ある日の事、ゴタム村の一人の男が、隣の町へチーズを売りに行きました。
男が丘の上へ来た時、袋の中のチーズが一つ転がり出て、そのままコロコロコロコロと、逆の下へと転がって行きました。
「あっ、こら。止まれ!」
男は怒鳴りましたが、もちろんチーズは止まらないで転がって行きます。
「ふむふむ、それにしても、なかなか上手に転がって行くなあ」
男は感心して、こう思いました。
「あれならきっと、わしよりも早く一人で町の市場まで転がって行くだろう。・・・そうだ、他のチーズたちも一緒に、先に市場へ行かせよう」
そして男は持っていた袋の中のチーズを、全部坂道へ転がしました。
するとチーズはコロコロコロコロと、道ばたのやぶの中へ転がり込んで見えなくなりました。
荷物がなくなって身軽になった男は、てくてく歩いて町の市場へやって来ました。
ところがそこには、チーズはまだ一つも来ていません。
「おかしいな。少し、遅れて来るのだろうか?」
男は市場のイスに腰をかけて、チーズが来るのを待っていました。
でも、いくら待っても、チーズはやって来ません。
そのうちに市場の終わる時間になったので、男は周りの人たちに尋ねてみました。
「あの、わしのチーズがここへやって来る事になってるんだが、誰か見かけなかったかね?」
「さあ? 知らないねえ。ところでそのチーズは、誰が持って来るんだい?」
「いや、誰かではなく、チーズは自分でやって来るんだよ。
逆をコロコロコロコロ、うまく転がってね。
だが、どこかで道草(みちくさ)をくっているんだろうか?
それとも、あんまり早く走ったからこの市場を走り抜けて、次の町まで行ってしまったのかな?
そうだ、きっとそうに違いない」
男はさっそくウマを借りると、次の町までチーズを追いかけて行きました。
しかし次の町でも、チーズの姿はありませんでした。
チーズは今も、行方不明(ゆくえふめい)のままだそうです。