男の子が暖炉(だんろ)のそばで絵をかいていると、どこからか冷たい風がピューッと入って来て部屋いっばいに霧(きり)が広がりました。
「わあ、まっ白だ」
少しこわくなった男の子が明るい暖炉のそばへ行くと、突然霧の中にツボを持った男の人が現れたのです。
男の人のとなりには、泣いている赤ちゃんをだっこしている女の人もいます。
女の人が赤ちゃんをあやしながら、
「おお、よしよし。泣くんじゃないよ。今にお父さんが、ツボの薬をぬってくれるからね。そしたらお前の目は、いっぺんによくなるよ」
と、言うと、お父さんは暖炉の火にツボを入れてあたためました。
火の中に手を入れても平気なので、男の人も女の人も、それに赤ちゃんも妖精(ようせい)なのでしょう。
ツボがあたたまるとお父さんはツボの中に手を入れて、ドロリとした油を赤ちゃんの目にひとしずくたらしました。
すると泣いていた赤ちゃんの泣き声がピタリととまり、今度はうれしそうに笑い出したのです。
「ああ、よかったわ。お目々の痛いのなおったね」
「これで、もう大丈夫だからね」
妖精のお父さんとお母さんは、ニッコリほほえみました。
そのとたんに妖精たちも霧も消えて、何事もなかったように元の部屋にもどったのです。
男の子は目をパチクリさせて、目をこすりました。
「もしかしたら今のは、夢だったのかな? ・・・あっ、これは」
男の子の目の前に、さっき妖精の赤ちゃんの目をなおしたツボが置いてありました。
「妖精のわすれ物だ。どうしよう、取りに来るのかな?」
男の子はとりあえず、そのツボを大切にしまっておきました。
月日が流れ、若者になった男の子は町で働くようになりました。
ある時、同じ仕事場で働いている友だちが大けがをしたので、若者はためしに妖精のツボの油をひとしずくたらしてみました。
するとたちまち、友だちのけががなおったのです。
この事が町中に知れ渡り、それからは町の人はけがをしたり病気になったりすると、若者のところへ来るようになりました。
けがや病気をなおしてもらった人たちは、お礼にお金を出そうとしましたが、若者は、
「これは、妖精のわすれ物だから」
と、お金を受け取ることはしませんでした。
やがて若者は結婚すると、やさしい奥さんと二人で具合の悪い人たちをなおしてあげました。
そして不思議な事に、妖精の油は毎日毎日使っているのに、少しもなくならないのです。
けれどそんなある日、奥さんが事故で死んでしまいました。
いくら妖精の油でも、死んだ人を生き返らす事は出来ませんでした。
それから数年後、若者は新しい奥さんをもらいました。
しかしこの奥さんは、とてもけちな人で、
「薬をただでぬってあげるなんて、なんてもったいない!」
と、若者に怒りました。
「しかしお前、これは妖精のわすれ物だよ。それに、いくら使ってもなくならないのだから」
「いいえ、妖精のわすれ物でも、使ってもなくならない物でも、ちゃんとお金を取らなければだめです。ちゃんとお金を取ればすぐに大金持ちになって、二人とも遊んで暮らせるのだから」
「・・・しかし」
「ちゃんと、お金を取るのです!」
新しい奥さんがあまりにもしつこく言うので、若者はついにお金を取る事にしたのです。
そして若者と奥さんは、大金持ちになりました。
けれどお金を取るようになってからは、妖精の油がへっていくようになったのです。
やがて妖精の油は空っぽになり、なくなってしまいました。