十月二十八日
西風やや強し。毎日ひげを剃《そ》らむと心決めたれど、ひげ剃ることも物憂《ものう》し。近頃《ちかごろ》は一日置き、三日置きと、気儘《きまま》になりたり。吾《わ》が心また恃《たの》み難し。
岩松今日も、伝馬船《てんません》に坐《すわ》りて一日ありたり。岩松は不思議なる男なり。いかなる時も心顔に出《いだ》さず。その心の裡《うち》のぞき難し。師崎《もろさき》を出でたる夜、遠州灘《えんしゆうなだ》を渡らむと言いしは、岩松なり。帆柱を切らずと言い張りしも岩松なり。されどそのことに、全く触るることなし。もはや船に乗るまじと言いたる岩松を口説《くど》きて、誘いたる吾をも恨《うら》まず、よくその任に励む。かの幼子、眼《まなこ》にちらつきて胸痛し。
午后《ごご》より、南の方曇り来たれり。久吉の唄《うた》う声聞こゆ。年弱《としよわ》なれど賑《にぎ》やかなる性《さが》なり。父母恋しと口に出したき齢《よわい》なるを。
西風やや強し。毎日ひげを剃《そ》らむと心決めたれど、ひげ剃ることも物憂《ものう》し。近頃《ちかごろ》は一日置き、三日置きと、気儘《きまま》になりたり。吾《わ》が心また恃《たの》み難し。
岩松今日も、伝馬船《てんません》に坐《すわ》りて一日ありたり。岩松は不思議なる男なり。いかなる時も心顔に出《いだ》さず。その心の裡《うち》のぞき難し。師崎《もろさき》を出でたる夜、遠州灘《えんしゆうなだ》を渡らむと言いしは、岩松なり。帆柱を切らずと言い張りしも岩松なり。されどそのことに、全く触るることなし。もはや船に乗るまじと言いたる岩松を口説《くど》きて、誘いたる吾をも恨《うら》まず、よくその任に励む。かの幼子、眼《まなこ》にちらつきて胸痛し。
午后《ごご》より、南の方曇り来たれり。久吉の唄《うた》う声聞こゆ。年弱《としよわ》なれど賑《にぎ》やかなる性《さが》なり。父母恋しと口に出したき齢《よわい》なるを。