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海嶺148

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:三「師走《しわす》だってえのに、夏のようだな」岩松の言葉に久吉がうなずき、「ほんとやな。冬は寒いもんと決めてかかっていた
(单词翻译:双击或拖选)
「師走《しわす》だってえのに、夏のようだな」
岩松の言葉に久吉がうなずき、
「ほんとやな。冬は寒いもんと決めてかかっていたのになあ。あったかい所もあるんやなあ」
「南はあったかいと聞いていたがな。わしも今が師走だとは信じられんわ」
「ま、師走とは言うても、日本ではまだ秋や。こっちの暦とはちがうがな」
岩松は日本を思うまなざしになった。今、上甲板《じようかんぱん》の上に、水兵たちが水割りのラム酒を飲みながら、日曜日の午後を楽しんでいた。昼に酒が出るのは日曜日だけだ。甲板の中央では、七、八人の男がダンスをしていた。腰をおとし、すり足になってリズミカルに踊る。見物の男たちが、岩松たちの知らぬ歌をうたっている。赤と白の縞《しま》のシャツを着ている者、半裸の者、様々だ。午前の礼拝の時にはいていたバックルつきの皮靴《かわぐつ》は、今は誰も脱いでいる。バイオリンを弾いている男もいる。それに聞き入りながら、話し合っている一団もある。岩松たち三人のすぐ傍《そば》にも、背中に傷のある半裸の男を中心にした、一団がある。日曜日はいつもこうして憩《いこ》いの時を持つのだ。
「まだ秋か。けどそろそろ椿の咲く頃《ころ》やな」
「そうやな。何や小野浦が目に見えるようやな、舵取《かじと》りさん」
「椿が咲けばすぐに正月や」
「正月なあ」
「正月と言えば、餠《もち》を思い出すなあ。ああ早く餠が食いたい」
音吉が言うと、久吉が言った。
「餠もええが、わしは餠より、魚が食いたいわ。この船に乗ってから、魚を食うたことないでな。うようよ泳いでいる魚を見ても、誰も釣《つ》ると言わんもな」
「それはなあ、久。三百人以上も人間がいるんやで、この船には。こんな大勢の人間に、僅《わず》かなコックでは手に負えせん。それに魚は生臭《なまぐさ》いでな。後始末が大変や。誰かそんなこと言っておったわ」
イーグル号には一人の料理長と、それを助ける何人かがいるだけだ。
「この船の食いもんと言うたら、毎日毎日固いブレッドと肉や。江戸へ行く千石船《せんごくぶね》のほうが、食いもんはましやったな」
千石船では味噌汁《みそしる》も出た。魚も出た。野菜もあった。献立に変化もあった。乗組員が僅か十四人だったから出来たことだ。が、イーグル号では乾パンを一日に一人一ポンド。塩漬けの牛肉を火曜、土曜に二ポンド。豚の塩漬けを日曜と木曜に一ポンドずつ与えられるだけだ。塩漬けと言っても、舌の曲がる程《ほど》塩辛く漬けた肉を湯に戻《もど》したものだ。三人には、牛も豚も、一様に同じ塩漬けに思われた。そして日、水、金には、豆類を皿の上に少々、オートミルと砂糖が月、水、金に少々、バターはほんのひとなめする程度と言うのが船上でのおおよその食事だった。
だから三人には、肉より魚が食いたかったし、乾パンより米が食いたかった。炊《た》きたての米の飯があるだけでも千石船《せんごくぶね》の食事の方が、はるかに三人には贅沢《ぜいたく》に思われた。
「陸《おか》はやっぱり、船よりええな。フォート・バンクーバーでは、牛の乳も飲めたし、ポテトの塩うでも、焼き立てのパンも食えたでな」
「しかしこの船に乗った時は驚いたなあ。茶碗《ちやわん》も皿も自前《じまえ》やからなあ」
「そやそや。千石船には、ちゃーんと盆も箸《はし》も皿も椀《わん》も備えつけてあったわな」
「ほんとや。グリーンさんの家では、スプーンやフォークやナイフを使って食事をしたが、水兵たちの中でフォークやスプーンを持っている者は何人もあらせんで」
確かに水兵たちのほとんどは、スプーンもフォークも持っていなかった。みんな手づかみだった。ナイフやフォークを持っているのは下士官《かしかん》以上で、水兵たちの多くは、与えられた一塊《いつかい》の肉を口に銜《くわ》え、ジャックナイフで切りながら食うのだ。固い乾パンは、もそもそとして食いにくかったが、スープは全く当たらない。コックが柄杓《ひしやく》に一杯幾らと言って売りに来る。これはスープと言っても、塩漬けの豚肉をお湯で塩抜きした時の、脂の浮いたお湯の上澄みだ。水兵たちは固い乾パンをそれに浸して食べるのだ。これがコックの小遣《こづか》いとなっていた。
水兵たちの食器が私物であるように、むろん衣服も私物だった。赤と白の縞《しま》の袖《そで》なしシャツに、古い帆布《はんぷ》で作ったチョッキを着、ズボンもズック製のものだった。だがこう暑いと半裸になる者が多い。
不意に、傍《かたわ》らで怒声がした。音吉と久吉は驚いて、怒鳴った男を見た。だが岩松はラム酒をゆっくり飲みながら、遠くに目をやっていた。
「どいつもこいつも意気地《いくじ》なし奴《め》が!」
怒鳴ったのは、背中に傷のある男だった。両腕には髑髏《ドクロ》の入れ墨のある男だ。音吉たちがひそかに「ドクロ」と呼んでいた男だ。目が鋭く、いつも口をへの字に曲げている。だがなぜか、人気のある男だった。この男は、飲むとよく大声を上げるのだ。いや、飲まない時でも、鋭い語調で何か叫んでいることがある。
「ええ? そうじゃねえか」
その男サムは、まわりにいる水兵たちの顔を睨《ね》めまわした。みんなは手を叩《たた》く。この男が何か言うと、みんなは必ず手を叩くのだ。
「ふん、艦長《キヤプテン》が何だ。士官が何だ。俺たちも同じ人間さまだぜ。目が二つ、耳が二つ、口がひとつだ。一体どこにちがいがあると言うんだ」
甲板の中央では、ダンスをする男が増えた。メイン・マストを境に、船尾のほうは士官たちの甲板《かんぱん》であり、平水夫たちはメイン・マストより前の甲板にいる。だから水夫のことをビフォー・ザ・マストと呼ぶ。船首に近いこのあたりで、少しくらい大声で怒鳴っても、後尾甲板まで声は届かない。
「胃袋にしても、おんなじだあ。彼奴《きやつ》らだけの胃袋が、血の滴るビーフを必要としてる訳じゃねえ」
男たちはラム酒を口に楽しそうに笑った。
「大きい声じゃ言えねえが……」
不意にサムが声を落とした。みんなが前屈《まえかが》みになって、サムの声に耳を傾けた。
「三百人の人間が、十人ばかりの男たちに怒鳴りまくられ、気合棒《きあいぼう》で殴《なぐ》られている。おかしな話よ。奇妙な話よ」
水兵たちは顔を見合わせてうなずき合った。誰も彼も、気楽に過ごせるのは、この日曜日の午後だけだ。あとの六日は怒声、号令、気合棒が一同を脅《おびや》かす。
「サムの言うことは、ほんとだぜ。あのヤード(帆桁《ほげた》)を見ろよ。あのヤードに絞首刑《こうしゆけい》になって吊《つ》り下げられた水兵が、何人いたことか。ま、この頃《ごろ》はひどい鞭打《むちう》ちも、絞首刑も少なくなったがなあ」
「何しろ、船っちゅうのは監獄も同然よ。逃げたくても、まわりは海だ。果てしない海だ。逃げだしてもくたばるに決まってる。柵《さく》がないだけの、完璧《かんぺき》な監獄よ」
ドスの利いたサムの声に、音吉たちも耳を傾けていた。言葉の端々で、言っていることの大体は見当がつく。
「艦長《キヤプテン》にかかりゃ、誰も彼も同じさ。ほら、あのブラウンという若僧の士官候補生よ。ロンドンから来る途中、時化《しけ》があったろう」
「ああ、あん時なあ。船酔いの罰《ばつ》に、あの若僧の奴《やつ》、マストの見張り台に何日も縛りつけられていたっけ。あれは辛《つら》かったろうなあ」
「なあに奴らが罰を食らうのは、結構な話よ。俺の知ってる奴なんぞ、たった二歳で海軍に登録してよ」
「たった二歳で?」
顔の異様に長い男が目を丸くした。
「そうよ。とにかく海軍に登録した年数が長けりゃ進級が早いんだ。もちろん二歳だなんてことは隠してな」
「それで、その二つの餓鬼《がき》はどうした」
「何せ金持ちの餓鬼だ。袖《そで》の下を使って、親父が政治家に渡りをつけた。だから十七、八でポスト・キャプテンになったのさ」
「たった十七、八で!?」
みんなが一斉《いつせい》に声を発した。
「馬鹿馬鹿しいと思わねえか」
サムの言葉に、気の弱そうな男が、目をしょぼつかせながら言った。
「しようがねえね、サム。金持ちに生まれなかったのは、俺たちの罪だ」
「この馬鹿野郎が!」
サムの声が、ひときわ大きくひびいた。男はびくりと肩をふるわせ、
「だって、しようがねえもんなあ。俺の親父も、じいさんも、そのまた親父も、貧乏だったんだからなあ」
「それが何でお前の罪になるのよ」
「わからんが、そんな気がする」
男はかすかに首を横にふった。
「だから俺は腹が立つんだ。お前も、二つの時に登録された餓鬼《がき》も、おんなじ人間なんだぜ。俺たち水兵三百人が力を合わせりゃあ……」
言いかけた時だった。それまで横になって眠っていたように見えた五十過ぎの男が、
「サム、女の話のほうがいいな」
と、頭をもたげた。音吉たち三人は、その男の名を知らなかった。が、みんなはその男を「親父」と呼んでいた。鳶色《とびいろ》の髪、禿《は》げ上がった額、柔和《にゆうわ》な青い目、いつも微笑をたたえている唇《くちびる》、昔は逞《たくま》しかったであろう骨格の、この「親父」と呼ばれる男に、音吉が初めて声をかけられたのは、イーグル号に乗り込んで間もなくであった。便所へ行こうと上甲板《じようかんばん》に上がって来た時、
「アー ユー ゴーイング トゥー ヘッド?」
「親父」は言った。音吉は一瞬、
(頭に行くのか?)
と、不審に思った。親父は笑って、
「ヘッドとは便所のことさ」
と教えてくれた。千石船《せんごくぶね》では便所は船尾にあった。が、イーグル号の船尾には、艦長や士官たち専用の水洗便所があるだけで、水兵たちの使う便所は船首にあった。「ゴウ トゥー ヘッド(便所へ行く)」と、水兵たちの言う言葉が、それ以来音吉にわかった。
その「親父」が、サムが「俺たち水兵三百人が力を合わせりゃ」と不穏なことを言いかけた時、
「サム、女の話のほうがいいな」
と、おだやかに声をかけたのだ。
「女の話?」
「そうだ、女の話だ」
起き上がって「親父」は膝《ひざ》小僧を抱いた。
「わかったよ親父。おい、みんな。親父は女の話が好きだとよ。俺は女の話は苦手だ。誰かやってくれ」
サムは「親父」の言葉に逆らわなかった。「親父」は「俺たちの艦長」とも「もう一人の艦長」とも呼ばれていた。むろんそれは、水兵たちの中にだけ通ずる言葉であった。特別に見栄えのする風体でもない、さして強そうでもないこの男が、なぜ「俺たちの艦長」と呼ばれるのか、初め三人にはわからなかった。
艦長は艦内において絶対的な存在であった。艦長が一度|甲板《かんぱん》に現れるや、先に甲板に出ていた士官たちは素早く風下にまわった。艦長は、その士官たちにも、滅多に砕けた調子で口をきくことはなかった。たとえ夕食に士官たちを招いても、必要以上の親しさを見せなかった。艦長の威厳を示すために、これは効果のあるやり方だった。士官たちもまた、水兵たちの屯《たむろ》する甲板に来て、談笑するということはなかった。艦長たちと水兵たちとは別世界の人間であった。メイン・マストを境に、二つの世界が厳然として別れていた。だから音吉たち三人は、艦長と言えば絶対的存在だと思っていた。船に乗ってすぐに気づいたことだが、水兵たちは「イエス サア」という言葉を滅多に使わなかった。上級の者に対して答える時、「アイ アイ サア」であった。これは是非を言わず、絶対的服従を意味する返事であった。いつ気合棒《きあいぼう》が飛んでくるかわからない。それを恐れて、水兵たちは、「アイ アイ サア」と答えながら、梁《はり》に頭をぶつけぬよう背を丸め、波にふらつかぬようガニ股《また》になって素早く飛んで歩いた。が「親父」には「アイ アイ サア」は不要だった。それでいて、荒くれ共は、なぜか「親父」の言葉に従った。
「女か。女なんて、どれもこれも似たもんさ」
投げやりに答えたのは、もうラム酒に目の中まで赤くした三十過ぎの男だった。
「お前なんぞに女がわかるものか。フランスの女はいいぜ。小味だぜ」
いつも無表情な、仮面のような男が言った。眉毛《まゆげ》の上に傷跡があった。そこだけに表情があるような男であった。
「そうだ、そうだ。フランス女ときたら、胸がつんと天井を向き、尻は物を乗せられるほど突き出ている。いい出っ尻《ちり》よ」
「だがな、インデアンの女にはかなわんぜ。インデアンの女はこりゃあいい。肌《はだ》がなめらかだ」
「肌のなめらかさなら、黒人女がいいさ。まるで黒ジュスだ。俺は一夜に二人の黒人女と寝たことがあるが、ありゃあ忘れられんぜ」
女のことになると、みんなの口はなめらかになった。サムだけがつまらなそうに空を見上げていた。青い空が限りなくひろがっている。太陽が頭に暑い。そのサムの首がゆっくりと音吉たちのほうに向けられた。何となく音吉は目を伏せた。音吉はまだ、サムと口をきいたことがない。
「どうだい餓鬼《がき》。お前、女の話なんぞおもしろいか」
音吉と久吉は顔を見合わせた。射すくめるようなサムの目に、二人は答えることができなかった。岩松が言った。
「女の話はおもしろいに決まっているさ」
日本語だった。
「何? 何といった?」
「好きな女は少ないが、女の話はおもしろいさ」
今度は英語で言った。サムが立ち上がって、三人の傍《そば》に来た。
「ラム酒はうまいか」
岩松はコップをサムの前につきつけるようにして、
「まあな」
と答えた。コップには二分目しか酒は残っていなかった。サムと岩松の目がかちりと合った。お互いを認めるまなざしであった。
「お前の名前は?」
サムは岩松をあごでしゃくった。
「岩吉だ」
岩松は答えた。
(いわきち?)
音吉と久吉は、思わず岩松の顔を見た。岩松は岩吉ではない。なぜ岩松は今、岩吉と名乗ったか。が、二人はすぐに思い出した。ドクター・マクラフリンが別れの夜、こう言ったのだ。
「おときちもきゅうきちも、『きち』がついている。『きち』とはラッキーのことだったね。どうだね、いわまつもいっそのこと、『いわきち』と名を変えたらどうかね。スリー・ラッキーになるよ」
マクラフリンと別れてから、岩松はその夜二人に言った。
「松だって、めでたい名前だぜ。だがな、ラッキーは気に入った。またの名を『岩吉』としてもいいような気がする」
(やっぱり舵取《かじと》りさんも、ラッキーになりたいんやな)
その時音吉はそう思ったものだった。その「岩吉」という名を、岩松は今、突如《とつじよ》口に出した。
「いわきち?」
「いわはロック、きちはラッキー」
「ラッキーか。それはめでてえな。じゃ、お前らは?」
サムは久吉と音吉を、一度にあごでしゃくった。
「おときちです」
「わしの名はきゅうきち」
「何だ、三人共ラッキーか。ま、そうだろうな。難破してもアメリカまで辿《たど》りついたんだからな。だがな、この船が無事にロンドンまで着くとは思うなよ。お前らもアイ アイ サアだ。問答無用だ。下手《へた》をすれば気合棒《きあいぼう》でも鞭《むち》でも飛んでくるぜ」
口を歪めてサムは笑った。
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