このおじいさんは、うそというものを知りません。
生まれてから一度も人を疑った事がないので、このおじいさんはよく人にだまされました。
でもいくらだまされても、おじいさんはだまされたとは思っていないのです。
ある日、おじいさんは飼っているロバを連れて、市場へ買い物に出かけました。
ところがドロボウたちがそれを見て、ヒソヒソとこんな相談を始めました。
「おい。あの正直親父が通るぞ」
「ああ、今日はロバを連れているな」
「よし、あのロバを手に入れようじゃないか。みんな、ちょっと耳をかせ」
相談を終えたドロボウたちは、そっとおじいさんの引くロバの後ろへ忍び寄りました。
でもおじいさんは、全く気がつきません。
何しろ世の中に悪者がいるなんて知らないのですから、ちっとも用心しないのです。
ドロボウたちはロバにつないであるたづなをほどいて、仲間の一人の首に結びつけました。
そして他のドロボウたちは、さっさとロバを連れてどこかへ行ってしまいました。
しばらくすると、首にたづなをつけたドロボウが、道の真ん中で急に立ち止まりました。
おじいさんは前を向いたままグイグイたづなを引っ張りますが、ドロボウは全く動きません。
「おや、どうしたんだい?」
おじいさんが振り向くと、いつの間にかロバが人間に変わっています。
「うひゃー! ロバが人問に化けた!」
おじいさんはビックリして、腰を抜かしそうになりました。
するとドロボウは、悲しそうな顔で言いました。
「おやさしいだんなさま、どうかそんなにビックリなさらないでください。
実はわたしは、もともとは人間だったのでございます。
ところがある時、わたしはたいそう悪い事をしてしまいました。
その時、怒った母がわたしに、『ロバになっておしまい』と、言ったのです。
するとそのとたんに、神さまがわたしをロバに変えてしまわれました。
それからロバになったわたしは、だんなさまに飼われる事となり、今まで長い間お仕えしてまいりました。
ところがさっき、とつぜん魔法がとけたのです。
きっと神さまが、わたしをお許しくださったのでしょう。
ああ、うれしい。
わたしはやっと、人間に戻れたのです」
この話を聞くと、正直者のおじいさんはポロポロと涙をこぼしました。
「それは気の毒な事をしました。
そんな事とは知らず、わたしはあなたをこきつかったり、ムチで叩いたりしてしまいました。
どうか、許してください。
そして本当に長い間、よく働いてくれてありがとう」
おじいさんはドロボウにおじぎをして、たづなをほどきました。
「さあ、これからは好きなところへ行って、幸せに暮らしてください」
「はい、ありがとうございます」
ドロボウは横を向いてニヤリと笑うと、急いで仲間のところへ走って行きました。
次の日、おじいさんは市場へ新しいロバを買いに行きました。
ところが市場につくと、人間に戻ったはずのロバがおじいさんの顔を見てすり寄って来たのです。
するとおじいさんは、怖い顔で言いました。
「この馬鹿者! また悪さをして、神さまにロバにされたんだろう。もうお前の顔なんか、見たくないよ!」