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海嶺31

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:怒濤     一 十月十一日、六つ(午前六時)を少し過ぎて、宝順丸は鳥羽を出た。昨夜の烈風もいつしか順風に変わり、雨はと
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怒濤
     一
 十月十一日、六つ(午前六時)を少し過ぎて、宝順丸は鳥羽を出た。昨夜の烈風もいつしか順風に変わり、雨はとうにやんでいる。大きくうねってはいるが、波もさほど高くはない。船が鳥羽に逃げこんでから、僅《わず》か二刻《ふたとき》(四時間)ばかりで、宝順丸は再び帆を上げたのだ。
「変わりやすいなあ秋の空って、女みたいやな」
水主《かこ》部屋の片隅にある火床《ひどこ》にかけた味噌汁《みそしる》の鍋《なべ》に、久吉は味噌をときながら笑った。炊頭《かしきがしら》の勝五郎が、
「そのとおりや、昨夜嵐になるかと思ったが、今朝《けさ》はもうおさまっとるでな」
と、大釜《おおがま》の重い蓋《ふた》を取った。湯気が音吉の顔にあたたかくまつわった。
(女か)
火床の傍《かたわ》らの戸棚《とだな》から、音吉は盆を何枚も取り出す。女という言葉を聞くだけで、すぐ琴の顔が胸に浮かぶ。今朝の夢の中で、琴は現れそうでなかなか現れなかった。それが妙に心残りだ。
他の水主《かこ》と共にろくろを廻《まわ》していた吉治郎が、
「さあて、出すものを出してから、食うか」
と、腹のあたりをなでながら、火床の傍らの戸をあけて、外艫《そととも》(船尾)のほうに出て行った。外艫には向かって右側に流し台、左側に水桶《はず》が据《す》えつけられてある。この流し台と水桶の間にはすぐ下に海が見おろされる。ここに板を渡して水主たちは用を足した。いわば、流し台のすぐ傍《そば》を厠《かわや》としていたわけである。
水主たちが交替で朝食を終えた頃《ころ》、船は昨夜の伊良湖度合にさしかかろうとしていた。潮の流れの荒い伊良湖度合は、満潮時、干潮時は特に船が難儀する。潮の向きと船の向きが同じ時は潮に乗ればいいが、反対の時は幾時間も、潮待ちをしなければならない。しかし今日は、その伊良湖度合を宝順丸は無事に越えた。あとは風に追われて、遠州灘を突っ切ればよい。
「何のことはない。このぐらいならいい船路や」
ろくろの傍で言う吉治郎の声を音吉は聞いた。
「そうやそうや。星の光が強いだで、明日は風だなんぞと言うたのは、どこの誰かいな」
吉治郎の相棒《あいぼう》の利七が、鼻の先で笑った。
「しかしなあお前たち、天気というもんは、むずかしいもんだでえ」
炊頭の勝五郎が一服つけながら、二人をたしなめた。
「それはそうと、やっぱりあの舵取《かじと》りは、腕が立つのとちがうか」
床に腰をおろして、膝頭《ひざがしら》を抱いていた久吉が言った。が、利七も吉治郎も答えない。二人は何となく、岩松に反感を抱いていた。吉治郎は、いつぞや米をくすねようとしたところを、見つけられたことがあるし、利七は自分に目をかけてくれている水主頭《かこがしら》仁右衛門の側についていた。と、炊頭《かしきがしら》が、
「ほう、久吉。お前にもそれがわかるか」
「へへ、わかるというほどじゃないけどさ。あの伊良湖度合の乗り切り方が、鮮やかだったでな」
吉治郎が言った。
「なあに、腕ではあらせん。風と潮の向きがよかったまでのことよ」
「そうや。俺もそう思う」
利七が吉治郎に応じた。炊頭はおだやかに笑って、
「吉治郎、利七、船乗りはのう、何でも公平に物ごとを見んといかんでな。日和《ひより》を見るにもな、人を見るにもな、公平を欠くといかんのやで」
と、煙草を詰めかえた。
利七と吉治郎が、不満そうに口を尖《とが》らせた頃《ころ》、岩松は今日も三の間の合羽《かつぱ》の上にくくりつけた伝馬船《てんません》の上にどっかと坐《すわ》って、海を見つめていた。明け方一|刻半程《ときはんほど》眠っただけだが、若い岩松の疲れはもう取れていた。岩松の助手に千之助がいたが、この遠州灘《えんしゆうなだ》だけは人に委《まか》されぬと思っていた。岩松は腕を組み、左手の陸地を見た。千石船《せんごくぶね》は陸地を見ながら航路を定める。即ち地乗り航法である。
これが同じ灘でも熊野灘なら、その沿岸に港が多い。そして陸地も高い。だから山や岬の形によって、自分の船の位置を知ることができる。だが遠州灘から見る陸地は山が低い。不馴《ふな》れな者には、その低い陸地は何の目標にもならなかった。
船の傍《かたわ》らを時折《ときおり》飛び魚《うお》が飛んだ。飛び魚が波間に消えたと思うと、つづいて幾匹も鱗《うろこ》を光らせて飛び上がる。岩松はふっと、熱田の稲田に飛ぶ飛蝗《ばつた》を思い浮かべた。その飛蝗が、更《さら》にわが子岩太郎を連想させた。
(岩太郎も、すぐに飛蝗を追うようになるだろう)
岩松は幼い頃《ころ》、熱田の杜《もり》に飛蝗を追った自分の姿を思い浮かべた。とその時、
「舵取《かじと》りさん、昼飯《ひるめし》だで」
と、久吉が盆の上にどんぶり飯を運んで来た。どんぶり飯と言っても、飯の上に沢庵漬《たくあんづけ》が三切れと鉄火味噌《てつかみそ》が少しのせてあるだけだ。岩松は黙って盆を受け取った。今、自分がやさしい表情で岩太郎のことを思っていたことを、岩松は誰にも知られたくなかった。
箸《はし》を取ってすぐに飯を食いはじめた岩松に、久吉が言った。
「いい船路やなあ、舵取りさん」
「うん」
岩松は怒ったような声で返事をした。が、昨日からそんな岩松を見て来た久吉は、平気な顔で言った。
「なあ、舵取りさん。あの截断橋《さいだんばし》の上でさ、俺を持ち上げて、川に投げようとした男、どうしているやろか」
岩松はじろりと久吉を見た。あの截断橋に岩松が出かけて行ったのは、ひどく孤独だったからだ。孤独だったから、截断橋の擬宝珠《ぎぼし》に彫りつけてあったあの供養《くよう》文を、読んで見たくて出かけたのだ。その孤独感は、半年ぶりに帰ったわが家に、妻の絹の姿がなかったからだけではない。馴《な》れ馴れしく出入りしている銀次という若い男の存在を知ったからだ。
(いやなことを思い出させやがる)
岩松はそう思いながら、黙って飯をかきこんだ。
「舵取《かじと》りさん。舵取りさんはどうして水主《かこ》部屋で昼飯を食わんのや」
昨日も岩松は、この伝馬船《てんません》の上で昼食を取ったのだ。
「海っ原が、俺の飯のお菜《さい》だ」
岩松はにやりとした。不愛想に扱っても、人なつっこく話しかける久吉が、岩松にはおもしろく思われてきたのだ。
「へえー? 海っ原がお菜?」
と久吉は目を丸くして見せ、
「それは安上がりだ」
と笑った。
「久吉、お前、幾つだ」
「十五、正月が来たら十六になるで」
「十五か。もう一人の相棒《あいぼう》も十五か」
「いや、音吉は一つ年下や」
「ふーん。あいつは十四か」
岩松の目が優しかった。
「お代わり持って来るで」
「うん」
久吉が手を出すと、岩松が盆のまま突き出した。飛び魚《うお》がまた目の前を飛んで消えた。
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