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海嶺62

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:初 春     二 急いで食事を終えた音吉は、三役部屋に寝ている吉治郎のもとに膳《ぜん》を運んだ。口の中にはまだ、小魚の
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初 春
     二
 急いで食事を終えた音吉は、三役部屋に寝ている吉治郎のもとに膳《ぜん》を運んだ。口の中にはまだ、小魚の干物が入っている。
「遅くなって悪かったな、兄さ」
音吉が枕もとに膳を置くと、吉治郎はひげだらけの顔を音吉に向けた。岡廻《おかまわ》りが死んでから、吉治郎は三役部屋に一人寝ている。夜には音吉がその横に寝る。床に茣蓙《ござ》を敷き、その上に薄い布団を敷いただけだ。
吉治郎は起き上がろうともせず、黙って音吉を頭から足先まで、見上げ見おろしていたが、
「ええ着物やな」
と、抑揚《よくよう》のない声で言った。
「うん。ええ着物やろ」
音吉はさっぱりした棒縞《ぼうじま》の着物を着ていた。船主の源六が、一年|程《ほど》前にくれたものだ。その反物《たんもの》を母の美乃は押しいただいて、
「ありがたいことやな。ほんとにありがたいことだで」
と、早速正月に間に合うようにと縫ってくれたものだ。音吉が源六の使いで、わが家に行った時、美乃は薄暗い行灯《あんどん》の傍《そば》でこの着物を縫っていた。その時の母の霜やけの手が目に浮かぶ。
「母《かか》さまの縫ってくれた着物やもな」
まだ躾《しつけ》糸の取れていない袖口《そでぐち》のあたりをみながら、音吉は一年前のことを思い出した。
「音、お前、自分だけいいもの着ているんやな」
吉治郎の目が光った。
「自分だけ?」
音吉はどぎまぎしながら、
「兄さだって、行李《こうり》の中に着更《きが》えを持っているやろが。けど、病人やから……」
言いかける音吉に、
「音、病人には正月も何もないというのか。着更えの必要もないというのか」
と、絡んだ。
「そんなわけであらせん。只《ただ》、着更えるの、おっくうでないかと思うたから」
「着更えぐらい、何がおっくうなものか」
「じゃあ、今、兄さの行李から着更えを出してやるでな」
「もういいわい。どうせ俺は病人やからな。……最後の正月かも知れんのに、着更えもせんと、不親切なもんや。兄弟のくせに……」
「兄さ、そんなつもりはあらせん」
「そんなつもりか、こんなつもりか、俺にはわからんがな」
吉治郎は干割《ひわ》れた唇《くちびる》をなめながら言った。
「兄さ、俺が気がつかんで悪かった。正月早々怒らせて悪かった」
あくまでも音吉は下手《したて》に出た。
吉治郎は、水を盗み飲みしようとして以来、ひどくひがみっぽくなっていた。あの夜、音吉が船底に頭をこすりつけて、船頭の重右衛門に、
「わしは明日の飲み分も、あさっての飲み分も要りません。どうか兄さに、たった今ひと口でも飲ませてやって……」
と、泣いて頼んだことなど、吉治郎は忘れたかのようであった。利七に見つけられ、みんなに小突《こづ》かれ、殴られた屈辱だけが胸にあるのだ。あの翌日、音吉は約束どおり、水を飲もうとはしなかった。
「阿呆《あほう》! 人間水が絶えたら、死ぬんや。音! 飯は食わんでも、水だけは飲まねばならん!」
勝五郎はそう言って、音吉に水を飲ませようとしたが、
「わしの分は、兄さが昨夜飲んだでな、とてもすまのうて、飲まれせん」
音吉は、飲みたいのをこらえて言った。それを重右衛門が聞いて、
「さすがは正直武右衛門の倅《せがれ》や」
と、ほめ、
「同じ武右衛門の子でも、吉治郎は正反対や」
と言った。
その翌日も、音吉は約束を楯《たて》に水を飲むのを拒んだが、勝五郎が言った。
「お前が飲まんのなら、わしも飲まん」
この一言に、音吉は勝五郎の差し出した水を飲んだ。
吉治郎のために、一日水を飲まなかった苦しさは、たとえようもなかった。
(兄さも、あの夜は、こんな思いだったのやな)
音吉は、余りののどの乾きに、目がくらむほどであった。もしできることなら、自分もまた、鍵《かぎ》を盗んででも、水を飲みたいと思った。そして、水を盗もうとした吉治郎の辛《つら》さを共に味わったのだ。
だが吉治郎は、そのことでかえって音吉を憎んでいた。他の水主《かこ》たちが、
「音とお前は出来がちがうな。月とすっぽんや。音はお前のために、一日水をこらえたんだぜ」
と、遠慮|会釈《えしやく》なく言い立てたからだ。
今、音吉は、吉治郎をなだめなだめ、布団の上に起き上がらせた。そして、吉治郎の行李《こうり》の底から着更《きが》えを出し、着せようとした。ぐずぐず言いながら、吉治郎はしばらく拒んでいたが、それでもようやく着物を着、改めて膳《ぜん》の上をつくづくと見た。
「何や、これが正月の膳か」
「…………」
「膾《なます》もうま煮もないんか。何ぞ陸《おか》の物はないんか」
「それは無理や。兄さ、これでも炊頭《かしきがしら》が一心に工夫して、調《ととの》えてくれたんやで」
「ふーん」
吉治郎は疑わしそうに音吉を見、
「病人の俺だけが、こんな膳《ぜん》とちがうか。みんなはもっとうまい物を食うたんとちがうか。さっき、うれしそうな久吉の声が聞こえていたでないか」
「久吉はな、兄さ。みんなの気い引き立てようとして、うれしそうにふるまったんや。兄さも、わしらも同じ食い物やで」
音吉は情けなさそうに、吉治郎の長くなったひげを見た。何度か剃《そ》ってやろうとしたが、吉治郎は顔に触れさせなかった。
「ほんとか、どうか知らんが……」
吉治郎は飯米で作った団子《だんご》をひと口食いちぎり、涙をこぼした。
「兄さ、何で泣く?」
「何で泣く? 音、お前はそんなこともわからんのか。思いやりのない奴《やつ》やなあ。今日は俺の最後の正月だで。次に死ぬのは、俺の番やで」
吉治郎は肩をふるわせた。
「兄さ、兄さは死なん。死なんでくれ」
音吉も、涙をこぼした。いかにひがみっぽくなっても、吉治郎は音吉の兄であった。この宝順丸で、只《ただ》一人の肉親であった。幼い時は、八幡社の境内で一緒に蝉取《せみと》りもした。床下の高い良参寺の縁の下にもぐりこみ、共に池の鯉《こい》を釣《つ》って、和尚《おしよう》にみつかり、怒鳴られたこともあった。鐘撞《かねつき》堂に二人で上がって、時ならぬ時に鐘を鳴らし、いち早く逃げた思い出もある。竹馬を造るのがうまくて、幼かった自分に竹馬を造ってくれたのも、吉治郎だった。
次から次と、思い出がかけめぐって、音吉も声をしのばせて泣いた。と、吉治郎が言った。
「音……俺が死んだら、お前ら喜ぶやろな」
「え!? 兄さ何を言う」
驚いて顔を上げた音吉に、
「だってそうやろ。役に立たん奴《やつ》でも、生きていれば、大事な水を飲ませにゃならん。わしが死ねば、一日に一|合《ごう》の水が浮く。岡廻《おかまわ》りと二人で二合やな。二合の水が……」
音吉は、言葉もなく吉治郎の顔を見守った。
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