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海嶺65

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:初 春     五 通夜《つや》の夜が更《ふ》けていく。「音、淋《さび》しうなったな。力落とすなよ」仁右衛門は、運ばれて
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初 春
     五
 通夜《つや》の夜が更《ふ》けていく。
「音、淋《さび》しうなったな。力落とすなよ」
仁右衛門は、運ばれてきた煎餅《せんべい》をつまみながら、音吉をかえりみた。煎餅と言っても、米の飯をすりつぶし、黒砂糖を少し入れて、炭火でこんがり焼いたものだ。正月からは、炊《かしき》の仕事をみんなで代わる代わるすることに決めていた。いつ誰が倒れても、飯の用意だけは欠かせない。誰もが炊の仕事を心得ていなければならない。と言うのが、重右衛門の言い分だった。が、ほかに理由もあった。炊の者は、他の者より水を多く飲むのではないか、と言い出す者が出たからであった。そしてまた、ひそかに隠している食糧があるのではないかと、勘ぐる者が出てきたからだ。炊頭《かしきがしら》は変わらなかったが、こうして、久吉や音吉の仕事は、他の者もすることになった。そんな中で、この煎餅を考え出したのが、水主頭《かこがしら》の仁右衛門だった。仁右衛門は、妻が時折《ときおり》つくってくれた煎餅を思い出し、つくってみたのだが、これがみんなに喜ばれた。煎餅は今日で三度目であった。酒は正月三日を限りに尽きてしまっていた。
「酒のない通夜か」
辰蔵が呟《つぶや》いた。
「岡廻《おかまわ》りの時は、それでもまだ、茶碗《ちやわん》に半分ぐらいは酒が出たな。な、炊頭」
千之助が言う。
「酒がなくても、生きているだけで、ありがてえ」
勝五郎がそっ気なく答えた。みんな輪になって、煎餅を食ったり、特別に出された水を飲んだりしている。ひと頃《ころ》とちがって、一日三|合《ごう》の水をこの頃は与えられていた。
「しかし、親方さまぁ。人間は死んで、一体どこへ行くんですかねえ」
先程《さきほど》からぼんやりと天井を見上げていた利七が、思いつめたような声で言った。
「うむ、良参寺の和尚《おしよう》さまは、極楽か地獄だと言われたがのう……」
「地獄か、極楽か? そのほかに行く所はないんですかい?」
「なんだい、妙なことを言うじゃねえか、利七」
千之助が煎餅《せんべい》をひと口、口に入れたまま言った。
「だってなあ、俺は極楽には行けそうもねえだでな。と言うて、地獄には行きたくねえ。だからよ、地獄でも極楽でもねえ所が、ねえかと思ってよ」
「利七、お前は、地獄に行くに決まってるぞ。喧嘩《けんか》っ早いしな。それに小意地《こいじ》が悪い」
「そうだ、そうだ。第一な、利七。吉治郎が炊頭《かしきがしら》の鍵《かぎ》を盗んだ時、お前、うす目をあけて見てたんだろう」
「ああ見てたでえ」
利七は仏頂面《ぶつちようづら》になった。
「そいつが俺は気に食わねえんだ。盗もうとした時にだぞ。お前なんで声をかけんかった。声さえかけりゃあ、吉治郎は罪をつくらんでもすんだじゃねえか」
「そうともそうとも。利七のやり方は汚えや。しかも、水槽《はず》の錠《じよう》をあけて、今水を飲もうとした途端に、おさえやがった。かわいそうに、飲ませてやりゃよかったのによう。情けねえ奴《やつ》だ」
みんなが口々に利七を責めはじめた。
「利七! 吉の野郎、かわいそうに、お前を恨んで死んだぞう。吉はきっとお前に祟《たた》るから見ていろ、この次はお前の番かも知れねえな」
政吉がおどした。利七は顔色をさっと変え、
「やい政吉! 縁起でもねえことを言うぜい。確かに俺は、吉治郎の水盗《みずぬす》っ人《と》をつかまえたぜ。だがな、一番手荒に小突《こづ》きまわしたは誰だい? 政吉、お前だでえ」
「冗、冗談じゃねえ。三四郎だって、千之助だって」
「何い! 俺だとう! 俺は見てただけだぜ」
千之助がいきり立ち、三四郎も怒鳴った。音吉は、そのいがみ合う様子をはらはらと見ていた。仁右衛門が両手を大きく上げ、
「静まらんか!」
と、大声で叱咤《しつた》し、重右衛門が吉治郎の前に置かれた香炉《こうろ》に焼香《しようこう》した。岩松は懐手《ふところで》をしたまま片膝《かたひざ》を立て、黙って一人一人の顔を見まわした。
「とにかく吉治郎は、必ず化けて出るぞう、化けてな」
辰蔵が誰へともなく言った。いつもながらどすの利《き》いた声だ。辰蔵と、壺《つぼ》ふりのうまい千之助とは日頃《ひごろ》仲がよい。
「そうだ。辰蔵の言うとおりだでな。みんな船倉へ行く時は気をつけろよ。吉治郎が水の番をしてるかも知れせんでな」
と、千之助が笑った。みんなあれを言い、これを言って、仁右衛門の制止も耳に入らない。誰もが、吉治郎の死に、うしろめたい思いを持っているからだ。
「とにかく、利七が悪いんだ。なあ、みんな」
「そうだそうだ。岡っ引きじゃあるめえし……。利七って、もっといい男だと思ってたがな」
再び利七に非難が集中した。と、突如《とつじよ》利七の体がぶるぶると震え、目が据《す》わった。
「お前らあ! 俺をいじめる気かあ!」
利七が立ち上がりざま叫んだ。水主《かこ》たちが一斉《いつせい》に腰を浮かした。その途端、重右衛門が怒鳴った。
「この場を何と心得ておる! 吉治郎の通夜《つや》の席だぞ! 冥福《めいふく》を祈る席で喧嘩口論《けんかこうろん》とは、呆《あき》れた奴《やつ》らだ!」
重右衛門の怒声は珍しかった。はっと水主たちは浮かした腰をおろした。が、利七は、いきなり政吉に殴りかかった。
「この野郎っ! 殺してやるーっ!」
利七の手が政吉の首にかかった。一瞬のことだった。と、岩松がふらりと立ち上がり、利七の襟首《えりくび》をぐいと引き戻《もど》した。
「離せえっ! 誰だあっ!」
利七が喚《わめ》いた。
「俺だ。利七も、お前らも、餓鬼《がき》のような真似はよせ。どうせ、死ぬ日は近いんだ。せめて死ぬ日まで、人間らしくやって行けねえかい」
誰も岩松には頭が上がらない。ふだん重右衛門は温厚過ぎた。水主頭《かこがしら》の仁右衛門は、判断にむらがあった。だが岩松には、誰にもない頼もしさがあった。真っ青になった利七を元の席に坐《すわ》らせてから、岩松は言った。
「お前らなあ。利七が悪いなんて、そんなことを言える奴《やつ》は誰《だれ》もいねえ筈《はず》だ。みんなで吉を小突《こづ》きまわしたでな」
「…………」
「いや、一人だけ利七を責める資格のある男がいるで。炊頭《かしきがしら》だ」
水主《かこ》たちは訝《いぶか》しそうに勝五郎を見た。
「いくら大いびきを立てて寝ていたとは言え、自分の首から鍵《かぎ》を取られるのを、炊頭が知らんかった訳はねえ。それを知らん顔をしていてやったんだ。炊頭は吉治郎に水を飲ませてやりたかったんだ。その炊頭の気持ちのわからねえ利七も馬鹿だが、お前らも馬鹿だぜ。吉治郎に化けて出られたって、しようのねえ奴《やつ》らばかりだ」
岩松の声にみんなが静まった時、
(兄さ、兄さは化けてなど出やせんわなあ。俺を守ってやると言うたくらいだでな)
音吉は心の中で吉治郎に呼びかけた。
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