この娘の左目がブドウのようにかがやいていたので、村人たちは娘の事を『ブドウ姫』とよんでいました。
娘が十二才になった時、お父さんとお母さんが病気でなくなってしまいました。
娘はおばさんの家に引き取られたのですが、このおばさんがとてもいじわるな人で、娘が親からもらった財産を全て取り上げると、娘を家から追い出してしまったのです。
しかし娘は、悲しんで泣いたりはしません。
昼は村のガチョウのせわをして、夜は川のほとりのやなぎの木にもたれて眠りました。
それから一年が過ぎた頃、娘を追い出したおばさんに女の赤ちゃんが生まれました。
しかしこの赤ちゃんは、生まれつき目が見えませんでした。
「ブドウ姫にいじわるをしたから、きっとバチがあたったんだ」
「そうだよ。ブドウ姫の財産を全てうばった上に、ブドウ姫を追い出したんだからね」
村人たちに悪口を言われて、おばさんはくやしくてなりません。
ある、お月見の夜の事。
娘が川岸にすわって水にうつる月のをながめていると、そこへおばさんが通りかかりました。
町へお月見のごちそうを買いに行った帰りなのか、おいしそうなブドウが入ったカゴをかかえています。
「おばさん」
娘は、おばさんに声をかけました。
「そのブドウを、ひとふさわけてくださいな。朝から何も食べていないので、とてもお腹が空いているの」
おばさんは立ち止まると、おそろしい顔で娘をにらみつけました。
「そう言えば、みんなはお前の左目をブドウのようだと言っているね。どれ、見せてごらん」
おばさんはそう言うと、娘の左目に砂を押し込んだのです。
「キャーーーァ!」
「それ、ついでに右目も!」
かわいそうに両目をつぶされた娘は、川のほとりで泣き続けました。
そして泣きながら、死んだお母さんから聞いた話を思い出しました。
『遠い山の中には不思議なブドウがなっていて、それを食べるとどんなに目の悪い人でもすぐに治るそうよ』
娘は泣くのをやめると、川の流れにそって歩き始めました。
「その不思議なブドウさえ見つかれば、わたしの目も、おばさんの赤ちゃんの目も治るわ。それに、ほかの目の悪い人の目も」
目の見えない娘は、それから十日も川にそって歩き続けました。
途中で何度も転び、体も服も泥だらけです。
でも、娘はあきらめません。
「かならず、不思議なブドウを見つけるわ!」
それからさらに十日後、娘はまだ歩き続けていました。
いえ、途中で足をくじいたので、地面をはって進んでいます。
娘の服はボロボロに破れ、顔や手から血がにじんでいます。
ひどい疲れのために黒くつややかだった娘の髪が、いつの間にかまっ白になってしまいました。
「どこまで行ったら、あの不思議なブドウが見つかるの?」
娘は何度もあきらめて、引き返そうとしました。
しかしそのたびに勇気を出して、前へ前へと進みました。
「一度心に決めた事は、最後までやり通さなくては」
そのうちに地面が、ひんやりと冷たくてやわらかくなりました。
その地面は、大きな大きなヘビの背中でした。
でも目の見えない娘は、そのままヘビの背中をまっすぐはっていきました。
娘がヘビの背中のまん中ぐらいまで来たとき、ヘビがブルッとみぶるいをしたので娘はあっという間に深い谷底へ落ちてしまいました。
ドシーン!
娘は谷底に倒れたまま、動く事も出来ません。
「わたし、このままここで死んでしまうのね。???お母さん」
娘はまぼろしのお母さんにむかって、手をのばしました。
するとその手が、ツルツルとした丸い物にふれたのです。
さわってみるとその丸い物は、草のつるのような物からぶらさがっていました。
(もしかしたら)
娘はその丸い物をひきちぎって、そっとなめてみました。
すると今まで閉じていた目がパッと開き、明るい光が飛び込んできたのです。
娘がなめた丸い物は、探していた不思議なブドウだったのです。
あたりを見回してみると、そこにはたくさんのブドウがしげり、キラキラと光をはじいています。
地面には色とりどりの花が咲きみだれ、小鳥たちが楽しそうにさえずっています。
「目が見えるという事は、こんなにすばらしい事だったのね」
元気になった娘は、ブドウのつるでカゴをあみました。
「はやく村へ帰って、目の悪い人たちにブドウをわけてあげましょう」
娘がカゴいっぱいにブドウをつみおわったとき、あたりが急に暗くなりました。
「どうしたのかしら?」
すると後ろの方から、
「おーい」
と、よぶ声がしました。
ふりむいてみると、大男が山をまたいでくるところです。
大男は肩に緑の布をまとい、頭に金のかんむりをかぶり、足に水晶(すいしょう)のクツをはき、手に銀のつえを持っています。
「娘よ。ここへ何しにきた!」
高い空の上から、大男の声がひびきました。
娘はおそれずに、大男に言いました。
「はい、目が治る、不思議なブドウを探しに」
すると、大男はうなずいて、
「そうか。わしは、この森と草原と山の王だ。どうだ娘、わしと一緒にこのすばらしい国で暮らさないか?」
と、娘を抱き上げると、森の奥を指さしました。
そこにはキラキラと光るめずらしい宝石が、山積みにやっています。
「あの宝石も、このブドウも、みんなおれの物だ。おれの娘になって、おれの城で暮らせ。幸せにしてやるぞ」
「ありがとう。でも、わたしは村へ帰らないといけないの。村に帰って、目が見えなくて悲しんでいる人たちに、この不思議なブドウをあげなければ」
「バカ者!」
大男は怒って、空高く娘を放り上げました。
そして落ちてきた娘を受け止めると、やさしく言いました。
「おれは知っているぞ。お前が村でつらい目にあっている事を。そんなところへ帰ることはない」
「いいえ。わたしは村へ帰ります」
「???そうか、お前のようなすばらしい娘と暮らしたいと思っていたが、あきらめるとしよう。さあ、村へ帰るがいい」
大男は娘に、一本の小枝を渡しました。
その小枝は不思議な小枝で、持っていると風のように早く走る事が出来るのです。
娘はブドウの入ったカゴをかかえると、なつかしい村へと帰っていきました。