あひるの子は、つよい風にふきとばされそうになりながら、畑をこえ、野原をこえて、むちゅうではしりました。
——アンデルセン『みにくい あひるの子』より
中学校の父兄参観日に来てくれた父と
中学校の父兄参観日に来てくれた父と
みじめになるだけ
「あっ、ママ、あの車!」
私たちの前方、赤信号で停止している車を指さしながら、思わず叫(さけ)んでいた。私は十六歳、一年遅れで入った高校一年生のときだった。
「あら、うちのアウディにそっくりね」
そっくりどころではない、そのものだ。それは、西麻布(にしあざぶ)方面から246(国道二四六号線)を、母が運転する車で松涛(しようとう)の自宅へ帰る途中、渋谷警察署のちょっと手前の交差点での出来事。
私たちの車は、ちょうどその車の左横に並(なら)んだ。隣(となり)のアウディの運転手は、間違いなく、そのころ付き合っていた彼。ふっと目があった。
父も母も車が好きで、わが家には家族の人数より多くの車があった。そのうちの一台を、父の許可を得たうえで彼に貸してあった。だから、彼が運転していても、それはいい。問題は、助手席に私の知らない女の子が座(すわ)っていたこと。
許(ゆる)しがたい裏切り……。
そんな思いが頭の中を駆(か)けめぐった。
信号が青に変わると、彼の車は私たちの車の前に割り込んで、逃げるように左側の路地(ろじ)に入っていった。
「だれよ、あの女。ねえ、ママ、早く追いかけてよ」
母にも事態は理解できたはず。でも、母は首を左右に振って、応じてはくれなかった。私は無我夢中(むがむちゆう)で、発進しかけた車から道路上に飛び出していた。母の制止も、そのときの周囲の状況も、私の耳と目から完全に消えていた。
行(ゆ)き交(か)う車の間を、どんなふうにしてすり抜けていったかは覚えていない。とにかく、その路地に入っていって追いかけた。ほどなく、路地の渋滞(じゆうたい)で立(た)ち往生(おうじよう)していた彼の車に追いつくことができた。
私はその窓ガラスをトントン叩(たた)いた。でも、彼はドアを開けてくれない。
突然、助手席に乗っていた女が車から飛び出し、走り去った。続いて、彼も彼女を追うようにして、細い路地を駆けていってしまった。あとに残されたのは、私と空(から)っぽのアウディだけ。それ以上、追いつづける気力は失(う)せていた。
車の脇(わき)にたたずみ、放心状態で泣いていると、母が駆けつけてきた。
「ママ、さっきはなんで追いかけてくれなかったの?」
涙ながらに抗議した。
「追いかければ追いかけるほど、あなた自身がみじめになるだけだからよ。さあ、帰るわよ」
「この車、どうするの?」
まだ免許をもっていなかったから、私が運転して帰るわけにはいかない。
「そんな車、捨てちゃいなさい」
簡単に言うけど、アウディだよ……。
私は、母にひきずられるようにして家に帰った。