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海嶺58

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:月の下     一 十月十日に熱田の港を出て、早二か月半は過ぎた。宝順丸は太平洋に漂い出ていた。太平洋を吹く風は、ほとん
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月の下
     一
 十月十日に熱田の港を出て、早二か月半は過ぎた。宝順丸は太平洋に漂い出ていた。太平洋を吹く風は、ほとんどが北西風であった。滅多に東風《こち》の吹く日はない。それは、ますます日本から遠ざかっていることを示していた。折角造った帆柱に、帆を上げる日も少なかった。帆を上げては、風に流されて故国から離れるばかりだからだ。潮の流れと、小さな仮帆では、間切《まき》り航法もほとんど用をなさなかった。
舵柄《かじつか》を握ることにも、ろくろの身縄《みなわ》を巻くことにもほどくことにも、水主《かこ》たちは倦《う》み疲れていた。どこへともなく漂っているだけの今は、何をすることも無駄《むだ》に思われた。
そんな中で、炊頭《かしきがしら》と、炊の久吉音吉だけは、勤勉に働いていた。食事の仕度だけは欠かすことができないからだ。それが三人を、他の水主たちよりも元気にさせていた。
今も音吉は、吉治郎と岡廻《おかまわ》りの看病をしていた。既《すで》に幾日も前から、二人は三役部屋に寝こんでいた。今夜の夕食も、二人のためには別鍋《べつなべ》で粥《かゆ》を炊《た》いた。岡廻りは半分とのどが通らぬようであった。が、吉治郎の食欲はまだ衰えていず、岡廻りの残した粥をもすすりはじめた。月代《さかやき》の伸びた額の下に、吉治郎は鼠《ねずみ》のような目をきょろきょろとさせながら、愚痴《ぐち》を言い言い粥をすすった。
「音、俺はもう死ぬ。もうじき死ぬでえ」
また始まったと思いながら、
「兄さ、またそんなことを言う。兄さはまだ十八やないか。十八の若者が、何でそう早う死なんならんのや」
と、励ました。
「音、十八やって十六やって、死ぬ者は先に死ぬんや。俺はなあ、体ん中から生きる力が全部|脱《ぬ》け出たような気がするわ」
「兄さ、そんなことはない。兄さはまだ物を食えるではないか。岡廻《おかまわ》りの残した分まで、食えるでないか。人間食えるうちは死なんで」
箸《はし》をおくや否や、うとうととまどろむ岡廻りの顔を横目で見ながら、音吉は低い声で言う。かすかに揺れる吊行灯《つりあんどん》の下に、口をあけて寝ている岡廻りの顔を、面変《おもが》わりしたと音吉は思う。岡廻りには子供が三人いる。年老いた母親もいる。音吉は、船主の樋口源六の使いで、岡廻りの家に幾度か行ったことがある。子供たちは三人共男だった。十歳八歳五歳の男の子たちは、音吉が行くと、にこっと笑ってお辞儀をする愛らしい子供たちだった。岡廻りの母親は、腰の曲がった白髪《しらが》の老婆だったが、柔和《にゆうわ》な顔をしていた。
「ご苦労やなあ、音吉つぁん」
と、音吉の行く度にねぎらってくれた。が、岡廻りの妻は病弱で淋《さび》しい面立ちの女だった。岡廻り六右衛門は、家に残したそれらの家族を思って、心配のあまり、心も弱り果ててしまったにちがいない。頭のいい男だけに、先々を打ち案じて、かえって体に障ったのかも知れない。今、口をあけて寝ている岡廻りは、どんな夢を見ていることかと、音吉の心は痛んだ。
が、兄の吉治郎の場合は、本当の病気のようには音吉には思えないのだ。
「目まいがする。息切れがする」
と訴えながら、
「音、また粥《かゆ》か。俺は飯《めし》のほうがええ。飯に味噌《みそ》をたっぷりつけて持って来い」
と言って困らせたりする。
音吉は、食事を終えた吉治郎の足をさすりはじめた。さすりながら、やはり、さほど弱った体とは思えなかった。股《もも》の肉が落ちると危ないと聞いてはいる。確かに、使わぬ足は幾分か柔らかくはなったが、まだ皮膚は瑞々《みずみず》しい。音吉は内心安心している。格別に吉治郎に可愛がられた思い出はないが、音吉には唯一の兄だ。何としてでも、元気になってほしいと、音吉は心をこめて足をさする。さすりながら、音吉は、同じようにさすってやった父武右衛門の足を思い出す。武右衛門の足はしなびた大根のようであった。今の岡廻《おかまわ》りの足と同じであった。
「な、兄さ。父っさまや、母さま、どんな思いしているやろな」
「そうやな。一度に倅《せがれ》が二人死んでしもうたと、思うているかも知れせんな」
「そうやろな。ここにこうして、生きているとわかったら、どんなに喜んでくれるやろな。兄さ、何とかして生きていることを知らせてやりたいな」
「そうやな。おさともどうしているかな」
おさとと聞いて、足をさする音吉の手がとまった。小野浦を発つ時、さとが海の中に二、三歩入って、一心に手をふっていた姿がありありと目に浮かんだ。
(あれが最後の別れやろか)
音吉はたまらなく淋《さび》しかった。音吉とさとは仲がよかった。「兄さ」「兄さ」と、さとは音吉を慕った。琴の家で、朝から晩まで、子守をしていたさとの、走って帰ってくる姿も瞼《まぶた》に浮かぶ。
「兄さ、何としても、生きて帰らにゃいかんで。父《と》っさまや母《かか》さまや、おさとが歎《なげ》くでなあ」
が、吉治郎は不意に憎々しげに言った。
「音、父っさまや母さまが歎《なげ》くのは、自業自得《じごうじとく》や。己《おの》が子を、こんな危ない船乗りにさせた罰《ばち》や」
「兄さ! そんな罰当たりな!」
「何が罰当たりなものか。わしらをこんな目に遭《あ》わせたのは、親の欲や。親に働かされて、こんな目に遭ったわしらのほうが、どんなに辛《つら》いか。親の歎くぐらい、当たり前や」
「兄さ! 親をそんなに言うたらいかん。何で親がわが子を、辛い目に遭わせたいものか。なあ兄さ、わしらはな、船乗りになるより仕方がなかったんや。家《うち》は金がないだで、商売も出来ん。猫の額のような土地だで、畠《はたけ》でも食えん。船乗りの子は船乗りになるより、仕方のない世の中だでな」
音吉は吉治郎の足をさすりさすりなだめた。
「船乗りの子は船乗りになるより、仕方があらせんと? 大工にでも左官屋にでも、なる道はあった筈《はず》や。音、偉そうなことを吐《ぬ》かすな」
言ったかと思うと、吉治郎は自分の足をさすってくれる音吉の手をいきなり蹴上《けあ》げた。音吉はさすがにむっとした。が、すぐに心を静めた。
(兄さにはまだまだ力がある)
音吉はそう思って安心した。吉治郎の足に意外に力があったからだ。音吉は何としても吉治郎に、元の体になってほしかった。
と、岡廻《おかまわ》りがかすかに目をあけて、
「お咲、お咲、小便や」
思わず音吉は岡廻りの顔を見た。が、立ち上がって、小便|桶《おけ》を取りに胴の間に出た。くろぐろとした水平線を、今、月が離れようとしていた。
無気味なまでに大きな赤い月であった。
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