晴れやかな気分
出席簿の角の固いところで、こめかみのあたりを突かれたときには、目から火花が飛んだ。
この先生には数えきれないくらい痛い目にあわされている。廊下(ろうか)を走った、大声をあげて笑った、といった程度のことでも、出席簿で頭を思いっきりガツンとやられた。
この学校には髪型、服装、持ち物、態度など、とてもたくさんの規則があって、たしかに廊下を走ったり大声で騒いだりすることも禁止されていた。それを破ったのだから、規則違反には違いない。
でも、この先生の処罰(しよばつ)の仕方はとても平等(びようどう)とは思えず、たとえば大声で笑うからには相手がいたはずだが、同じことをしても、罰を受けるのは不思議(ふしぎ)と私だけだった。
いまにして思えば、ほかの子は、先生の気配(けはい)を察(さつ)すると、さっとやめて知らん顔できたのに、要領(ようりよう)が悪く、自分のペースでしか行動できない私にはそれができなかったので、結局のところ、私だけが見つかって、代表で叱(しか)られていたのかもしれない。
なくした宿題のことも、この手紙事件のことも、私は父や母に訴(うつた)えたが、「そんなことはないだろう」と、まともに相手にはしてもらえなかった。
参観日のとき、父が先生に「娘がこんなことを言っているんだが……」と問いただしてくれたようだが、私への報告は、つれないものだった。
「先生はそんなことはないと言っている。やはり、おまえの思いすごしだ。考えすぎだよ。もっと気楽にやれ」
両親に相談しても、まともにとりあってもらえないので、話す気も起こらなくなってしまった。
M先生からは、「おまえ、親に言いつけただろう」と言われ、結局、倍返しで痛い目にあわされた。
そのころにはすっかり学校嫌(ぎら)いになっていたが、なんとか学校へだけは行っていた。一刻も早く六年生を終えて、この先生から逃(のが)れたい、中学生になりたいと心から願いつつ。
小学校の卒業式の日は、入学以来、もっとも晴れやかな気分だった。うれしくてたまらず、「ざまーみろ、ざまーみろ」と何度もつぶやいていた。