ある日の事、この力持ちは、インドには自分よりも、もっと強い力持ちがいると言ううわさを耳にしました。
これを聞いた力持ちは、すぐさまそのインド人と力比べをしてみようと思いました。
そこで町に行って十万袋の小麦粉を買うと、それをお弁当の代わりに頭の上に乗せて出かけました。
日の暮れる頃、インドの国境いにある湖に着きました。
力持ちはひどくのどがかわいたので、湖の岸にひざまずいて、ズズズーッと水を一口吸い込みました。
すると湖の水が、半分以上も減ってしまいました。
それから今度は持って来た小麦粉を、残った水の中に入れてかき混ぜました。
力持ちはそれを全部食べると、その場で眠ってしまいました。
さて、湖には毎朝の様に、一匹の大きなゾウが水を飲みに来ます。
その朝もやって来たのですが、おどろいた事に今朝は湖の水がありません。
(どうしよう?)
ゾウは、困ってしまいました。
ガッカリして帰ろうとした時、グッスリと寝込んでいる力持ちを見つけました。
そのお腹の大きい事。
(さては、あいつが飲みほしてしまったんだな)
と、ゾウは気がついて、カンカンに怒りました。
そしてゾウは、
「えいっ!」
と、ばかりに、力持ちの頭をふみつけました。
すると力持ちは目を覚まして、ゾウにふみつけられた頭をポリポリとかくと、
「頭をくすぐったのは、お前だな」
と、言って、ゾウをこわきにかかえあげました。
それからゾウをふろしきに包んで、ヒョイと肩にかつぎました。
それからしばらく歩いて、インドの力持ちの家にたどり着きました。
ペルシアの力持ちは、大きな声で呼びかけました。
「出て来い! インドの力持ち。俺さまが投げ倒してやるから、かかって来い!」
すると中から、おかみさんが答えました。
「あいにく、今は留守ですよ。あの人は、山へたきぎを取りに行きました」
「そうか。じゃ、また来る。これは、ほんの手土産だよ」
ペルシアの力持ちはそう言って、庭の中へかついで来たゾウの包みをポイッと投げ込みました。
すると中から、おかみさんの声が聞こえました。
「あれまあ、おっかさん。ごらんよ。お客さんがネズミを投げ込んでいったよ」
「ほっておおき。ネズミの一匹ぐらい、つまみ出せばいいじゃないか」
ペルシアの力持ちはビックリしましたが、すぐに聞き違えたのだと思いました。
(まさか、ゾウがネズミに見えるはずはない)
力持ちは、相手を探しに山に向かって歩いて行きました。
インドの力持ちは、すぐに見つかりました。
なにしろ頭の上に、貨車千両ほどもたきぎを乗っけているのですから。
「これは、まったく素晴らしい相手だ」
と、ペルシアの力持ちは感心して、呼び止めました。
「インドの力持ちよ。きみのうわさを聞いて、ぼくはわざわざペルシアから力比べに来たんだ」
「そうか、それはうれしい」
と、インドの力持ちは答えました。
「しかし、ここじゃ場所がない。それに、手を叩いてくれる見物人もいなくてはつまらない」
「それじゃ、見物人はきみのお母さんに頼むとしよう」
「よしきた。おっかさーん、ここに来て、力比べを見てくれ!」
すると、お母さんが答えました。
「だめ、だめ。手がはなせないよ。わたしのラクダを娘が盗んだので、いま追っかけてるところだよ。でもなんなら、わたしの手の平の上でやったらどうだい? それなら、追っかけながら見てやれるからね」
そこで二人は、お母さんの手の平の上に飛び乗ると、取っ組み合いを始めました。
このありさまを遠くの方から見ていた娘は、これは自分を捕まえるために、お母さんが兵隊をやとってきたのだと思いました。
それで娘はヒョイと手を伸ばすと、お母さんも二人の力持ちも連れていた百六十匹のラクダも、みんなひっくるめて大きなふろしきに包んでしまいました。
そしてそれを頭の上に乗せると、ドンドンと歩いて行きました。
そのうちに娘はお腹が空いて来たので、近くにあった町のパン屋を町ごとそっくり包んで、また歩き出しました。
やがて、広い畑に出ました。
畑には、大きなスイカがなっています。
娘はそれを割って中身を食べると、持って来た荷物をスイカの皮の中に押し込みました。
そしてそれをまくらにして、いつの間にかグッスリと眠ってしまいました。
眠っているうちに、大洪水が押し寄せました。
世の中の物は、何もかも押し流されてしまいました。
ただスイカだけが、プカプカと水の上に浮いていました。
スイカは浮きながら、海へ流れていきました。
やがて洪水がひいて、世の中はすっかり変わりました。
スイカが岸辺へ打ち上げられて、中からぞろぞろと人間がはい出してきました。
お母さんや、二人の力持ちや、ラクダや、パン屋や、そのほか色々な物が出て来ました。
新しい世界はこうして、この人たちから始まったのです。
つまりこれが、人間の先祖です。
そしてスイカの中で暮らしたので、人間の大きさはだいたい同じ様になったという事です。