リップは家の仕事をするのが大嫌いで、いつも村の中をプラブラしていました。
ですからリップの家は村で一番貧乏で、リップの息子や娘たちはボロボロの服を着ていました。
リップのおかみさんは、ひまさえあると、
「このなまけ者!」
と、リップを怒鳴りつけていました。
おかみさんに叱られると、リップはコソコソと家を逃げ出します。
そして鉄砲(てっぽう)を肩にかつぎ、ウルフというイヌを連れて山へ狩りに出かけるのです。
ある日、リップはウルフと山の中を走り回っていましたが、いつの間にか険しい山に迷い込んでしまいました。
リップとウルフは、草の生えた丘に腰をおろして休みました。
間もなく、夕ぐれです。
リップの村は、ずっと遠くに小さくかすんで見えます。
家ではおかみさんが、腹を立てて待っている事でしょう。
その時、誰もいない山の谷底から、
「おーい。リップやーい」
と、呼ぶ声がしました。
(・・・・・・?)
聞き違いかなとリップが思った時、また谷底から、
「おーい。リップやーい」
と、はっきり聞こえて来ました。
谷を見下ろすと、誰かが重そうな物を背中にかついで谷川を登っています。
ウルフは、なぜか怖そうにリップに体を寄せてきました。
リップは親切な男でしたから、手伝ってあげようと思って谷をかけおりました。
谷川を登っている人を見て、リップはビックリしました。
白いあごひげを胸までたらした、リップの知らないおじいさんです。
着ている服も変わっていて、何だか、むかしの人が着ていた服のようです。
おじいさんは、酒の大きなタルをかついでいました。
リップが近づくと、《一緒に、運んでくれ》と、合図をしました。
おじいさんとリップは酒ダルをかついで、水が枯れた谷川を登って行きました。
しばらくすると、
ゴロゴロゴロー!、
カミナリの音が、ひびいて来るようになりました。
まもなく谷川が行き止まり、高い崖に囲まれた広場に出ました。
2人は、その中へ入って行きました。
「あっ!」
リップは、驚きの声をあげました。
広場では、おじいさんたちが大勢でボーリングをして遊んでいます。
カミナリの音と思ったのは、実はボーリングのボールを転がす音だったのです。
おじいさんたちはみんな、むかしの服を着て、腰には小刀(こがたな)をさしています。
長い白いひげをたらし、羽かざりのついたぼうしや、とんがりぼうしをかぶった人もいました。
みんなはボーリングを止めて、リップをジロリと見ました。
みんな死人の様に、青い顔ばかりです。
リップは恐ろしくなって、ガタガタと震えました。
一緒に来たおじいさんは、酒ダルから大ビンに酒をつめかえました。
そして酒をついで回る様にと、リップに合図をしました。
リップがコップに酒をつぐと、みんなは黙ったままゴクンゴクンと飲み干します。
それからまた、ボーリングを始めました。
リップは酒が大好きだったので、おじいさんの目を盗んでひと口飲んでみました。
するとその、おいしい事。
たちまち、2杯、3杯と飲んでいるうちに、酔っぱらってしまいました。
そしていつの間にか、ぐっすりと眠ってしまったのです。
朝になり、リップが目を覚ますと、あのおじいさんと始めてあった丘の上で寝ていました。
「ウルフ、ウルフ」
リップがイヌの名を呼びましたが、どこからも出て来ません。
足元に鉄砲が転がっていましたが、それはリップの新しい鉄砲ではなく、茶色にさびたボロボロの鉄砲でした。
「あのじいさんどもに、イヌと鉄砲を取られてしまった」
腹を立てたリップは、昨日の広場へ出かける事にしました。
「よいしょっ」
立ち上がろうとしますと、体の具合が悪いのか、力が抜けた様な感じです。
(まだ、酒に酔っているのかな?)
リップは、谷川へ降りて行きました。
すると、どうでしょう。
昨日まで枯れていた谷川に水がごうごうと流れており、谷川を登って行く事が出来ません。
遠回りをして何とかリップは村へ戻りましたが、自分の家がどこにあるのかわかりません。
それというのも、たったひと晩の間に家がものすごくたくさん増えて村の様子がすっかり変わっているのです。
そのうえ、村にはリップが知っている人が1人もいません。
何とかして、やっとリップの家が見つかりました。
けれども庭には草がボウボウと生え、屋根も庭も壊れかけています。
(これは一体、どうした事だ? ・・・そうだ、家族たちは無事か!)
リップは家の中へ飛び込みましたが、中には、おかみさんも息子も娘も、誰もいません。
リップは家を飛び出し、村の中を歩き回りました。
間もなくリップは、村の人々に取り囲まれました。
そしてその中の一人が、リップに聞きました。
「鉄砲など持って、どうしたのじゃ? おじいさん、あんたはどこの誰かね?」
「おじいさん? 何を言う。わたしはまだ、若いですよ」
リップが言うと、人々はリップの胸のあたりを指差して笑い合うのです。
リップも、自分の胸を見ました。
すると、どうでしょう。
いつの間にか、長くて白いひげが胸まで伸びているではありませんか。
何と知らない間に、リップはおじいさんになっていたのです。
「そっ、そんな! ・・・誰か、誰かリップ・バン・ウィンクルを知っている人はいませんか?!」
リップはすっかり驚いて、大声で叫びました。
その時、若い女が赤ん坊を抱いて進み出ました。
「それは、わたしの父です。二十年も前、山へ行ったまま帰って来ませんでした」
リップは娘のところへ駆け寄りと、叫びました。
「わたしが、そのリップだよ!」
リップは、人々に昨日の出来事を話しました。
すると、1人の老人が言いました。
「お前さんが出会ったのは、むかしこのあたりを探検(たんけん)したハドソン船長たちの幽霊に違いない。二十年ごとに必ず見回りに来ると言う、言い伝えがあるんじゃ」
「・・・そんな」
おどろいた事に、リップが眠っている間に二十年もたっていたのです。
それからリップは娘の家に引き取られて、幸せに暮らしました。