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海嶺66

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:神々の名     一 深い疲れを覚えて、重右衛門は今朝《けさ》床の中から起き上がるのがおっくうであった。(何でこんなに疲
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神々の名
     一
 深い疲れを覚えて、重右衛門は今朝《けさ》床の中から起き上がるのがおっくうであった。
(何でこんなに疲れたものか)
頭がぼんやりとしている。重右衛門は昨日の一日を思い浮かべてみた。別段疲れるほどの働きはしなかった。が、手の指がこわばっている。その指を一本一本もみほぐしながら、重右衛門はゆっくりと床の上に起き上がった。起きると同時に、毎朝|水垢離《みずごり》を取る。これは重右衛門に限ったわけではない。水主《かこ》たちは皆、誰もが水垢離を取って神仏に祈願する。一日中横になっている者でも、これだけは欠かさない。もはや神仏に頼るより仕方がないからだ。
重右衛門は、いつものように舳《みよし》に出て、結びつけてある桶《おけ》を海の中に落とした。三月の雛《ひな》の節句も過ぎ、もやもやと暖かい朝だ。珍しく東の空がくもっている。重右衛門は裸になった。そして、水桶《はず》をいつものようにたぐり上げようとした。が、今朝は息切れがする。
「何や、こんなことぐらいで」
口に出して重右衛門は呟《つぶや》いた。水桶がひどく重いのだ。ようやくたぐり上げた水桶を前に、しばらく息をととのえてから、重右衛門は水垢離《みずごり》を取った。
手拭《てぬぐ》いで体を拭きはじめた重右衛門は、はっと目を凝らした。左の二の腕に、うす黒い斑点を見たからだ。重右衛門は指に唾《つば》をつけて、そのうす黒い斑点をこすった。が、斑点は消えなかった。汚れではなかった。
(来たか! とうとう……)
重右衛門はその場にへたへたと坐《すわ》りこんだ。
二月の末以来、黒い斑点が水主たちの誰彼《だれかれ》の肌《はだ》に現れていた。吉治郎が死んでひと月過ぎると、先ず千之助の手首に斑点が出た。次に三四郎、そして思いがけなく、それまで元気だった勝五郎に斑点が出た。常治郎も利七も、二、三日前から顔色が灰色に変わっている。
(とうとう……わしも)
重右衛門は、船縁についた干からびた塩を見た。幾度か海水をかぶった船は、至る所に塩を噴いていた。それを指でこそげ落とす時、ひどく淋《さび》しい気持ちになる。その塩を、重右衛門はぼんやりと見、そして再びうす黒い斑点に目をやった。深い絶望が、じわじわと体の隅《すみ》まで沁《し》みこんでいくようであった。
重右衛門はふらふらと立ち上がると、よろめく足を踏みしめながら、船頭部屋に向かった。船が傾いて、水平線が斜めに高く上がった。
(わしが死んだら、この船はどうなる……)
黒い斑点は死のしるしだった。千之助も、最初はうすい斑点が一つ出来ただけであった。が、今は体のあちこちに無気味な黒い斑点をみせている。斑点のできた順に、体の痩《や》せが目立ち、顔色の悪さが目立っていく。
「父《と》っさま」
船頭部屋に坐《すわ》りこむなり重右衛門は、少年のような気持ちで、父の源六を呼んだ。
「父っさま」
父はまだ老いたとはいえ、かくしゃくとしている。その倅《せがれ》の自分が、この大海原《おおうなばら》の中で、幾何《いくばく》もない命を保っているのだ。
「お琴」
妻の名より、先に娘の名が口から出た。
(わしも死ぬのか)
四十を過ぎたばかりで、死んでいく自分がひどく哀れに思われた。この齢まで、幾度嵐に遭《あ》っても、無事にわが家に帰り着いたものだ。が、今は海の只中《ただなか》に死のうとしている。自分がこの世から消えさることが、ひどく恐ろしかった。それは想像を超えた恐怖だった。
(この手が冷たくなってしまう。そして腐っていくにちがいない)
一の間に安置している六右衛門と吉治郎の遺体を想像した。幾日か屍臭《ししゆう》を放っていた二つの死体は、眼窩《がんか》が落ち、肉が腐れ、次第に干からびていく。
(ああ……)
重右衛門ののどぼとけが大きく動いた。重右衛門は下唇《したくちびる》を噛《か》み、まなじりを拭《ぬぐ》った。
(死ぬのか、わしも……)
底知れぬ穴に落ちこむような恐怖が、全身をつらぬいた。
が、やや経《た》って重右衛門は、
「わしが先に死んではおられぬ」
と、眉《まゆ》を上げた。すべての水主《かこ》たちの最期《さいご》を見届けぬうちに死ぬことは、無責任に思われた。
(まだ、うすい斑点だで、あるいは消えるかも知れぬ)
かすかな希望が、重右衛門の胸のうちに甦《よみがえ》った。
「そうじゃ。気を取り直さねばならぬ」
痩《や》せても枯れても、この宝順丸の船頭だと、重右衛門は自分自身を叱咤《しつた》した。すると不思議に心の動揺がおさまった。
心に平静が戻《もど》ると、俄《にわか》に死が恐ろしくなくなった。覚悟が定まったのだ。
重右衛門はしばらく目をつむって、自分のなすべきことを考えてみた。その第一は、水主たちを如何《いか》に励ますかであった。絶望的な生活の中で、死におびえる水主たちを、如何に力づけるかであった。そして次には、船長《ふなおさ》日記を、より克明に書き記すことであった。船長日記は、いつか読むかも知れぬ遺族のためにも必要なのだ。
(そうじゃ。遺言状も早めに認めたほうがよい)
そう思うと、重右衛門は一層心が落ちついた。
遺言状さえ書いておけば、いついかなる時でも従容として死ねるような気がした。やがて重右衛門は静かに立ち上がって、水主部屋に入って行った。
水主たちは重右衛門を見ると、口々に朝の挨拶《あいさつ》をした。毎朝の、見馴《みな》れた光景だ。が、今、重右衛門は胸の熱くなるのを覚えた。
(まだ十二人生きている!)
一人一人がいとおしく思われた。重右衛門はいつもの座につき、神棚《かみだな》に向かって手を合わせた。水主たちも手を合わせた。が、口から出る言葉は様々であった。
「南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》」
「伊勢大神宮様」
「金比羅大権現《こんぴらだいごんげん》様」
「船玉《ふなだま》様」
「南無妙法蓮華経《なむみようほうれんげきよう》」
等々、低くとなえるその声が、一つになって異様な呻《うめ》きのように聞こえた。それらの声もやがて途絶え、深いため息が水主《かこ》たちの口から洩《も》れた。その中に|炊頭|《かしきがしら》勝五郎の疲れ切った顔が、ゆらゆらとゆらいでいるのを重右衛門は見た。
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