。
両方の親指を、歳三はつまんだ。つまみあげた。両脚を親指だけでつまみあげるのはひどく重いものだが、娘の目をさまさせないようにするためには、それしか法のないものだということを歳三は知っていた。
やがて、娘の両脚は裾を割って無心にひらいた。死体のように知覚がない。
娘が目をさましたときは、すでに異変がおこってしまったあとだった。
ところが歳三にとって意外だったのは娘が騒がなかったことだった。ただひたすらに体を固くしているほかは、吐息さえもこらえ、声もたてない。
——いずれ。
と歳三がいった意味を、娘はすでに知っていたのだろう。むしろ、この見映《みば》えのいい旅の若者が忍んでくることを、ひそかに期待していたのかもしれなかった。若者が娘を|よば《ヽヽ》う《ヽ》ことは、この郷ではめずらしい事件ではない。
娘の意外な落ちつきをみて、
(これがお姫《ひい》さまか)
と失望したのは、歳三のほうだった。その翌日、寺の裏手にひろがっている桑畑にうずもれ、野良着をきて桑つみをしているのをみて歳三はさらに失望した。
(ちがう。——)
とおもったのは、かれが想像していた娘ではなかったのだ。野良着をきて桑臭くなっている娘ならかれの村にもいる。わざわざ八王子くんだりまで来ることはなかったのである。この男は、その夕、八王子を発《た》ったきりその後ついにこの専修坊に立ち寄らなかった。
すこし異常だが、この挿話は、それほどかれが分際の貴《たか》い女へのあこがれがつよいことを証拠だてている。
分際が貴い、といっても、武州三多摩の地は、幕府領、寺社領ばかりの地で、武家がいなかった。村には馬糞くさい百姓娘ばかりいる。やむなく、歳三は、数年前に府中の六社明神の鈴振り巫女《みこ》の小桜《こざくら》を手なずけて、ときどき彼女の住む社家《しやけ》のお長屋へ忍んでいた。
今夜の祭礼には小桜も巫女舞《みこまい》に出るためにおそらく会えまいとおもったが、神事の果《は》てる払暁には、お長屋に忍んでみるつもりでいた。
そのあいだに、女を物色する。目ぼしい女がおれば、この祭礼の俗風として灯の明るいうちに当りをつけておき、闇になるとともに寝るのである。

が、おもわしい女はいなかった。
(江戸からきた武家娘がいい)
と、歳三は軒《のき》行燈《あんどん》の下を歩き、境内の林のなかを歩きまわった。
(居ねえか)
もう一刻《にじかん》も、物色している。が、さすがにこんな猥雑《わいざつ》な祭礼に江戸の旗本の子女が来るはずがなかった。
もっとも参詣人こそ猥雑だが、当の六社明神(大国魂《おおくにたま》神社)は古来武州の総社で、祭礼の格式もきわだって高く、江戸の諸社の神職などは、この祭礼の下役人になって働かされる。それほど社格が高い。
(仕様がねえな)
歳三は、帰ろうかと思った。もっとも物色するうちに何度か、小百姓の女房風の女から囁かれたが、見むきもしない。
そのうち、社殿の森のあたりで祭礼役人の矢声《やごえ》がきこえ、神輿《みこし》の渡御《とぎよ》をつげる子ノ刻の太鼓がひびきわたったかとおもうと、万燈が一せいに消え、あたりは闇になった。
浄闇である。
ただ星だけが見え、数万の群衆は息をつめて、男神《おがみ》の神輿が女神のもとに通うのを待つ。男女の媾合《こうごう》はこのあいだに行なわれるのである。そのことも、六社の神を賑《にぎ》わす神事であると参詣人たちは信じていた。
だから、男女は影だけをかさね、声ひとつ立てない。神威をけがすことをおそれた。立ったまま犯される生娘もいたし、群衆の足もとに押し倒される人妻もいた。しかしどの女も歯をくいしばっても声を洩らさない。
歳三のこの夜の幸運は、万燈が消えたと同時に、かれのそばに女がいた。
なぜその女が、歳三のそばまで寄っていたかわからない。
場所は、群衆のひしめいている参道ではなく、境内の森のなかであった。もともと暗かったから灯のあるときにも女の影に気づかなかったし、女のほうもそうだったろう。抱きよせてみてから、女が、ひどく手ざわりのやわらかな絹を着ていることを知って歳三はおどろいた。
(何者だろう)
手さぐりで衣裳《いしよう》を探ると、四枚の比翼《ひよく》がさねに替裾《かわりずそ》といったもので、この近郷では名主の子女でも用いない。それに匂《にお》い袋を懐中に秘めているらしく、歳三などがかつて嗅いだことのない芳香であった。
「そなた、何者だ」
ついに禁を破って、囁いた。
が、女は、これが神事であると信じているのか、だまってかぶりを振った。
「いってくれ」
「申せませぬ」
明るい声であった。それに、つよい武州の田舎ことばでなく、語尾がやわらかであった。
「そなた、かまわぬか」
「かまいませぬ」
歳三は、草の上に女を押し倒し、はじめて女を知ったときの眩惑《めくる》むような思いで、女を抱いた。この女を抱いたことがやがて歳三にとって自分の新しい運命まで抱いてしまったことになろうとは、むろんこのとき気づかなかった。
(わからぬ)
女の体は、すでに男を知っていた。そのくせ、衣裳のぐあいは、娘なのである。
歳三は、抱きしめながら女の帯の間から錦《にしき》の袋に入った懐剣をすばやくぬきとった。これさえあれば、あとで身分が知れようと思ったのだ。
女はそれと気づかずに、やがて草の上で着くずれをなおし、闇のなかに消えた。
神事がおわり、夜が明けはじめたころ歳三は、巫女屋敷のなかの小桜の長屋に忍んでいた。
「これだ」
と、例の懐剣を見せた。
刀身は海藻《ひじき》肌《はだ》の地肌《じはだ》の立ったみごとなもので、銘は則重《のりしげ》とある。越中《えつちゆう》則重であるとすれば、世にいくつとないものだ。
しかし小桜は、刀身などに見むきもせず、錦の袋をとりあげて行燈にすかしてから、
「あんた、このひとと?」
とおどろいてみせた。
「たしかに、|まぐ《ヽヽ》あ《ヽ》ったの」
「そうだ。まだおれのからだに、あの匂い袋の移り香《が》が残っている」
「この紋をご存じ?」
と、小桜は、赤地の錦に金糸で縫いとられた五葉菊《ごようぎく》の紋をつまんでみせた。
「知らねえ」
「この府中の宮司|猿渡家《さわたりけ》の裏紋よ。あんた、とんでもないことをした。この懐剣の袋には、あたしは見覚えがある。当代|従四位下《じゆしいのげ》猿渡佐渡守さまの御妹君で、お佐絵《さえ》さまのものよ」
「そうか」
歳三は、袋をとりあげ、食い入るようにその五葉菊の紋を見た。
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