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海嶺39

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:遠い影     一 アカを湛《たた》えた手桶《ておけ》を持って、音吉が水主《かこ》部屋への梯子《はしご》を上がると、炊頭
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遠い影
     一
 アカを湛《たた》えた手桶《ておけ》を持って、音吉が水主《かこ》部屋への梯子《はしご》を上がると、炊頭《かしきがしら》の勝五郎が、今|艫櫓《ともやぐら》への梯子を登ろうとしていた。艫櫓では、騒ぎ立てる水主たちの声がする。
「炊頭《かしきがしら》さま、何ですか」
音吉が声をかけると、勝五郎がふり返りざまに言った。
「島や! 島が見えたんやと」
「島!?」
思わず音吉が叫んだ。一瞬、目のくらむ思いだった。音吉はその場に手桶を置いて、勝五郎のあとを追おうとしたが、音吉は、心を静めて、手桶のアカを開《かい》の口から捨てると、船倉に向かって、
「おやじさまーっ! 島が見えたとー!」
叫ぶなり、音吉は艫櫓への梯子を駈《か》け登った。船倉から、仁右衛門や他の水主たちの声が追って来た。
艫櫓《ともやぐら》では、水主《かこ》たちが口々に何か言いながら、はるか右手前方を指さしている。
「きっと島じゃ」
「ほんとに島やろか」
「島に決まっとるじゃろが」
誰もが、おさえきれぬ興奮をあらわにして、あれを言い、これを言う。
「ありゃあ、船とちがうか」
「船なら帆が見えるわい」
風はおだやかとは言え、大海の真ん中だ。波のうねりが大きい。そのうねりの上に船が上がると島は見え、下がると見えなくなる。
「どこの島じゃろか」
「日本ではないで」
「八丈島とちがうか」
「八丈島とはちがうわい」
「オロシャの島か」
岩松はみんなが口々に言うのを聞きながら、じっと青い影に目を凝らしていた。
「鯨《くじら》かも知れんな」
利七が言うと、誰かが、
「馬鹿を言え。鯨があんな遠くに見えるわけはあらせん」
「雲とちがうか」
仁右衛門が言う。が、水主たちは、
「雲じゃねえ。どう見ても雲とは思えん」
と騒ぎ立てる。確かにその影は島に見えた。音吉の目にも雲とは見えなかった。と、重右衛門が岩松の傍《かたわ》らに立って言った。
「舵取《かじと》り、どうや。あれは島かのう」
「さあて、島と思えば島にも見える。雲と思えば雲にも見える。だが俺は雲と見た」
「うむ、雲のう」
岩松の言葉に、水主たちが、
「何いっ! 雲だとう? 雲じゃあらせん!」
「舵取りっ! あれが何で雲に見えるんじゃ! どう見ても島じゃ」
「そうや、島じゃ島じゃ! 島にちがいないわ!」
といきり立った。
「まあまあ、近づけばわかるでなあ」
重右衛門のなだめに、水主たちが静まり、更に一心に薄青い影をみつめる。息をつめ、まばたきもしない。音吉の耳に、久吉がささやいた。
「音、ありゃ島じゃ。島だな」
「うん、島だ」
音吉もうなずいた。音吉は島にちがいないと確信した。
「どんな島じゃろうか」
久吉が言う。
「わからん」
「人が住んでおるやろか」
言われると、無人島のような気もした。
「鬼が島とはちがうな」
どこかに、鬼の住んでいる島があると、幾度も聞かされてきた。久吉がまたささやく。
「鬼が島ならえらいこっちゃ。鬼は人を食うだでな」
「鬼が島ではあらせん。きっと人が住んどる」
音吉がささやき返す。その時、仁右衛門が言った。
「親方さま、とにかく船をあの方向に向けますかい」
「うん。それがよい。折よく舵《かじ》の羽板も取りつけたところじゃ。舵取り! 水主頭《かこがしら》! 頼むぞ」
「わかりやした」
仁右衛門と岩松が頭を下げ、重右衛門が大声で下知《げち》した。
「位置につけえーっ!」
「ようそろう」
水主たちは勢いよく答えて、それぞれの位置に就《つ》いた。
垂らしていた碇《いかり》を引き上げにかかる者、水主部屋の二基のろくろに取りつく者、舵柄《かじつか》を握る者、何れも期待に胸を弾ませた顔だ。
岩松は、三の間の上の伝馬船《てんません》の上に、久しぶりに坐《すわ》った。濃紺の海は日を弾いて輝き、空はあくまでも青かった。太い綱で幾重《いくえ》にもくくりつけていたとは言え、よくもあの嵐に、伝馬船が波にさらわれずにすんだと思う。岩松は、薄青い影をみつめていたが、
「おもかーじ!」
と、艫櫓《ともやぐら》をふり返って叫んだ。
やがて船は、おもむろに向きを変えた。新しい羽板は、失われた羽板と同様に、充分に役立ったのだ。岩松は深い安堵《あんど》を覚えた。船はようやく、舳《へさき》を先に、船尾をうしろにして動きはじめた。嵐で羽板を失って以来、船は碇《いかり》を垂らして逆艫《さかども》で進んでいたのだ。
「舵取《かじと》りーっ、羽板が働いているでえ。よかったなあ」
中つぎの利七が、胴の間に立って叫ぶ。
「おお、よかった」
岩松は珍しく白い歯を見せた。利七は共に羽板を造った一人だ。
(島かな)
岩松は薄青い影が、僅《わず》かに色濃くなってくるのをみつめながら思った。島であってほしいと岩松も思う。小さくても帆があり、そして舵も元に復《もど》った。風は弱くとも、とにかくこの天候なら、何とか思った所に近づくことができるかも知れない。
(しかし……島にしては……)
長年、舵取りとして働いてきた岩松の目は他の者より確かだ。岩松にはなぜか、動かぬその影が島影とは思えないのだ。今まで、幾度も島に似た雲を岩松は見てきているからである。
(とにかく島であってくれれば……)
念じながら岩松は、妻の絹の白い顔を思い浮かべた。不意に胸のしめつけられる思いがした。
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