五月十一日
西風弱し。曇天《どんてん》なり。
昨夜、政吉|敢《あ》えなくなりたり。折角《せつかく》のうまき鰹《かつお》も、政吉の病いを癒《い》やすこと能《あた》わざりき。政吉にて六人目なり。あとに残る者、仁右衛門、岩松、辰蔵、利七、常治郎、久吉、音吉の八人なり。次に一人死なば半数となるなり。いと心|淋《さび》しきことなり。通夜《つや》終わりて仁右衛門言う。政吉を納むる空樽《からだる》なしと。吾《われ》答う。岡廻《おかまわ》りを海に送らむかと。利七言う。それは酷なり。されど樽なければ、吾言う。海に入らばあるいは故国を指して泳ぎつくやも知れず。利七あくまで反対す。仁右衛門言う。かかる大事は伊勢大神宮に問い給えと。久方ぶりに、み告《つ》げを占う。紙二つに、〇印と×印を記し、×印|出《い》ずればこのまま船に置くべしと定む。み告げは〇と出でたり。岩松、久吉、音吉の三人にて、岡廻りを海に送りぬ。その髪のみ剃《そ》ぎて、仏壇に祀《まつ》れどもいたく淋し。岡廻り二度死にたる心地《ここち》にて、涙こぼれてならず。その樽を清めて、政吉を入れたり。これまた哀れなり。
西風弱し。曇天《どんてん》なり。
昨夜、政吉|敢《あ》えなくなりたり。折角《せつかく》のうまき鰹《かつお》も、政吉の病いを癒《い》やすこと能《あた》わざりき。政吉にて六人目なり。あとに残る者、仁右衛門、岩松、辰蔵、利七、常治郎、久吉、音吉の八人なり。次に一人死なば半数となるなり。いと心|淋《さび》しきことなり。通夜《つや》終わりて仁右衛門言う。政吉を納むる空樽《からだる》なしと。吾《われ》答う。岡廻《おかまわ》りを海に送らむかと。利七言う。それは酷なり。されど樽なければ、吾言う。海に入らばあるいは故国を指して泳ぎつくやも知れず。利七あくまで反対す。仁右衛門言う。かかる大事は伊勢大神宮に問い給えと。久方ぶりに、み告《つ》げを占う。紙二つに、〇印と×印を記し、×印|出《い》ずればこのまま船に置くべしと定む。み告げは〇と出でたり。岩松、久吉、音吉の三人にて、岡廻りを海に送りぬ。その髪のみ剃《そ》ぎて、仏壇に祀《まつ》れどもいたく淋し。岡廻り二度死にたる心地《ここち》にて、涙こぼれてならず。その樽を清めて、政吉を入れたり。これまた哀れなり。