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海嶺33

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:怒濤     三 雨も風も、激しくなるばかりだ。夜も五つ(八時)を過ぎた頃《ころ》、「あーっ!」船倉で水主《かこ》たちの
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怒濤
     三
 雨も風も、激しくなるばかりだ。
夜も五つ(八時)を過ぎた頃《ころ》、
「あーっ!」
船倉で水主《かこ》たちの叫びが上がった。岩に激突したかと思う衝撃に、久吉も音吉も、他の水主たちと共に、アカ(海水)の中にころがされた。そして次の瞬間、ばりばりと鋭い音がした。
舵《かじ》の羽板に激しく打ちつけられて、既《すで》に半壊していた外艫《そととも》が、激浪《げきろう》にもぎとられたのだ。外艫には流し台と水桶《はず》があった。真っ黒い夜の波の中に、流し台も水桶も、瞬時にして呑《の》みこまれていった。
「もう駄目《だめ》や」
アカの中から起き上がった吉治郎が泣き声を上げた。
「馬鹿っ! ぐずぐず言わず、アカを汲《く》めっ!」
岡廻《おかまわ》りが叱咤《しつた》する。吊行灯《つりあんどん》が絶えまなくゆれながら、あたりを照らしている。どんなに大きく揺れても、油が漏《も》らず、灯の消えぬ吊行灯が、今、船のあちこちに淡い光を放っていた。その淡い光の中で、水主たちは必死になってアカを汲む。が、アカはたまるばかりだ。それは、限りなくむなしい作業に思えた。しかし手をとめれば、たちまち水船となる。
「無駄やー! もういかんわ」
くり返し念仏をとなえていた吉治郎が再び音《ね》を上げた。
「ほんとや」
他の水主たちも、アカの中に突っ立った。と、音吉が叫んだ。
「無駄ではないっ!」
年少者とは思えぬ凛《りん》とした声であった。
「そうや、音吉のいうとおりや。手桶《ておけ》に一杯|汲《く》み出せば、汲み出しただけのことはあるで。汲まねば沈没や」
岡廻《おかまわ》りが諭《さと》すように言った。沈没という言葉に脅《おび》えて、みんなまたアカを汲みはじめた。音吉はアカを汲んだ手桶を下げて、よろめきながら胴の間に出た。岡廻りが交替を命じたのだ。胴の間には、既《すで》に米俵《こめだわら》はなかった。胴の間に上がった音吉に、風と波が容赦《ようしや》なく襲いかかった。音吉は足を踏みしめながら、手桶を他の水主《かこ》に手渡した。
船はまたしても大波の上に上がり、また下がる。すでに船は、舳《へさき》から四頭の碇《いかり》をたらして逆艫《さかども》になっている。踏立板《ふたていた》の一部をはずした胴の間で、荷打ち(捨て荷)を指揮していた仁右衛門が叫んだ。
「親方あっ! 帆柱を切らにゃーっ!」
船倉から米俵を胴の間に引きずり上げていた岩松が、
「何いーっ? 帆柱を切るとーっ?」
と、大声で聞き返した。
「おう、帆柱に当たる風で、船の傾きがひどいわ。その上、流されて陸から遠くなるばかりや!」
「しかし、水主頭《かこがしら》ーっ!」
岩松は夜空にそびえる太い帆柱を見上げた。帆柱の先は闇《やみ》に紛れて見えない。風に無気味に軋《きし》みつづけるばかりだ。
「帆柱を切りゃあ、二度と帆を上げることはできんでえ!」
「馬鹿を言え、舵取《かじと》り! 帆を上げるかどうかより、船が引っくり返るかどうかの瀬戸際《せとぎわ》だあっ!」
仁右衛門の声に殺気《さつき》があった。
「引っくり返るうー? 千石船《せんごくぶね》がひっくり返ったためしがあるか。帆柱に当たる風は、たかが知れてるでえ!」
「何をぬかしやがる! 親方! この嵐じゃあ、帆柱を切るより仕方あらせんで」
「さあてのう、切ったものかどうか、わしにもわからんが……」
船頭の重右衛門が呻《うめ》くように答えた。と、三人の体が大きく揺らいだ。船がしたたかに大波を受けたのだ。
「親方っ!」
岩松が傍《かたわ》らの米俵《こめだわら》にすがりながら言った。
「俺は北前船《きたまえせん》で嵐に遭《あ》った。あん時は帆柱を切らんで助かった。嵐は一時《いつとき》だあ。嵐が去ったら、どうやって帰るんだっ!」
岩松の言葉に仁右衛門が喚《わめ》いて、
「わからねえ奴《やつ》だな、舵取り! 嵐の時に帆を切るのは慣《なら》わしだ。こんなでっかい帆柱がなけりゃー、こうまで船は流されはしめえ。揺れもしめえ。親方! 早く切らせてくだせえ」
「よし! では伊勢大神宮の神さまにお伺いを立てるとしよう」
重右衛門は雨と風に叩《たた》かれながら決断した。と、その時、炎のような稲妻が閃《ひらめ》いた。一瞬、荒れ狂う海が視界に浮かび上がって消えた。つづいて雷鳴が頭上の闇《やみ》をつんざいた。重右衛門が大声で言った。
「水主頭《かこがしら》! 舵取《かじと》り! かくなる上は、もとどりを!」
「おう! もとどり! それが先決じゃった」
仁右衛門が答え、岩松も大きくうなずいた。もとどりを切ることは、神への真心を披瀝《ひれき》することであった。
三人は、神棚《かみだな》のある水主部屋に駈《か》け入って小刀でもとどりを切った。呼ばれて岡廻《おかまわ》りと勝五郎、そして音吉も三人にならった。
事の決定に迷う時、船乗りたちはみくじを引いた。みくじに出た答えに従えば、反対者も納得したのだ。それほどに船乗りたちは、みくじの答えを絶対と信じていた。重右衛門は今、仁右衛門の意見と、岩松の意見が真っ向から対立したのを見て、みくじを引こうと決意したのだ。
音吉は命ぜられたとおり、一|升《しよう》ますに穴のあいたふたをし、重右衛門の前に置いた。重右衛門は紙を一寸四方に二枚切り、その一方に〇印を、他方に×印を記してまるめ、ますに入れた。×印は帆柱を切る、〇印は切らぬ託宣《たくせん》の印であった。
重右衛門は神棚の戸をあけ、中から御幣《ごへい》を取り出すと、右に左にふりながら、一心に祈った。仁右衛門も岩松も、勝五郎も、その赤銅《しやくどう》色の手を合わせて一心に祈る。音吉もみんなにならって祈りつづけた。神の前に祈るということが、こんなにも必死なことかと、音吉は初めて知った。念じているうちに、音吉は何か安らぎの湧《わ》いてくる思いがした。
岩松もまた、みくじが帆柱を切れと出るか、帆柱を切るなと出るか、胸苦しいほどの緊張で待っていた。
(帆柱がなくて、どうして帰ることができる!)
戌亥《いぬい》の風が、確かにこの船を陸地から遠くに追いやっていることを、岩松は感じていた。未《いま》だかつて、これほど陸地から遠くに追いやられたことは、岩松はなかった。だがそれは帆柱があるためではない。仁右衛門のみならず、誰もが帆柱に当たる風の強さを恐れている。だが岩松は、船倉になお重い米を残している限り、帆柱一本で船の安定を全く失うとは、思えなかった。
(何日つづいたとしても嵐はどうせ一時《いつとき》だ!)
またしても岩松は思った。この一時のために帆柱を切ることは何としても避けたかった。
(帆柱をこのままに……)
岩松はひたすらそう念じた。
音吉には、帆柱は切るべきかどうか、わからなかった。只《ただ》、音吉の胸の中にあるのは、年少ながらも、船主樋口源六の婿養子《むこようし》としての自覚だった。責任感であった。その自覚と責任感が、凄《すさ》まじい嵐の恐怖から、音吉を救っていた。
一同は念じつづけながら、幾度も床の上によろけた。が、嵐は時折《ときおり》、ふっと勢いを殺《そ》がれることがあった。今も、嵐は幾分か衰えたようであった。音吉は、神の前に祈ったからだと、素朴にそう信じた。
やがて、重右衛門は、ますをたたき、中から飛び出たみくじを開いた。
「皆の衆、神のお告げじゃ」
ざんばら髪の五人は、一斉《いつせい》に頭を下げた。岩松は息をとめた。
「伊勢大神宮の大御神は、帆柱を切るべしと託宣《たくせん》されたぞ」
「ははーっ!」
一同は額を床にすりつけた。船が谷底に沈むように、波間に引きずりこまれた。
みくじの結果に岩松は唇《くちびる》を噛《か》んだ。
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