夜になると背の高い男の幽霊が現れて、家の中を歩き回るというのです。
誰もが怖がって住もうとはしないので、この家は長い間空き家でした。
でもある日、ある家族が引っこしてきました。
この家は古いけれど立派で、庭の畑もすばらしかったからです。
引っこしてきた家族は幽霊が出てくる時間を知っていたので、その前に必ず寝てしまうことに決めていました。
ある時、この家の末っ子が、急な病気になりました。
お母さんが心配して、夜おそくまで子どもの看病(かんびょう)をしていると、
「ねえ、ママ。お水が飲みたいの」
と、子どもが言い出したのです。
そこでお母さんはテーブルに置いてあった水さしの水を飲ませようとしましたが、子どもは飲もうとしません。
「ちがうよ。くみたてのつめたいお水が飲みたいの」
「・・・でも」
お母さんは、こまってしまいました。
なぜならもうすぐ、幽霊が歩き回る時間だったからです。
「ねえ、おねがい。新しいお水をくんできて」
子どもはよわよわしい声で、何度も何度も言いました。
「わかったわ。ちょっと、待っていてね」
お母さんはかくごを決めると、水さしをかかえて部屋を出ました。
お母さんが部屋を出ると、さっそくかげのような物がスーッと現れました。
でも、お母さんは、
「気のせい、気のせいよ」
と、自分に言い聞かせました。
でもそのかげは、ヒタヒタ、ヒタヒタときみょうな足音をたてながらお母さんのあとをついてきて、お母さんが階段をおりると、ヒタヒタ、ヒタヒタと階段をおりてくるのです。
「気のせい、気のせいよ」
お母さんは前だけを見て、歩き続けました。
家を出て庭をよこぎる時も、そのかげはヒタヒタ、ヒタヒタとついてきます。
「気のせい、気のせいよ」
そして水をくむポンプのところまで来た時、ついにその足音はお母さんのすぐ後ろに立ちました。
「気のせい、気のせいよ」
そしてお母さんがポンプに手をかけたとたん、そのかげがお母さんの肩に手を置いたのです。
「ギャーーー!」
お母さんがビックリしてふりむくと、目の前にガイコツのような背の高い男がボンヤリと立っていました。
「ゆっ、幽霊だ!」
腰が抜けたお母さんは、その場に座りこんでガタガタとふるえていましたが、幽霊は何もせず、ただ何かを言いたそうな表情でお母さんの顔をジッと見つめています。
その時、お母さんは幽霊が、自分から口をきけないという話を思い出しました。
そこで勇気をふりしぼって、幽霊にたずねました。
「神の名において。何ゆえに、わたしをなやますのですか?」
すると幽霊が、うつろな声で返事をしました。
「『神の名において』と言ってから、わたしに話しかけてよかったな。
そうでなかったら、お前はぶじではいられなかっただろう。
いいか、怖がらずに、わたしの言う通りにするのだ。
まずはそのポンプを持ち上げて、わきへ動かせ」
ポンプは大きくて、男の人でも持ち上げる事は出来ません。
でもお母さんは、とにかく幽霊の言う通りにやってみました。
するとポンプは、紙で出来ているかのように簡単に動きました。
「うっ、動いたわ。・・・あら、奥に何か光る物が」
ポンプが置いてあった下には大きな穴があって、その中で何かが光っています。
「それを、取ってみろ」
「はい。・・・これは!」
何と出てきたのは、たくさんの金貨や宝石だったのです。
お母さんがビックリしていると、幽霊が言いました。
「これはむかし、わたしが生きている間にためた金だ。
誰にも知らせずに死んだために、死んだあともやすらかに眠れなかったのだ。
この金は、全部やろう。
その金を、家や農場のために使ってくれ」
幽霊はそう言うと、けむりのように消えてしまいました。
「・・・あっ、そうだわ。子どもにお水を」
お母さんは水をくむと、子どものところへ持って行きました。
そしてその水を飲んだ子どもはグッスリと眠り、目が覚めた時には病気がすっかり治っていたのです。
その後、一家は幽霊のお金で家を立て直したり畑を大きく広げたりして、家や畑を今まで以上に立派な物にしました。
もちろん、あの幽霊は、二度と現れませんでした。