十一月|朔日《ついたち》
本日も雨降らず、雨雲は世界の何処《いずこ》に行きしやと、久吉言いたり。仁右衛門、岩松先立ちて、抜き置きし帆柱を鋸《のこぎり》にて切る。薪《まき》にせんためなり。切りたるを他の水主《かこ》ら割り、三の間に積む。三の間は、波も風も侵さざる故《ゆえ》なり。仕事なければ、水主たち争い始むる故に、仁右衛門、岩松、心配りたるなり。只《ただ》ごろごろと打ち臥して居ては、体力衰えるばかりなり。唯一の野菜なりし蓮根《れんこん》も尽き、若布《わかめ》少しく残りたるのみ。勝五郎、音吉久吉らと共に、折々流れ寄る藻を掬《すく》い始む。その姿いとも侘《わび》し。されど吉治郎|岡廻《おかまわ》りは起き出でんとはせず。岩松大声に叱咤《しつた》して言う。心弱き者は、海に投げ捨つると。慌《あわ》てて、岡廻り、吉治郎よろよろと立ち上がる。その姿哀れと思えど、おかし。
本日も雨降らず、雨雲は世界の何処《いずこ》に行きしやと、久吉言いたり。仁右衛門、岩松先立ちて、抜き置きし帆柱を鋸《のこぎり》にて切る。薪《まき》にせんためなり。切りたるを他の水主《かこ》ら割り、三の間に積む。三の間は、波も風も侵さざる故《ゆえ》なり。仕事なければ、水主たち争い始むる故に、仁右衛門、岩松、心配りたるなり。只《ただ》ごろごろと打ち臥して居ては、体力衰えるばかりなり。唯一の野菜なりし蓮根《れんこん》も尽き、若布《わかめ》少しく残りたるのみ。勝五郎、音吉久吉らと共に、折々流れ寄る藻を掬《すく》い始む。その姿いとも侘《わび》し。されど吉治郎|岡廻《おかまわ》りは起き出でんとはせず。岩松大声に叱咤《しつた》して言う。心弱き者は、海に投げ捨つると。慌《あわ》てて、岡廻り、吉治郎よろよろと立ち上がる。その姿哀れと思えど、おかし。