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燃えよ剣19

时间: 2020-05-26    进入日语论坛
核心提示:再  会同じ年の文久三年、京の秋が、深まっている。新選組副長土方歳三にとって相変らず多忙な日常であったが、この男の妙なく
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再  会

同じ年の文久三年、京の秋が、深まっている。
新選組副長土方歳三にとって相変らず多忙な日常であったが、この男の妙なくせで、半日部屋を閉じたきり、余人を入れない日があった。
隊では、
——副長の穴籠《あなごも》り。
と蔭口をたたいた。たれもが、この穴籠りを不安がった。
(なにを思案しているのか)
またたれかが粛清されるのではあるまいかという不安である。
その日、朝から小糠雨《こぬかあめ》がふった。
九月も、あと残りすくない。すでに新選組では数日前に、局長芹沢鴨の告別式をすませている。死因は、隊内に対しても、会津藩に対しても、病死、とされた(新入りの隊士のなかには、長州人が襲ったのではないか、と臆測する者もいた)。しかし、なにもかも、済んだことである。済んだ、ということは、新選組の隊内生活にあっては、完全な過去であった。隊士のたれもが、きのうのことを振りかえる習性はもたなかった。みな、その日を、必死に暮らしている。
その日の午後、沖田総司が市中巡察からもどってきて、式台にあがってから、ふと局長付の見習隊士をよびとめ、
「土方さんは」
在室か、ときいた。見習は、ちょっと翳《かげ》のある表情をした。
「いらっしゃることはいらっしゃるのですが」
「が? どうなのです」
「はあ」
「応答を明確にして貰います」
見習隊士はうまくいえないらしいが、どうやら、歳三は、朝から隊士が自室に入るのを拒《こば》んでいる様子であった。
「ああ、穴籠りか」
沖田はやっと気づいて、噴きだした。悪い道楽だ、そんな顔である。
沖田だけが、歳三が自室にこもってどういう作業をしているのかを知っていた。この秘密は、近藤でさえ気づいていない。
沖田は廊下をわたり、中壺《なかつぼ》の東側まできたとき、刀を持ちかえ、足をとめた。歳三の部屋の前である。
「沖田です」
と障子越しに声をかけた。かけてから、悪戯っぽく聞き耳をたて、なかの物音をききとろうとした。
予想したとおり、あわててなにかを仕舞う物音がした。やがて歳三の咳ばらいがきこえて、
「総司かね」
といった。
沖田は、障子をあけた。
「なんの用だ」
歳三は華葱窓《かそうまど》にむかっている。窓の前に硯箱《すずりばこ》が一つ。右手の床の間に刀掛けが一基、それだけが調度の、いかにも歳三らしい殺風景な身のまわりである。
「きょう、市中を巡察していますと」
と、沖田は着座した。
「めずらしいひとに逢いましたよ。たれだかあててごらんなさい」
「私は、いそがしいのだ」
「結構なことです」
沖田は、ゆっくりと歳三のひざもとへ手をのばした。歳三は、はっと防御しようとしたが、すでにその物品は沖田の手にさらわれている。
草紙である。
沖田は、ぱらぱらとめくった。内容《なか》は、歳三のくねくねとした書体で、びっしりと俳句が書きとめてある。
「豊玉《ほうぎよく》(歳三の俳号)宗匠、なかなかの御精励ですな」
「ばかめ」
歳三は、赤くなった。
沖田は、くすくす笑った。この若者は知っている。歳三の恥部なのだ、ひそかに俳句をつくるということは。
「総司、かえせ」
「いやですよ。新選組副長土方歳三先生が、月に一度、瘧《おこり》をわずらうようにして豊玉宗匠におもどりになる。それも隊士にかくれて、御苦吟《ごくぎん》なさる。隊士たちはまさか副長が俳句をつくっているとは存じませんから、いろいろと臆測をして、気にしています。みなに気を使わせるのは、あまりいいことではありませんな」
「総司」
歳三は、手をのばした。
沖田は、畳二畳をとびさがって、句作帖をのぞきこんでいる。
歳三の田舎俳句は、土方家としては、石田散薬とともに家伝のようなものだ。
祖父は三月亭|石巴《せきは》と号し、文化文政のころ武州の日野宿一帯では大いに知られたもので、江戸浅草の夏目成美、八王子宿の松原庵星布尼などという当時知名の俳人と雅交があった。
亡父|隼人《はやと》は無趣味だったが、長兄の為三郎は石翠《せきすい》盲人と号し、江戸までは名はひびかなかったが、近在では大いに知られている。
為三郎は長兄とはいえ、土方家の家督はつがず、次男喜六がついで、世襲の名である隼人を名乗った。為三郎は盲人だったからである。当時、法によって障害者は家督をつげなかったのだ。為三郎は、平素、歳三にも、
「おれは、眼が見えなくてよかった。片っぽうでも眼があいてりゃ、畳の上では死ねまい」
といっていた。豪胆な盲人で、若いころ府中宿へ妓《おんな》を買いに行き、帰路、豪雨のために多摩川の堤が切れ渡船の運航がとだえた。みな、茫然と洪水をながめているときに、為三郎はくるくると裸になり、着ていたものを頭にくくりつけ、
——目あきは不自由なものだな。
とそのまま濁流にとびこみ、抜き手を切って屋敷のある石田在まで泳ぎついたという逸話のもちぬしだ。
義太夫にも堪能で、旦那芸をこえていたというが、やはり得意は俳諧で、気性そのままの豪放な句をつくった。
歳三は、それに影響されている。
ところがこの男の気質にも似あわず、出来る句は、みな、なよなよした女性的なものが多い。むろんうまい句ではない。というより、素人の沖田の眼からみても、おそろしく下手で、月並な句ばかりである。
「ふふ」
沖田は、|のど《ヽヽ》奥で笑った。
——手のひらを硯《すずり》にやせん春の山
(あの頭のどんな場所を通ってこんなまずい句がうまれてくるのだろう)
菜の花の|すだ《ヽヽ》れ《ヽ》に昇る朝日かな
人の世のものともみえぬ梅の花
春の夜はむつかしからぬ噺《はなし》かな
(ひどいものだ)
沖田は、うれしくなっている。沖田のみるところ、歳三がもっている唯一の可愛らしさというものなのだ。もし歳三が句まで巧者なら、もう救いがない。
「どうだ」
歳三は気恥ずかしそうにしながら、それでも沖田のほめ言葉を期待している。
「ああ、この句はいいですな」
沖田は、一句を指さした。
「どれどれ」
「公用に出てゆく道や春の月。いかにも新選組副長らしい句です」
「そうかい。そいつは旧作だが。ほかに気に入ったのがあればいってくれ」
「ええ」
と視線を落してから、不意に笑いだした。
「年礼に出てゆく空や鳶《とんび》、凧《たこ》」
「ほうそれが気に入ったのか」
「まあね」
沖田は、なおも笑いをこらえて読む。
(これもひどい)
——うぐひすや|はた《ヽヽ》き《ヽ》の音もつひ止《や》める
「気に入ったかね」
「土方さんは可愛いなあ」
沖田は、ついまじめに顔を見た。
「なにを云やがる」
歳三は、あわてて顔をなでた。
沖田はなおも、ぱらぱらとめくって、ついに最後の句に眼をとめた。
墨《すみ》のぐあいから推して、たったいま苦吟していたのが、この句であるらしい。
(大変な句だな)
真顔で、じっと見つめている。
歳三はなにげなくのぞきこんで、
「あ、これはいかん」
と、取りあげた。取りあげるなり、そそくさと筆硯や句帖を片づけて、
「総司、もう出てゆけ。おれはいそがしい」
といった。沖田は、動かない。
「その句。——」
と、歳三の表情を注意ぶかく見ながら、
「たれを詠《よ》みこんだものです」
「知らん」
——知れば迷ひ
知らねば迷はぬ恋の道
と、句帖には歴々と書いてある。

歳三は、すぐ屯営を出た。どこへゆくか、行先は、沖田にだけは告げておいた。
きょうのあの瞬間ほど、歳三は人間の心の働きのふしぎさを思ったことはなかった。
じつをいうと、朝、佐絵を想った。想うと、たまらなくなった。
武州府中の六社明神の祠官猿渡佐渡守の妹佐絵とは、関東にいたころ、数度通じた。
通じた、という女は、あの時代の歳三には何人か、指を折るほど居はしたが、しかし、恋をおぼえたことはない。鈴振り巫女《みこ》の小桜や、八王子の専修坊の娘|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》、それに、歳三にとっては思いだしたくない履歴だが、十一歳のとき、一時、江戸上野の呉服屋松坂屋に小僧にやられたことがある。そのころ、そこの下女に、男女のことを教えられ、それが番頭にみつかって、生家《さと》に帰された。が、すべては、古ぼけた過去になった。
(佐絵だけは。……)
想いだされるのである。しかしそれも、ときどきではあったが。
(好い女だった)
京では、島原でも祇園でも一通りはあそんだ。しかし、床上手《とこじようず》で知られた京の遊《あそ》び女《め》でも、佐絵ほどのつよい記憶を、歳三の体に残してはいない。
(が、過ぎたことだ)
とは思っている。
だから、猿渡家の慣例により、佐絵が京にのぼって、九条家に仕えていることを知っていながら、会いに行こうとはしなかった。
(おれは恋などはできぬ男だ)
と、わが身の冷やかさに、あきらめはつけている。
(それが、漢《おとこ》だ)
とも思っていた。が、今朝、暁《あかつき》の夢のなかで、佐絵を抱いた。眼ざめてなおその夢の記憶をたのしむうちに、にわかに人のいう恋慕のようなものが突きあげてきて、床のなかにころがっている歳三をろうばいさせた。
(おれにも、そういう情があったのか)
起きあがって身支度をし、隊務をとろうとしたが、なにもかも物憂くなった。歳三にはときどきこういうことがある。
そんなときは、籠って、句を作った。自分でもうまいとは思っていないから、句作しているときは、人を寄せつけない。
句ができた。
それがあの句である。
ところが男女とは妙なもので、沖田総司が、きょう町で佐絵にばったり出逢ったという。場所は清水《きよみず》。
佐絵は物詣《ものもう》での姿で、清水の坂をくだってきた。安祥院の山門前で、沖田らとすれちがった。佐絵がよびとめた。沖田は佐絵を知らなかったが、佐絵のほうが知っていた。
——土方さんに、一度お会いしたい。
と、佐絵はいい、後刻屯営へ道案内の小者をやるから歳三にその旨を伝えてくれとたのんだ。
「沖田様、頼まれてくれますね」
武州女らしく、きびきびしたきめつけ口調でいった。沖田はひさしぶりで関東女のことばをきいて、楽しかった。
「頼まれますとも」
「きっとですよ」
佐絵は立ち去った。髪はふつうの高島田で、服装も武家風であった、と沖田はいう。
佐絵が仕えている前関白《さきのかんぱく》九条|尚忠《ひさただ》は皇女|和宮《かずのみや》降嫁事件で親幕派とみられて、いまは落飾して九条村に隠遁《いんとん》している。それにともない佐絵の境涯がどうなっているのか、歳三はちょっと気になった。
ほどなく小者が屯営へ迎えにきた。
その男の道案内で、歳三は壬生を出たのである。
出るとき、沖田は、ひとことだけいった。
「土方さん、いまの京は化物《ばけもの》の都ですよ」
気を許すな、という意味だろう。沖田には不安な予感があるらしい。
綾小路を東へどんどん歩き、麩屋町《ふやまち》まで出て、やっと北へあがった。その西側の露地。
古ぼけた借家である。
(こんなところに住んでいるのか)
奥の一室に通され、すわった。調度品を見わたすと、どうやら、女の独り住居らしい。
「粗茶でござりますが」
と、小者が茶を出した。
「佐絵どのは、いずれにおられる」
「へい、ただいま」
言葉をにごした。
「ここは、佐絵どののお住いか」
「いいえ、お住居は、ずっと下《しも》のほうやと伺うております」
「伺うて、というとそちは知らぬわけだな」
「へい」
賃で傭《やと》われた男衆《おとこし》らしい。
その証拠に、やがてどこかへ姿を消してしまった。
一時間《はんとき》はすぎた。
(妙だな)
あたりは、薄暗くなりはじめている。不審を抱いて、歳三は立ちあがり、まず、古びた衣裳箪笥をあけてみた。
|から《ヽヽ》である。
表へ出て、隣家の女房に、このあたりの家主はたれか、ときくと、へい、室町の野田屋太兵衛というものどす、と答えた。
「この家は、空家か」
「へい、ながいあいだ空家どしたけど、ちかごろ、さる公卿《こつ》さんの御家来がおかりやしたとかきいています」
(やはり、京には化物が住む)
もう一度、なかへ入った。
ほどなく格子戸があいて、佐絵が提灯をつけたまま土間を通りぬけてきた。
「………?」
歳三は、暗黒な座敷にすわったまま、身じろぎもしない。
「土方さま?」
まぎれもない、佐絵の声である。
「遅くなりました」
「これは」
歳三は声をひくめて、
「どういう仕掛けかね」
「ここ?」
佐絵は明るくいった。
「わたしが、お里下《さとさが》りのときに、ここを休息所に使っています」
「たしかに使っているのかね」
「ええ」
「それにしては、箪笥は|から《ヽヽ》だな。畳も、なんとなく|かび《ヽヽ》くさい」
歳三は用心をして立ちあがって、土間におりた。佐絵と、顔を見あわせた。
「たしかに」
と、佐絵のあごに指をあてた。
「顔だけは、武州六社明神の佐絵といわれた女にまぎれもないが、京にのぼってからどこかに尻尾が生えてきたのではあるまいな」
「いやなことを申されます」
「いやなもんか」
歳三は眼だけで笑った。
「近ごろの京はこわい。いかに関東の女《ひと》とはいえ、考えてみれば、猿渡家も京に縁の深い社家だし、代々の国学者の家でもある。しかもそなたは公卿奉公をしている。妙な議論に染まっておらぬともかぎらぬ」
「まあ」
佐絵は興ざめた顔をした。
「それが、この借家とどういうつながりがございます?」
「わしをおびきだし、|わな《ヽヽ》をこの借家に仕掛けたのではないか」
「帰ります」
佐絵は、きびすを返しかけた。
「帰さぬ」
歳三は佐絵の手をつかんだ。
「厭《いや》。あきれています。わたくしはむかし、歳《とし》とよんでくれ、といったころの歳三さんに逢いにきたつもりでございましたのに、ここに待っていたのは、新選組副長土方歳三という途方もないばけものでした」
「動くな」
歳三の疑いは、一瞬で晴れた。
佐絵をひきよせようとした。手から、提灯が落ちた。
佐絵は身をよじった。
「厭。厭でございます」
「わるかった」
とは、歳三はいわない。
ただ、犯すことを急ぎたかった。体を合わせてしまえば、この不安は解けるだろう。歳三は早く、この眼の前にいる他人を、自分のおんなに戻してしまいたかった。
「臥《ね》ろ」
座敷へひきずりあげた。
「六社明神の祭礼の夜にもどるんだ。おれは、日野宿石田在の悪党《ばらがき》さ」
機嫌をとるようにいった。
「そんなの、もう」
「もう?」
「遅い。もう厭でございます」
それでも佐絵の抵抗は、次第に弱いものとなったが、なお、体が固い。
(妙だな)
と思う疑問が、なお歳三の脳裡にかすかにある。佐絵の言動のどこかが、荒《すさ》んでいる。
以前は、もっと清雅な女だった。それが百姓剣客のころの歳三の気に入っていた。たしかに佐絵は変わった。京都の公卿奉公をすればもっと磨きがかかるはずだのに、これはどうしたわけだろう。
(いずれ、体をみればわかるはずだ)
歳三の手の動きが、優しくなった。疲れたのか、佐絵の体が、畳の上にしずまった。
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