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海嶺150

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:五 上甲板《じようかんぱん》の片隅《かたすみ》で、|※[#「奚+隹」、unicode96de]《にわとり》が鳴いた。のどかなその声
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 上甲板《じようかんぱん》の片隅《かたすみ》で、|※[#「奚+隹」、unicode96de]《にわとり》が鳴いた。のどかなその声は、音吉にいつも小野浦を思わせる。昨日に反して、穏やかな海だ。東の空に入道雲が盛り上がって動かない。太陽の光は午後になっていよいよ暑かった。水兵たちは、今大砲磨きをさせられていた。
「あの※[#「奚+隹」、unicode96de]は、クリスマスのごちそうさ」
砲身を磨いていたサムが、せせら笑うように言った。午後から、砲身磨きと決まった時、何を思ったか、サムは音吉と久吉に、
「俺と一緒に上甲板に行こう」
と言ったのだ。上甲板には長身のカロネード砲がずらりと据えられてあった。サムはいつも士官たちの居住区から一番遠い船首に、いち早く自分の場を占める。
甲板磨きにしても、砲身磨きにしても、つまりは水兵たちを航海に飽かせないための作業であった。気合棒《きあいぼう》を持った下士官《かしかん》が時折見廻《ときおりみまわ》りに来るにしても、大砲磨きはさほど辛《つら》い作業ではなかった。水兵たちは太陽に照りつけられた熱い砲身を、ボロ布でぴかぴかに磨いていく。磨きながら、小声で話し合うこともできた。とにかくヤード(帆桁《ほげた》)にへばりついて帆を取り外《はず》しする作業とはちがう。
「クリスマス? 何ですか、それは」
サムと同じ砲身を磨きながら、音吉は手をとめずに聞いた。
「何だ、お前たち、クリスマスも知らねえのか」
「知りません」
「ふーん。日本にはクリスマスがねえのか。これは驚いた」
サムは言い、隣の砲身を磨いている「親父」に言った。
「おい、親父。こいつらの国には、クリスマスがないんだとさ」
「ふーん。ほんとうかね」
「親父」はちょっと驚いて見せたが、
「世界は広いからなあ」
と、柔和《にゆうわ》に微笑した。
「クリスマスって、何やろ?」
久吉が音吉にささやいた。
「何や、聞いたことがあるようやけど、わからん」
「音、聞いてみい」
「久吉が聞けよ」
「お前のほうが、言葉がうまいだで、お前が聞け」
音吉はサムに言った。
「クリスマスって、何ですか。教えてください」
半裸のサムの背が、いやでも目についた。サムはふり返って、
「クリスマスってのは、神の子の誕生日さ。ジーザス・クライスト(イエス・キリスト)という方のお生まれになった日だ」
「ジーザス・クライスト? そうか、キリシタンのお祭りや! 久吉」
「えっ? キリシタンのお祭り!?」
久吉は思わず声を上げた。音吉がサムに尋《たず》ねた。
「あのー……ジーザス・クライストって、神さまの息子さんですか」
「そうだとさ。俺はお目にかかったことはないがね。馬鹿馬鹿しい話さ。自分の誕生日さえ祝ったことがないってえのに、顔を見たこともない奴《やつ》の誕生日を、どいつもこいつも祝うんだからな」
「そうですか、みんなが祝うんですか」
音吉は、日本にも、そんな誰かの誕生を祝う日があったろうかと考えてみた。八幡社のお祭りはある。が、あれが誰かの誕生日かどうか、それは知らない。良参寺では、お釈迦《しやか》さまの誕生日を祝うことがあった。だが、日本中誰も彼もが祝うかどうか、音吉にはわからなかった。
「フランスでもロシヤでも、イタリヤでもオランダでもな、どこの国でも祝うんだ。神の子ってのは大したものさ」
「その神のお子さんは、確か十字架にかかって死んだ人ですね」
久吉が言った。
「そうよ。千八百年も前に生まれて、もうとうに死んだ男さ」
「千八百年も前に? どこに生まれたんですか」
音吉は、キリストが羊を助けた人形芝居を思い出しながら言った。
「さあ、知らねえな。知ってるのは、クリスマスが十二月二十五日だってことよ。別に俺は、そいつからりんご一つもらったわけじゃねえんでな」
「それでもお祝いするんですか」
「まあな。つきあいだな。いや習慣だな」
下士官《かしかん》が咳《せき》払いをして近づいて来た。三人は黙って砲身を磨いた。磨いても磨かなくても、砲身はぴかぴかなのだ。が、放っておくと、錆《さび》つくにちがいない。いつ実戦があっても間に合うように、とにかく週に幾度かは磨くのだ。
下士官の靴音《くつおと》が遠くなった。
「あなたは、その神のお子さんを信じてるのですか」
音吉は恐る恐る聞いた。キリシタンの話は聞いてはならないのだ。だが、世界の人がその誕生日を祝うと聞けば、悪い神でもないような気がしてくる。こわいもの見たさも手伝って、音吉はサムに聞いたのだ。
「ああ、貧乏人がこの世からいなくなれば、信じてやってもいいぜ。が、ひもじい奴《やつ》のいる間は信用がならねえな。そしてあの艦長や士官共がふんぞり返っているうちはな」
サムは吐き出すように言った。音吉は驚いた。もし今の言葉を神に聞かれたら、一体この人はどうなるのかと、音吉は恐れずにはいられなかった。
(でも日本にも、神も仏もあるものか、と言う人がたくさんいるでな)
胸の中で音吉は思い返した。
「ところでよ。お前ら昨日の夕方、艦長に呼ばれたろ」
サムの目が光った。
「ああ、呼ばれたよ」
久吉は気軽に答えた。
「俺の話は出なかったか」
サムはいきなり聞いた。二人はすぐには答えられなかった。が、岩吉に二人は言われていたのだ。
「艦長に何を聞かれたかと、誰かに聞かれたらな。日本のことを聞かれたと言うんやで。そのほかのことは、言うてはならん」
音吉は岩吉の言葉を思い出して、急いで言った。
「今、何と言いました?」
「あのな、艦長がな、俺のことを何か聞かなかったか、と言ったのさ」
サムは一語一語|明瞭《めいりよう》に言った。
「ああ、あなたのことですか。何も聞かれませんでした。日本のことを聞かれました」
音吉は落ちついて答えた。目の前の海が、吸いこまれそうに青かった。
「ふーん。日本の何を聞かれた?」
「はい、日本の一番偉い人のこと、軍人のこと、そして、食物、着物などなど……」
「なんだ、それだけか」
「はい、それだけです」
答えながら音吉は、本当はサムのことを聞かれたと言ったほうが、いいのではないかと思った。艦長は確かにサムを警戒している。それを言うほうが、サムのためにいいのではないかと考えたのだ。だがそれは、岩吉に堅く禁じられている。
「あのな、お前たち。艦長は、俺が何かを仕出かしやしねえかと、びくびくしてるんだ」
サムは声を出さずに笑った。
「なぜならな」
言いかけようとした時だった。隣の砲身を磨いていた「親父」が近づいてきた。
「サム、俺はもう終わったぜ。手伝ってやろうか」
「ありがとうよ、親父。ま、少し休んでくれよ。そこにしゃがんで、台座でも磨くふりをしていてくれればいいよ」
サムは言い、
「なあ、親父。昔はよく叛乱《はんらん》があったものさな」
「よくよくお前は、叛乱の話が好きな男だ。まあ、そうだな」
「しかしまあ、そんな骨のある人間はいなくなったなあ、親父」
「いなくて結構だ」
「親父」は弱々しく笑った。サムはボロ布で最後の磨きをかけながら、音吉と久吉に言った。
「この親父はな、昔、叛乱に加わったことがあるんだぜ。大した親父なんだ」
「出たらめ言っちゃあいけねえ」
親父は首を横にふった。とサムは、
「俺は出たらめなんぞ言いやしねえさ。いつも本当のことを言うだけさ。親父はネルソンに従って、ナポレオンと戦争をした勇士さ。けどな、何十年勤めても、水兵は水兵さ。これから死ぬまで勤めてもよ。下士官《かしかん》にもなれん。まちがっても、あっちのデッキを散歩する身分にはなれん」
サムはあごでクォーター・デッキのほうをしゃくった。音吉と久吉は、サムという男に、先程《さきほど》から少しずつ親しみを感じはじめていた。その理由の一つに、先程のクリスマスの話があった。神の子を信じているかと音吉が聞いた時、サムは無雑作《むぞうさ》に、
「貧乏人がこの世からいなくなれば、信じてやってもいいぜ」
と言ったのだ。二人にとって、叛乱《はんらん》の話はどうでもよかった。日本にも一揆《いつき》はある。だが、国を出た時十四と十五であった二人にとって、一揆はそれほど興味のあることではなかった。同様に叛乱の話にはそれほど関心を持たなかった。只、サムがキリシタンでないことに惹《ひ》かれたのだ。
(誰も彼もキリシタンかと思ったが、ちがうんやなあ)
音吉はくり返し心の中でそう思った。
(すると、エゲレスも丸々キリシタンの国ではあらせんのやな)
(もし日本に帰って、キリシタンの話を聞かれたら、サムのことを役人に話してやればいい)
音吉はそう思った。恐らくこのイーグル号に乗っている水兵たちの大方は、サムと似たような気持ちではないかと思った。
(そう言えば、ミスター・グリーンみたいに、食事の度《たび》にお祈りする者はほとんどあらせんもな)
音吉は今すぐ、そのことを久吉と話し合いたかった。
(したら、サンデーのあのサーヴィス〈礼拝〉は何のためにやるんやろ)
みんな大きな声で讃美歌《さんびか》をうたう。艦長が祈ればアーメンと言う。説教も不動の姿勢で聞いている。
(そうか、あれも甲板《かんぱん》磨きや、大砲磨きとおんなじことやな)
音吉はそう納得した。
(安心したわ)
もしかしたら、この艦には、どれほどのキリシタンもいないのかも知れない。
(艦長だけかも知れせんな)
サムと「親父」はまだ話し合っていた。
「その時は何年だったい、親父」
「一七九六年だ」
「今から四十年も前の話か」
「正確にいうと三十九年前さ。水兵の給料は一年に十二ポンドだった」
「艦長は?」
「百五十ポンドさ。それが、ほかの船をぶんどってな、何と艦長は四万七千三十ポンドも大儲《おおもう》けしたというわけさ」
「四万七千三十ポンド!? 想像もつかねえな、どれほどの札束か」
「そん時にゃあ、水兵の俺たちが、百八十二ポンドもらえたんだぜ。百八十二ポンドな」
「へえー。一年に十二ポンドの水兵が、一ぺんに百八十二ポンドももらったのか。それなら少しぐらいステッキで殴《なぐ》られても、働き甲斐《がい》はあらあな。給料の十年分以上じゃねえか」
「十年どころじゃない。十五年分よりもっと多かったさ」
「そのプライズマネー(賞金)を、親父はどう使ったんだい」
「酒と女さ。決まってるじゃねえか」
「まだ十六か七の餓鬼《がき》でか?」
驚くサムの声に、
「俺は十四の時に女を知った。十六、七は立派な大人さ」
低い声で口早に話し合う二人の言葉を、音吉と久吉は聞いてはいなかった。サムも「親父」も、口は動いていても手は決して休むことはない。長年の水兵生活の間に身につけたやり方だった。息をぬくところは息をぬき、手をぬいてならぬところは決して手をぬかない。低い声で会話を交わしながら、一心に働いているように見せる。こうしながらも、下士官《かしかん》の靴音《くつおと》を鋭敏に聞き分けているのだ。気合棒《きあいぼう》をふりまわされるのは、むしろまじめに働きながら、しかしのろまな者たちであった。
音吉は何の脈絡もなく、ふっと琴の姿を思い浮かべた。
(今ごろ何をしてるんやろな)
一日に幾度か、父母や妹のさとや、そして琴のことを思い出す。それはほとんどいつも突然であった。朝、起床した途端に思い出すこともある。夜、ハンモックを吊《つ》りながら思い出すこともある。時鐘《じしよう》を聞きながら思うこともある。その度《たび》に言いようもない懐かしさが音吉の胸をしめつける。
(フラッタリー岬に難破した船玉《ふなだま》さまは、どうなったやろな)
あの切り取った帆柱の根元に、琴の髪の毛はおさめられてあったのだ。音吉は船首のほうを見た。このイーグル号には船玉はない。しかしこのイーグル号の船首にも船首像《フイギユア・ヘツド》があり、その船首像は、長い衣を着た美しい女だった。その女は、ふくよかな両手を高く顔の前に差し出していた。そしてその両手は、翼《つばさ》をひろげた鷲《わし》の足をつかんでいた。この像を支えている木部に、スピリットがあると言われていた。
(それがきっと船玉さまやな)
今音吉はそう思った。
(そうや。これからわしは、この船玉さまを拝もう。キリシタンの神さまは、決して拝みはせんで)
サムにしろ、他の水兵たちにしろ、まともにジーザス・クライストの神を信じている様子はない。日本人の自分が、その神を信じなくても、罰《ばち》は当たらないような気がした。
(後で、舵取《かじと》りさんや久吉に相談してみよう)
そう思って音吉は微笑した。どこかで下士官《かしかん》の怒鳴る声がした。誰かがいつも怒鳴られている。それが軍艦だ。もう音吉も、下士官の怒声に一々驚くことはなくなった。
「おい、おときち。何をにたにたしている」
サムがからかった。
「別に……」
「まあな、お前らはお客さんだ……」
言いかけた時、うしろのほうで下士官の気合棒《きあいぼう》が甲板《かんぱん》を叩《たた》いた。
「ぐずぐずすんな!」
近くにいた水兵たちがぎくりとした。誰を怒ったわけでもなかった。下士官はただ水兵たちをおどしただけなのだ。下士官は、二、三度気合棒で甲板を叩いてから、階段を降りて行った。
「アイ アイ サアだあ。あの馬鹿|奴《め》が、怒鳴りゃ人が仕事をすると思っていやがる」
サムは笑って、
「とにかくよ、ハドソン湾会社は、ここの艦長に金をたっぷり払ってお前らをあずけたそうじゃねえか。のんきにしてなよ、のんきにな」
昨夕艦長室に呼ばれた音吉たちを、改めて客人とでも思ったのか、意外に優しい言葉をかけた。水兵たちは赤と白の縞《しま》のシャツを着ているが、岩吉たち三人は縞のシャツではない。そこは下士官も心得ているようであった。
号笛《ごうてき》が鳴った。作業止めの号笛である。その途端、マストの上から見張り人が大声で叫んだ。
「デッキゼア(おーい甲板の人たち)」
みんなが声のほうを見上げた。音吉も見上げた。が、風をはらんだ幾枚もの帆に遮《さえぎ》られて、声の主は見えなかった。つづいて叫ぶ声がした。
「ランダー ア ホーイ(陸地が見えたぞーっ)」
甲板の水兵も下士官も、一斉《いつせい》にざわめいた。
「ありがてえ。クリスマスは島の上でできるぜ」
サムの声がはずんだ。
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