おじいさんは小さな家でぞうりを作って、たった一人で暮らしていました。
このおじいさんはタイコが上手で、ひまがあればタイコを、
?ドンツクドン。
?ドンツクドン。
と、たたき、
「わしの歌をきいとくれ。わしの話をきいとくれ」
と、村中をまわってあるきます。
すると、子どもたちが集まってきて、
「タイコじいさん。歌をうたっとくれ。むかし話をしておくれ」
と、言い、おじいさんはとくいそうに白いあごひげをなでながら、
「それでは、とっておきの歌とお話しをするかのう」
と、歌や話を始めるのです。
おじいさんがこの村にいるおかげで、みんなはとてもゆかいに暮らす事が出来ました。
さて、村の近くに川が流れているのですが、この川の流れがはげしくてなかなか渡る事が出来ません。
ある日の事、おじいさんが川岸をあるいていると、
「たすけてー!」
と、声がします。
見ると女の人と子どもが、川でおぼれているではありませんか。
「待っていろ! いま行くぞ!」
おじいさんは着物を着たまま、ザブン! と川へ飛び込みました。
しかし女の人と子どもは、そのまま川の流れに流されてしまいました。
おじいさんは岸にはいあがると、川にむかってさけびました。
「お前は、なんというひどい川だ!
これまでにも、たくさんの人の命を飲み込んできたが、もうゆるさん!
わしはきっと、お前の上に石の橋をかけてやる!」
けれどおじいさんには、橋をつくるお金も力もありません。
おじいさんは毎日、ゴウゴウと音をたてて流れる川をながめては、
「なにか、いいくふうがないものか?」
と、考えるのでした。
ある夜の事、おじいさんは夢を見ました。
立派に出来上がった石の橋の上で、村人たちがおじいさんのタイコにあわせて楽しそうにおどっているのです。
夢の中のおじいさんは、とてもしあわせでした。
「もうこれで、どんなに川のやつがあばれても安心だ」
おじいさんが大声でみんなに言ったとき、夢からさめたのです。
おじいさんは起き上がると、しばらく何かを考えていました。
「わしに出来ることは、タイコをたたく事だけだ。
しかしタイコをいくらたたいても、石の橋は出来ない。
でも、わしのタイコが好きな人たちが、みんな手伝ってくれたら。
???そうだ!」
おじいさんは庭に飛び出すと、庭のすみのキンモクセイの木にタイコと木の箱をぶら下げました。
次の朝、おじいさんは村人たちを集めて言いました。
「これから、わしの歌や話を聞きたい時は、この木の箱にいくらでもいいからお金を入れて、タイコをたたいてわしをよんでくれないか」
すると子どもたちが、つまらなさそうに言いました。
「えー。もう、ただでお話をしてくれないの?」
「ああ。石の橋をつくるお金が出来るまではな」
村人たちは、やっとおじいさんの考えている事がわかりました。
「どうかな。わしのたのみを聞いてくれるかな?」
「うん。だいさんせい!」
その日から村人たちは仕事を終わると、キンモクセイの木にぶらさがっているタイコをドンツクドンドンとたたいては、おじいさんの話を聞くようになりました。
みんなはおじいさんの話が好きなので、タイコがならない日は一日もありませんでした。
おかげで木の箱の中のお金も、少しずつふえていきました。
おじいさんの話は大変おもしろく、楽しい話、悲しい話、こわい話など、毎日色々な話を聞かせてくれます。
おじいさんがキンモクセイの木の下にすわって話しをはじめると、大人や子どもだけでなく、木の枝にとまっている小鳥たちや空の星たちもジッと耳をかたむけるのでした。
こうして、十年の月日が過ぎました。
「よし、もういいだろう」
おじいさんは町へ行って数え切れないほどの石を買うと、さっそく石橋をつくりはじめました。
どろをこね、石をはこび、汗ビッショリではたらきました。
それを知って、村人たちもやってきました。
「ぼくらも、手伝うよ」
それに小鳥たちもたくさんの仲間をつれて来ると、かわいいくちばしで小石をはこんで手伝いました。
一人一人の力は小さくても、みんなが力をあわせれば、どんな事も出来るのです。
仕事につかれると、おじいさんはタイコをたたいておうえんします。
?キンモクセイの、花がさくよ。
?タイコがドンとなれば、おとなも子どももみんな集まる。
?キンモクセイの、花がにおうよ。
?みんなが集まれば、はじまるじいさんの昔話が。
?モクセイの、花がちっても、
?みんな集まって、石の橋ができるよ。
みんなはおじいさんの歌にはげまされて、元気いっぱい働きました。
そして次の年の春には、とうとう立派な橋が出来あがったのです。
この橋があれば、もう村人たちが苦しむ事はないでしょう。
「よかった。よかった!」
みんなは橋の上で、肩をたたきあってよろこびました。
ところがそれから間もなく、おじいさんは重い病気にかかって死んでしまいました。
橋を作っている時につみあげた石がくずれてきて、おじいさんの足をきずつけてしまったからです。
せっかく石の橋が出来たのに、おじいさんのタイコがならない村はひっそりと静まりかえってしまいました。
ある日の夜、一人の子どもが言いました。
「もう一度、おじいさんの話が聞きたいな。もう一度、おじいさんのタイコが聞きたいな」
するとその時、どこからか、
?ドンツクドン。
?ドンツクドン。
と、おじいさんのタイコが聞こえてきたのです。
子どもはすぐに、家を飛び出しました。
すると外には、タイコを聞いた大勢の人が集まっていました。
「いま、おじいさんのタイコが聞こえなかったか?」
「ああ、聞いた。でも、おじいさんは死んだはずなのに」
「でも、確かにタイコが聞こえるよ」
「うん、聞こえる。でも、どこから?」
その時、さっきの子どもが夜空を指さして言いました。
「あっ、おじいさんだ!」
みんなが空を見上げると、空高くにタイコをたたいているおじいさんがいました。
おじいさんはみんなにほほえむと、そのまま月の光の中に消えてしまいました。
それからは月の明るい夜になると、あのなつかしいタイコの音が聞こえてくるようになったそうです。
?ドンツクドン。
?ドンツクドン。