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海嶺32

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:怒濤     二「滅法冷えこみはじめたのう」水主《かこ》部屋からの梯子《はしご》を登って、艫櫓《ともやぐら》に出た船頭重
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怒濤
     二
「滅法冷えこみはじめたのう」
水主《かこ》部屋からの梯子《はしご》を登って、艫櫓《ともやぐら》に出た船頭重右衛門が、仁右衛門に言った。
「それだで、親方」
不安げに仁右衛門はうなずいた。いつしか空が灰色に垂れこめ、海も鉛色にうねっている。夕暮れにはまだ間のある八つ半(午後三時)頃《ごろ》である。嵐の来る前には、こんな寒さに体の冷えることがある。
と、舳《へさき》で岩松が船尾に向かって何か叫んだ。中継ぎの久吉が、
「雲だーっ!」
と、水平線を指さした。ぽつりと小さな黒雲が船の後方の洋上に現れていた。
「おっ! 疾《はや》て雲だ!」
重右衛門が指さした時、二つ三つと、見る見る黒い雲が並んだ。
「舳先《へさき》を陸にまわせーっ!」
重右衛門の声がうわずった。
この黒雲の恐ろしさを水主たちは皆知っていた。
舳がもどかしいほどにゆっくりと、遠州の陸に向いた時、真っ黒い雲は既に頭上一杯にひろがっていた。魔物にも似た黒雲の動きであった。
「あーっ! 稲妻だあーっ!」
重右衛門と仁右衛門が、異口同音《いくどうおん》に叫んだ。厚い黒雲を引き裂くように稲妻が走った。水主《かこ》たちはこの稲妻を、火を打つと言い、嵐の前兆《ぜんちよう》として大いに恐れていた。
「水主頭《かこがしら》! 帆をおろせ!」
重右衛門が言うや否や、仁右衛門が下の水主部屋に向かって叫んだ。
「嵐が来るぞおーっ! 帆をおろせえーっ!」
その声を待っていたように、戌亥《いぬい》の風(北西風)が突如として襲いかかった。七丈の帆が無気味な音を立て、帆柱と帆桁《ほげた》が大きく軋《きし》みはじめた。
船が突き上げられるように、大波の上に乗った。たった今まで、おだやかなうねりを見せていたのに、海の姿は一変したのだ。久吉が積み荷の上から、ずるずるとずり落ちた。そのすぐ上を、岩松が艫《とも》に向かって走った。
「親方ーっ! ひと足遅かった!」
岩松がよろめきながら、作業|甲板《かんぱん》に飛び移って叫んだ。悲痛な声であった。
が、次の瞬間、岩松は自ら舵柄《かじつか》に飛びついていた。仁右衛門が下の水主部屋に顔を突き出して叫んだ。
「帆をおろすんだ、帆を!」
が、強風をはらんだ帆は重かった。艫櫓《ともやぐら》では何人かが帆足を力いっぱい引っぱっていた。その間も風は激しく吹き募《つの》る。風の音か、波の音か、船縁を激しく打つ音が、船中にとどろく。
炊頭《かしきがしら》が、火床《ひどこ》に水を打った。その灰かぐらがひとしきり水主部屋に舞い上がる。音吉も久吉も渾身《こんしん》の力をこめてろくろの柄《え》を押す。
ようやく六合目まで下がった帆を見上げながら、重右衛門が大声で命じた。
「七番|碇《いかり》と八番碇を舳《へさき》からおろせーっ!」
仁右衛門と共に、三人の水主が舳に走ろうとして、思わず甲板《かんぱん》にへばりついた。激しい突風が襲ったのだ。舵柄《かじつか》に取りついている岩松と利七をさえ、もぎ取るばかりの烈風であった。作業甲板に、大波が打ちこんだ。と同時に、稲妻がひらめき、間をおかずに雷鳴が真上でとどろいた。岩をも砕く音だ。
仁右衛門が飛び起き、素早く積み荷に取りすがる。三人がよろめきながらあとにつづく。船が波の底に引きこまれる。
四人が力を合わせて碇を舳から投げこんだ時、雨が容赦《ようしや》なく叩《たた》きつけた。額を頬《ほお》を抉《えぐ》るばかりに叩きつける横なぐりの雨だ。
波はますます高くなり、風はいよいよ吹き募《つの》る。岩松は三合目まで下がった帆を見上げた。帆が全く下がれば、舳先《へさき》を風の来る方向に向けるつもりだ。
「不意打ちだな、舵取り」
共に舵柄に取りついていた利七が言う。岩松に取りすがる眼だ。いつもの元気はどこにもない。
「全くだ」
岩松が短く答えた。昨夜、岩松は星の光が鋭いとみんなに告げた筈《はず》だ。だが今更《いまさら》それを言い出すつもりはない。天気を見定めることは、誰にもできないことなのだ。
利七が言った。
「やっぱり、師崎の星は光っていたんだ、舵取《かじと》りの言うとおりだった」
「…………」
「昨夜あのまま、伊良湖度合を越えていりゃあよか……」
利七はうっと頭を下げた。強風がまともに襲いかかったのだ。
その時岩松は、高さ三丈もあるかと思われる波が、狂奔しながら押し迫って来るのを見て怒鳴った。
「大波だ、伏せろーっ!」
言ったかと思うと、利七と共に、岩松が舵柄《かじつか》にぐいと腕を絡ませた途端に黒い波は、宝順丸をひと呑《の》みにするように襲った。が、次の瞬間その巨大な波頭《なみがしら》は、宝順丸を飛び越えて過ぎた。ほっと顔を見合わせる間もなく、次の波が船に打ちこんで来た。
「みんな無事かーっ!」
余りの大波に、重右衛門が叫ぶ。その声がたちまち風にちぎれる。
風と波を食らって、船は揺れに揺れる。
八畳もある舵の羽板が波にもまれて激しく音を立てる。
「利七! 舵を上げるんだ!」
しかし、岩松の決断は一瞬遅かった。船が真っぷたつに引き裂かれたかと思われる激しい音響があたりを震わせた。
「しまったーっ!」
岩松が唇《くちびる》を噛《か》んだ。舵の羽板はすでに激浪《げきろう》に破壊されてしまっていた。
「畜生っ!」
思わず岩松は舵柄《かじつか》を打ち叩《たた》いた。
「舵取りーっ! 仕方がねえーっ!」
利七が岩松を励ます。重右衛門と仁右衛門が、駈《か》け寄って来た。
「今の音は何だあーっ?」
重右衛門の声に、
「親方、すまねえっ! 舵がやられたあ」
「舵があっ!?」
仁右衛門の顔が歪んだ。重右衛門が言った。
「舵取り、心配するな。舵は造ろうと思えば、何とか造れる」
「しかし、なぜもっと早く舵をあげなかったんだい、舵取りぃ」
仁右衛門が詰《なじ》った。三人がのぞきこむ海の中に、壊れた羽板が波に煽《あお》られ、外艫《そととも》を激しく打ちながら宙に踊った。その凄《すさ》まじい反響を、岩松は只《ただ》じっと聞いていた。
一方船倉では岡廻《おかまわ》りの六右衛門の指示で、水主《かこ》たちが柱道の下に入りこみ、アカ(船底にたまった海水)を汲《く》み出していた。二人がかりで、スッポン(排水ポンプ)の柄《え》を踏んでいる者、手桶《ておけ》にアカを汲み、次々に手渡して開《かい》の口《くち》から投げ捨てる者、何れも無言だった。
すっかり帆布を下げた船の上に、帆柱だけが一本、黒雲をかき廻すように揺れ動き、異様な音を立てて軋《きし》みつづける。その帆柱を目がけて稲妻がひらめき、雷がとどろく。
「荷を捨てろっ! 荷打ちだーっ!」
重右衛門が、胴の間の積み荷の上で叫んだ。何人かの水主が重右衛門の傍《かたわ》らによじ登って行く。船が大きく揺らぐ。波がしぶく。船がみるみるせり上げられ、そしてずるずると波の谷間に落ちる。
「荷打ち!?」
アカ汲《く》みを指揮していた岡廻《おかまわ》りが、声を上げた。荷打ちには、役人の激しい吟味が、水主《かこ》たちを待ち受けることを意味していた。が、重右衛門は、
「止むを得ん!」
と大声で答え、胴の間に積んだ二百|俵《ぴよう》の米を先《ま》ず捨てる覚悟を決めた。米俵《こめだわら》は一俵また一俵と床にほうり出され、水主部屋から開の口へところがされて行く。水主が、次々に米俵を海に投げ落とす。も早《はや》誰もが無表情だ。今は只《ただ》必死なのだ。舵《かじ》を失った船は、ともすれば横波を受けて大きく傾く。その度に水主たちは一斉《いつせい》に床に倒れる。起き上がる。またころぶ。ふらつく腰で、米を、海水を、水主たちは左右の開の口に運んでは捨てる。それは、いかにももどかしい作業であった。手桶《ておけ》に一杯のアカを汲み出す時、その何十倍もの波が打ちこむ。と、上げ板の隙《すき》から、かぶるように船底へと海水は落下する。
その流れ落ちる水をかぶりながら、音吉も久吉も、船底でアカ汲みに必死だった。初めは膝《ひざ》のあたりだったアカが、今は腰を越えようとしていた。冷たい海水に、股引《ももひき》も刺し子もとうに水浸しだ。汲んでも汲んでも、水は増すばかりだった。冷たさに、足腰の感覚は既《すで》に失われていた。
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