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海嶺63

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:初 春     三 水主《かこ》部屋から、岩松が出て行くのを久吉は見た。雑煮《ぞうに》の膳《ぜん》が片づけられたあと、水
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初 春
     三
 水主《かこ》部屋から、岩松が出て行くのを久吉は見た。雑煮《ぞうに》の膳《ぜん》が片づけられたあと、水主たちが次第に口重になり、自分の股《また》ぐらに頭を突っこむように首を垂れたり、所在なげに横になったりしはじめた頃《ころ》だ。
「あーあ」
やりきれなさそうに声を上げる者もいる。が、岩松を恐れて、下手に愚痴《ぐち》も言えない。そんな水主たちを見て、岩松は部屋を出て行ったのだ。
岩松が部屋を出るや否や、果たして声を上げた者がいる。
「とんでもねえ正月だ」
常治郎だった。久吉はその声を背に、胴の間に出た。
岩松はいつものように、伝馬船《てんません》に坐《すわ》っていた。久吉はニコッと笑った。先程《さきほど》岩松は言ってくれたのだ。
「久公、お前はなかなかの根性《こんじよう》やな。大人より偉いで」
久吉は滅多に人にほめられたことがない、いつも「おもしろい奴《やつ》や」「陽気な奴や」と、半分からかうような語調で言われるだけだ。それが今日は、大勢の前で、根性があると言われたのだ。大人より偉いと言われたのだ。しかも元旦《がんたん》早々だ。久吉はこの浮き浮きした気持ちに水をかけられたくなかった。そして、もっと岩松の傍《そば》にいたいような気がした。
が、胴の間に出た久吉は、伝馬船に坐った岩松の、いつものきびしいうしろ姿を見た。岩松の周囲に、冷たい空気が張りついているような、そんなうしろ姿だ。
(いつもああだでな)
久吉は少しがっかりして胸の中で呟《つぶや》いた。
(だけど、あれでいいんやな)
そうも思った。近づき難いほうが、岩松らしくていいような気がした。久吉は船縁に寄って海を見た。もう飽きるほど海ばかりみて過ごしてきた。正月とは思えぬ暖かい日ざしだ。北西の風に吹かれて、船はやや南東に向かって漂っているらしい。日の光に、海のひと所が白くてらてらと光っている。その他は、濃紺の、波のうねりの大きい海だ。波のうねりを見ていると、久吉は淋《さび》しくなる。
(伊勢湾とはちがうなあ)
久吉は、父の又平に従って、伊勢湾で漁をしていた。伊勢湾の海はいつもおだやかだった。そのおだやかな伊勢湾に、鰯《いわし》が岸近くまで押し寄せてきたものだ。時おり鰯が宙に躍《おど》った。
(蛸《たこ》も釣《つ》ったなあ)
浮きの樽《たる》が、ぽこんぽこんと浮かんでいた小野浦の海がたまらなく恋しい。海から見る小野浦は、低い小山に抱かれた平和な村だ。
「久吉!」
網を手ぐりながら怒鳴る父の声が、耳にひびくようだ。
(帰りたいなあ)
久吉は胸が熱くなった。と、その時、音吉が傍《そば》に寄って来た。
「久吉、何をしとる?」
「何もしとらん」
視線を海に向けたまま、久吉は手の甲で目尻を拭《ぬぐ》った。
「帰りたいなあ」
音吉も言った。
「いつか帰れるわ」
久吉は笑ってみせ、岩松のほうを指さし、
「舵取《かじと》りさん、何を考えてるのやろ」
と、ささやいた。
「やっぱり、故里《くに》のことやろな」
「そうやろな。みんな同じやろな」
久吉は再び海を見た。先程《さきほど》までの陽気な久吉ではなかった。何だか泣きたくなるのだ。
(変やなあ)
久吉は思った。
「舵取りさんのそばに行こうか」
久吉は音吉をかえりみた。
「うん。だけどな……」
舵取りは一人でいたいのではないかと、音吉は思った。岩松はいつも、
「誰も傍《そば》に寄るな!」
と、言っているように見えてならない。
「行こう行こう」
久吉が先に立って歩き出した。ためらったが、音吉も従《つ》いて行った。
「舵取りさん」
久吉が、岩松を見上げた。岩松は向こうをむいたままだ。
「舵取りさん」
かまわずに久吉が呼んだ。
「何や?」
ようやく岩松がふりかえった。
「傍に行ったら、いかんか」
岩松はいいとも悪いとも言わなかった。
「いいとよ」
「だって久吉、返事をせんかったで」
音吉は久吉を突ついた。
「悪かったら悪いと言うわ。黙ってるのは、いいということや」
久吉は三の間に上がって行った。
(久吉って、楽な性分《しようぶん》やなあ)
ふり返って手招きする久吉にうなずいて、音吉も上がって行った。
岩松は黙って前方を見たままだ。初めて会った時以来、岩松はほとんど同じ表情だ。黙っている岩松を、久吉はちらちらと見ていたが、
「舵取《かじと》りさん、この船はどこに行くんや」
「わからん」
相変わらずそっけない声だ。
「どうして帆をおろしてるんや」
「西風が吹いているでな」
「西風だって、いいやないか。帆を上げんかったら、漂っているだけやないか。帆を上げたら、船はどこかに向かって、もっと走るんやないか」
「そうや」
「なら、走ったらええやないか。こんな、漂っているだけでは、いつまで経っても海の真ん中や。らちあかんわ」
「そうや。お前の言うとおりや。だけどな、西風に追われては故里《くに》が遠くなる。今日からは春やでな。ぼつぼつ東風《こち》が吹く筈《はず》なんや。吹けば日本に帰れる。それで帆を上げんのや」
それは、終始変わらぬ船頭重右衛門の意見だった。岩松も最初はそう思っていた。東風さえ吹けば、たとえ仮帆でも、国へ帰れると思っていた。が、海流は明らかに東へ東へと流れていた。そしてまた、東風は数えるほどしか吹かなかった。ほとんど北西の風であり、西風であった。たとえ羽板を補強したところで、この西風に逆らって船を西に向けるのは、無理なことだと岩松にもわかって来た。風が潮流の方向を定めるのかと思うほど、風は潮と同じ方向に吹いていた。岩松も、いっそのこと、風と潮流に乗って、少しでも東に進むべきだと思っていた。だが重右衛門も仁右衛門も、
「この海の果てに、陸があるものやら、島があるものやら、わからんではないか。万一あったところで、見も知らぬ異国では、全員殺されてしまうかも知れん。先《ま》ず日本に帰ることを考えねばならぬ」
と言って、譲らなかった。そして春を待っていた。新しい年を待っていた。だが、漂うことに、さすがに岩松も倦《う》んでいた。一《いち》か八《ばち》か、西風に帆を上げて、精一杯走ってみたい思いがしきりにしていた。
「帰りたいやろな、お前たちも」
不意に岩松の声がやさしくなった。
「うん」
音吉も久吉も同時に答えた。
「久吉にはきょうだいがいるのか」
「うん。妹がいる」
久吉は品の顔を思い浮かべた。品は父親似の細い目だ。
「仲がよかったか」
久吉はちょっと首を傾げたが、
「まあ、ふつうやな」
と笑った。が、そう言った途端、たまらなく品が愛らしくなった。
「音にも妹がいるってな」
「はい」
「二人共、残った妹が親孝行をしてくれるかも知れんな。しかし、女だでな、何としても帰って、親を安心させにゃいかんな」
「はい」
と、音吉は答え、久吉は「うん」とうなずいた。
「お前たち、字を知っとるか」
岩松が不意に別のことを言った。
「仮名ぐらいなら……な、音吉」
「そうか、漢字は知らんのか」
「いや、十ぐらいは知っとるかな。な、音吉」
「そうか。じゃあ、俺が字を教えてやるか。と言うほど、俺も知らんが」
「字を!?」
音吉は目を輝かした。
「人間、することがなけりゃいかんでな。一日にひとつでも二つでも、字を覚えりゃ、何かの励みになるだろう」
岩松はまだひげも生えぬ幼い二人の顔を交互に見た。
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