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海嶺29

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:角帆     四 岩松が水主部屋《かこべや》に入った時には、もうみんなに酒が入っていた。「おう! 舵取《かじと》り、先に
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角帆
     四
 岩松が水主部屋《かこべや》に入った時には、もうみんなに酒が入っていた。
「おう! 舵取《かじと》り、先にやってたぜ」
重右衛門が言うと、
「遅くなって……」
と、岩松は空《あ》いていた重右衛門の隣に坐った。
「ご苦労さんだったな」
岡廻《おかまわ》り(帳場)の六右衛門が、岩松の湯呑《ゆの》み茶碗《ぢやわん》に、一|升徳利《しようどくり》を傾けた。
「いやいや」
岩松は言葉少なに受けて、ごくりと一口飲んだ。大きなそののどぼとけが動いた。
「それにしても、何で遠州灘《えんしゆうなだ》には海難が多いんやろな」
遅れて来た岩松が座につくと、利七が話をむし返した。
「そうやなあ。あのあたりには、大船の逃げこむ港がないだでなあ」
水主頭の仁右衛門が、目刺しを頭からかじりながら言うと、
「いや、何より、風が激しいだでな」
水主の辰蔵が言う。
「ふーん。しかしそれだけかい」
利七が解《げ》せぬ顔をする。
「それに、船も弱いしな」
岩松がぶっきら棒に言った。と水主頭《かこがしら》の声が不意に尖《とが》った。
「船が弱い? 何を言うかね、岩さん。大船に乗った気持ちで安心せえって言葉もあるんやで。船が弱いんじゃない。嵐が強いんだ」
仁右衛門は、船頭の重右衛門に気がねして言った。重右衛門の家は船主なのだ。その船に吝《けち》をつけるようなことを、面と向かって言った者は一人もいない。いや、それだけではない。仁右衛門はじめ水主たちは、千石船《せんごくぶね》を安全な船と恃《たの》んでいる。岩松はうっすらと笑って酒を口に含んだ。
海難は天災だけではなく、人災でもあると岩松は知っている。岩松は三年ほど、北前船《きたまえせん》に乗ったことがある。北前船は大坂から下関廻《しものせきまわ》りで蝦夷《えぞ》まで行く。その長い航海の中で、大小の嵐に幾度も遭《あ》っていた。
そしてその度に千石船の弱点を身に沁《し》みて知った。例えば胴の間は甲板《かんばん》ではなく、取り外《はず》しのできる踏立板《ふたていた》が並べられているだけだ。大波をかぶれば、たちまち水は船を浸すのだ。また、畳八畳もある大きな舵《かじ》は、船尾にぶら下がっているだけで、固定されてはいない。だから追い波を受けて破損することが少なくない。その他幾らでも弱点をあげることができた。なぜそれらの構造が改良されないか。それは、鎖国を固執《こしゆう》する幕府の方針に合致《がつち》する造りだからだ。つまり千石船は遠洋に耐え得ない近海船であった。
音吉は岩松の暗い笑いが気になった。と、その時、久吉がひょうきんな声を上げた。
「親方さまぁ、千石の米を馬で運べば、一体どれだけの馬と人が要るんですかい」
みんなが笑った。重右衛門は、ほっとしたように答えた。重右衛門は今の仁右衛門の言葉の中に、岩松に対する敵意を感じたからだ。
「おお久吉、それはなかなかおもしろい問いだ。馬に五|斗俵《とだわら》が幾つつくな」
「二俵かな、親方さま」
「まあ、せいぜいそんなところかな。では千石なら、馬が何頭要る?」
「何頭やろな、音」
久吉はどんぶり飯を抱えたまま、音吉を見た。水主の中には、久吉と一緒になって頭をひねっている者もある。
「一頭が一|石《こく》やろ。だから馬は千頭要るやろ」
「へえー! 千頭!? そんなに馬が要るんかいな」
久吉が目をむいた。
「そうなるやろ。一石で一頭。十石で十頭、百石で百頭、千石で千頭や」
「さようか。なんや、雑作《ぞうさ》のないことやな」
合点《がてん》する久吉に、再びみんなが笑った。岩松さえ笑っている。
「それやったら、馬子《まご》も千人要るんやなあ」
重右衛門がうなずいて、
「そのとおり、そのとおり。馬子も千人要るわ。こりゃ大変な給金やで」
「そうやなあ、親方さま。では千石船は、馬が千頭、馬子が千人の価《あたい》があるんやな。しかも人は十四人しか要らん。こりゃ大した儲《もう》けや」
三度みんなが笑った。利七が、
「全くや。なあ岡廻《おかまわ》り、千頭の馬と千人の馬子ちゅうたら、食わすだけでも大変な掛かりやなあ」
「そやそや、大変な掛かりや」
水主頭の仁右衛門が、
「何と千石船は、大した便利なもんだでえ、こう考えてくるとなあ」
と、岩松をちらりと見た。重右衛門が、
「ところで舵取《かじと》り、明日の日和《ひより》をどう見るかね」
と、岩松に酒を注ぐ。
「親方はどう見たね」
「うん、明日の遠州灘《えんしゆうなだ》は無事だと見たが、水主頭《かこがしら》はどう見たね」
「そうやな、わしもこの分じゃ、いい船路になると見たが」
「そうかね」
岩松は暗い目を上げて一座を見まわした。そして言った。「星が光ってる。星が近い。できたら今夜のうちに、船出したほうがいいんじゃねえかと思うんだ」
「今夜のうちに?」
誰かが、がっくりしたような声を上げた。
「そうだ、今夜のうちにだ。風を待って出るのよ」
岩松はきっぱり言い切った。
「星が光ってりゃあ、明日は風だとほんとに決まっているんかねえ」
利七が疑わしそうな顔をした。仁右衛門は腕組みをして、
「まあそうは言われているがな。星がいつもより、大きく光っていたら、次の日は風が強いとな。しかしな、そうとばかりも言えせんのよ」
「そやそや。朝日が黄色く見えたらどうとやら、海の水がぬるくなると大風が吹くとやら、いろいろ言うけどな。だが、百発百中といかんところが、むずかしいんや」
「百発百中なら、嵐に遭《あ》う阿呆《あほ》はいないで。どこの船にも年輩者が乗っとるわ。それでも嵐に遭う時は遭うだでな」
「天気を見るのはなあ、大変なもんやで。風という奴《やつ》は、ほんとにつかみどころあらせんでな。順風だと思って船出すれば、すとんと風が落ちて、海の真ん中で立ち往生《おうじよう》することもある」
「ああ、去年の秋な。あれには参った」
みんなが口々に言う。
「まあ、年中、船に乗りゃ、様々なことはあるだでな」
「親方さま。ちょっと伺いますが」
また久吉が口を挟《はさ》んだ。
「何や、久吉」
「星が光ってる次の日は、何で風になるんやろ」
「ようは知らんな、空ではもう強い風が吹きはじめているということかも知れせんな」
「すると、それは星の光ってる所だけの話やな」
「ま、そういうことやな」
「じゃ、遠州灘《えんしゆうなだ》のほうは、今夜星空でないかも知れせんわけやな」
久吉が考え考え言う。
「おう、よう考えた。そう言うこともある」
「昨夜、遠州灘の星が光っとったら、今日はもう風が吹いとるんやな。じゃ、親方さん。どこの天気がどうなるやら、長い船路では、わからせんな」
「そのとおりじゃ。長年船に乗っていても、天気ばかりは、なかなか当てられんでのう。ところで、それはそうと水主頭《かこがしら》、もう一度天気を見定めて来ようかの」
重右衛門は、岩松の言葉が気になって立ち上がった。
「そうしますかのう」
仁右衛門も立ち、利七も後につづいた。階段を上がって行く三人を、水主たちが見上げた。久吉も音吉も見上げた。が、岩松はうつ向いて、茶碗《ちやわん》に徳利《とくり》を傾けている。音吉はそのきびしい横顔に、視線をうつした。なぜ岩松だけが、ああも暗い顔つきをしているのだろう。大声で笑うこともなければ、軽口を叩《たた》くこともない。酒が入った今も、素面《しらふ》の時と同じく、にがい顔であった。
何となくみんなは黙った。艫櫓《ともやぐら》に上った三人が気になるのだ。いや、天気が気になるのだ。できたら今夜、この師崎の港で骨休めをしたい。三千|俵《ぴよう》の米を三日がかりで積んだ疲れが肩に残っている。人夫も使ったとは言え、荷積み作業は大変な労苦であった。が、今夜体を休めておけば、疲れはすっかり回復するだろう。
水主たちの勤務は二交替であった。進路を定める舵取《かじと》り、帆の上げ下げと回転を指図《さしず》する水主頭、それを助けて舵を取る水主、ろくろを回す水主と、一日中休む間のないほど、仕事はあった。入った港で、そのままぐっすり眠りたい気持ちは誰にもあった。
やがて重石衛門たちが作業|甲板《かんぱん》からおりて来た。
「風はまだとまったままだの」
真っ先におりて来た重右衛門が言った。風がなくては船は動かない。
「じゃあやっぱり、日和《ひより》待ちだな」
誰かが安心したように言うと、水主頭が、
「星の光もふだんと変わっておらんで」
と岩松を見た。利七が、
「師崎の星は、舵取りに特別に光ってみせたんやないか」
と、揶揄《やゆ》した。何人かがくすりと笑った。音吉はひやりとして岩松を見た。岩松の顔に動きはなかった。
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