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海嶺40

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:遠い影     二 音吉は再び、船倉でアカを汲《く》みはじめた。飯《めし》を炊《た》くまでには、まだ四半刻《しはんとき》
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遠い影
     二
 音吉は再び、船倉でアカを汲《く》みはじめた。飯《めし》を炊《た》くまでには、まだ四半刻《しはんとき》ほどある。久吉も、炊頭《かしきがしら》の勝五郎も、船倉にいる。勝五郎は、帆の操作を命ずる仁右衛門に代わって、アカ道をふさいでいるのだ。常治郎と三四郎に手伝わせ、勝五郎は器用に釘《くぎ》を打っていく。何をさせても手先の器用な男だ。
「音、もう大分近づいたやろか」
船倉に入って来たばかりなのに、久吉はすぐにそう言った。
「今下りて来たばかりやないか。そんなに近づくわけあらせん」
「それもそうやな」
まじめにアカを汲む音吉の傍《そば》で、久吉は気もそぞろにアカを汲みながら、
「俺が捨ててくるで」
と言った。
「代わる代わるや」
音吉も今日は譲らない。島か雲か、早く確かめたいのは、二人共同じなのだ。
「じゃ、音、こうしよう。じゃんけんや。勝った者が行くんや」
「いや、代わる代わるがいい」
「いや、じゃんけんや。そのほうがおもしろいで。俺はおもしろいことが好きだでな」
「そんなことより、はよアカを汲《く》まにゃいかんわ。じゃんけんなんぞしたら、遊んでいると思われるで」
「思われてもええわ。ほら、じゃんけん……」
久吉が鋏《はさみ》を出した。つられて音吉が石を出した。
「なんや、お前勝ったではないか」
「そうや、俺の勝ちや」
音吉はアカを汲み入れた手桶《ておけ》を下げて、いそいそと梯子《はしご》を登って行った。先程《さきほど》の青い影が開《かい》の口からは少し低く見えた。
「兄さ、やっぱり島やなあ」
水主部屋のろくろの傍《そば》にいた吉治郎に顔を向けると、
「そりゃそうや。あんな雲見たことあらせんで」
水主たちもみなうなずいた。
「けど、舵取《かじと》りさんは、雲やと言ったがな」
「そりゃあ舵取りでも、まちがうことはあるだでな」
吉治郎も今は岩松への反感をあらわにはしなかった。あの嵐の夜、命綱をつけ、帆柱を懸命に切り倒した姿を、吉治郎といえども忘れてはいない。
「そんなら、やっぱり島か」
開の口から音吉は再び島のほうを眺《なが》めたが、すぐに急いで船倉に下りて行った。
「どうや、やっぱり島やろう」
久吉が待ちかねて言った。もうアカは手桶《ておけ》に三つほど並んでいた。
「大丈夫や、島は逃げん」
「そうか、じゃ今度は俺が捨てに行く」
「何や、さっきじゃんけんと言ったやないか」
「言うたは言うたけどな、やっぱり音の言ったとおり、代わる代わるがええ」
「いや、じゃんけんがええ」
「いや、音はじゃんけんが強いでな」
二人は子供のように争ったが、勝五郎の声が飛んだ。
「何をしとる! しゃべっても、手をとめたらいかん」
二人は首をすくめた。が、久吉は、
「じゃ俺が行くで、たくさん汲《く》んどけや」
と、両手に手桶を持って、ぱちゃぱちゃとアカの中を歩いて行った。そして、やや経《た》って戻《もど》って来た久吉が、
「音、大変や」
と目をむいて見せた。
「大変?」
「うん。島が見えんようになった」
久吉は声低くささやいた。
「え!? 島がなくなった?」
音吉が思わず叫ぶと、勝五郎がふり返って噛《か》みつくように言った。
「何!? 島がのうなった?」
水主たちもふり返った。久吉は、
「いや……あの、音をからかったんや音を。すまんすまん」
と、ざんばら髪の頭を掻《か》いた。
「この阿呆奴《あほめ》が! 馬鹿も休み休み言え。血がかーっと頭に上がったぞ」
勝五郎に叱られて、久吉は、
「すまん。すまんことを言いました」
と素直にあやまった。
「久吉、お前はおもしろい子だで、悪気《わるぎ》のないのはようわかる。しかしな、下手な冗談を言うと、海ん中へ突き落とされるでな。よう気をつけい」
勝五郎が苦労人らしく説いて聞かせた。そして言った。
「お前ら、あとはすっぽんを踏め。アカももう少のうなったで、汲《く》みにくいやろ」
と、また金槌《かなづち》で釘《くぎ》を打ちはじめた。久吉と音吉は、既《すで》に汲んでおいたアカを捨てに上がったあと、すっぽんを踏みはじめた。すっぽんは大きな水鉄砲と言えた。一人が足で踏むと、水を吸いこみ、もう一人が踏むと水が飛び出て、管を通って海へ落ちる。嵐の時には、すっぽん一つではすぐに間に合わなくなる。どうしても手桶《ておけ》で、手渡しに運び出さねばならないのだ。すっぽんは、帆柱の受け台のすぐ傍《そば》にあった。つまり、船玉《ふなだま》を祀《まつ》っている傍《かたわ》らだ。二人は何となく神妙《しんみよう》に船玉に手を合わせ、それからすっぽんを踏みはじめた。
が、どれほども経《た》たずに、久吉はにやっと笑った。
「驚いたやろ」
「うん、驚いた。足がふるえたわ」
「音はすぐに真に受けるでな」
「誰だって真に受けるわ。炊頭《かしきがしら》だって、頭に血が上がったと、怒ったでないか」
「全く音には、冗談も言えせんな。こんな糞《くそ》まじめな奴《やつ》を、お琴はなんで好きになったんかいな」
「そんなこと知らん」
「また真に受けたな。かなわんわ、お前には」
足だけは休めずに言う。
「久吉、お前は年がら年中、冗談ばかりやなあ。羨《うらや》ましいわ」
しんみりと音吉が言った。今、久吉の口からお琴の名を聞くと、小野浦の家々がありありと瞼《まぶた》に浮かんで、やりきれない思いになった。
「羨ましいのはこっちのほうや。お前のほうが何と言っても、みんなに信用があるからな」
「だけど、久吉のほうが人気があるわ」
「人気だけでは、お琴の婿《むこ》にはなれせんでな」
「…………」
「音」
不意に久吉はまじめな顔になって、
「家を出てから何日めや?」
「九日目や。今日は十六日やからな」
「ほう、よう日を覚えているわ。俺はもう、何日が何日やら忘れてしもうた。あんな嵐の中では、船が横にゆれるやら、縦にゆれるやら、はらわたを掻《か》きまわされるようなあんばいやったでな」
「ほんとうにひどい嵐やったもな」
「父《と》っさまや、母《かか》さまは、あの嵐で俺たちやられたと思うているやろかな」
「どうやろな。まだ九日目やで、江戸に着いたかどうかと案じてはいるやろけど……」
「そうやな。音の言うとおりやろな。まさか嵐に遭《あ》って、帆柱まで切り倒したとは、考えんかも知れせんな」
「けどな、あのひどい嵐やったから、無事やどうかと、それは心配やろな」
「うん、親って心配するもんやからな」
久吉もしみじみと言う。自分が御蔭参《おかげまい》りに脱《ぬ》け出したあと、どれほど自分を案じてくれたかは、帰り着いた日に、久吉は知った。
「あの久吉の野郎!」
父の又平は家の中で怒鳴っていた。
「帰って来てみい、只《ただ》じゃおかんでな」
ふるえ上がるような声であった。そしてまた、
「久吉はもう戻《もど》らんで。あれは馬鹿者だでな」
そうも言っていた。それが、久吉が土間に入るや否や、又平はころがるように土間に下り、
「久吉かーっ!」
と、いきなり抱きしめてくれたのだ。
「久吉かーっ! よう戻ったなあ」
痛いほどに抱きしめていた又平が、そう言ったかと思うと、急に号泣《ごうきゆう》した。あの時は久吉も、又平にしがみついて泣いた。が、不意に又平は、
「この馬鹿がーっ! この馬鹿がーっ!」
と言うなり、久吉の頭を力一杯二つ三つ殴《なぐ》った。その時のことは、久吉もさすがに昨日のことのように覚えている。
(あん時は痛かったなあ)
笑おうとして、しかし久吉の顔が不意に歪んだ。
(万一……このまま帰って行けなければ……)
一体どんなに父母は嘆くだろう。久吉は、
「俺、ちょっと小便してくるで」
と、その場を離れた。音吉もまた、わが家のことを思っていた。父の武右衛門の飲む煎《せん》じ薬の匂いが漂ってくるような気がした。子守をしている妹さとのあどけない顔が目に浮かんだ。きりきりとよく働く母の姿が思い出された。
(船玉《ふなだま》さま。無事に帰らせてください)
一人ですっぽんを踏みながら、音吉は心の中に祈った。
と、その時、
「音! 大変だ、島が……」
久吉の声がした。
(また、久吉がかつぐわ)
音吉は思った。
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