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犯人を捜す犯人02

时间: 2018-06-26    进入日语论坛
核心提示:2 逃げる 紀《のり》子《こ》は夢を見ていた。 十七歳の娘にしては、いささかロマンチックでない夢だったが、火事の中から逃
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2 逃げる
 
 紀《のり》子《こ》は夢を見ていた。
 十七歳の娘にしては、いささかロマンチックでない夢だったが、火事の中から逃げ出す夢で、紀子は誰だか分らないが、男を背負って逃げていた。
 火はしつこく生きもののように紀子を追って来て、蛇のように長い炎の舌が、必死で駆ける紀子の足首に巻きつこうとした。
 場所はどうやら学校──紀子の通っているN女子学園の高校のようで、冷たい石造りの建物が、なぜか紙でできているかのようによく燃えた。
 紀子は、廊下を駆けている。背負った男の体は徐々に重味を増すかのようで、紀子の足は少しずつ疲れ、重くなっていた。
 もう倒れる!──もうだめだ!
 紀子は、よろけ膝《 ひざ》をついた。その拍子に、背中の男が床へドサッと落ちて、
「よくやった」
 と言った。「もう、充分だよ」
 ──哲郎。
 哲郎……。哲郎……。諦《 あきら》めないで。
 まだ──まだ、希望はあるわ!
 哲郎……
 電話が鳴っていた。
 紀子はハッと起き上った。──電話? これも夢だろうか。
 そうじゃない! 自分のベッドの枕もとで、電話が鳴っていた。
 これは紀子の個人用の電話で、よほど親しい友だちしか知らない。──誰だろう?
 時計が午前四時を指しているのを見て、紀子はちょっと顔をしかめた。こんな時間、いくら夜ふかしの友だちが多いといっても、かけて来たりするとは思えない。
 いたずらかしら?──紀子は、そっとコードレスの受話器を取って、ボタンを押した。黙って耳に当てる。
「もしもし」
 と、男の声がした。
「──哲郎?」
 紀子は、面食らった。
「起こしたろ。すまないな」
 哲郎がホッとした口調で言った。
「いいけど……。ちょうど夢でね、哲郎が出てたから、びっくりしたの」
 紀子は目をこすって、「どうしたの?」
「今、誰もいないか?」
「私の部屋よ。男もいないしね」
 と、紀子はちょっと笑った。
「そうか」
 哲郎は、少し間を置いて、「もう会えない」
 と言った。
「今……何て言った?」
「さよならを言おうと思ってかけたんだ」
 紀子は眠気が吹っ飛ぶのを覚えた。
「何があったの」
「警察に追われてる。例の車泥棒さ」
「哲郎……。だからやめてって……。いいわ。自首したら? 父に頼んで、弁護士、つけてもらう」
「迷惑はかけられない。──な、楽しかったよ。短い付合いだったけど」
「やめて。──格好つけないでよ。大した罪じゃないでしょ。しょせんコソ泥よ。下手《 へた》に逃げないで、おとなしく捕まってた方が良かったのに」
「お前、いつも厳しいな」
 と、哲郎は笑った。
 その笑い声の爽《 さわ》やかさ。紀子は、胸が痛かった。
「あの人──ケンジって子も一緒?」
「逃げるとき、別々になった。あいつはと《ヽ》ろ《ヽ》い《ヽ》からな。捕まってるかもしれねえ」
「ともかく──逃げ回るほどの罪じゃないわよ。ね、前科ないんだし。これがいい機会じゃない。やり直すのよ。あの野田とかいう人と縁を切って」
「もう、切ってる。逃げたとなりゃ、警察の手が社長へ及ばないようにしなくちゃな」
「馬鹿らしい。そんな気をつかって! 向うが一体何をしてくれるっていうのよ」
 と、紀子は言ってやった。「いいわ。──そんな話は後。今、どこにいるの?」
「これから身を隠す。な、紀子」
「私に、忘れろなんて言わないで。忘れるかどうか、決めるのは私よ」
「それだけじゃない。コソ泥だけじゃないんだ」
 と、哲郎が早口で言った。
「何ですって? 他にも何かしたの」
「俺はやってない。でも……見付けたんだ、死体を」
 と、哲郎は言った……。
 
「──紀子!」
 と、ダイニングキッチンへ入って来た母親の由利は、娘がもうテーブルについているのを見て、びっくりした。
「おはよう」
 と、紀子は言った。
「どうしたの、こんなに早く?」
 紀子は、もうブレザーの制服姿で、出かける仕度をして、コーヒーを飲んでいる。
「クラブの用があるの、忘れてたのよ」
 と、紀子は言った。「もう出るから、朝食はいらない」
「お弁当は?」
「パン買うから。──もう行くわ」
 紀子はコーヒーを飲み干した。
「そう……。じゃ、お母さん、こんなに早く起きなくても良かったんだわ」
 間近由利は四十歳。大学を出てすぐに今の夫、間近聡士と結婚したので、今でもどこかお嬢さんっぽいところを残している。
「お父さん、今日帰るのよ、ニューヨークから。紀子、夕ご飯うちで食べれるでしょ?」
「うん。たぶんね」
 紀子は立ち上った。「じゃ──」
 居間の電話が鳴り出した。
「何かしら。出るわ」
 と、由利が駆けて行く。「──はい、間近でございます。──あ、伊東さん? ええ、ここに。ちょっと待ってね。──みどりさんよ」
 紀子は替って、
「もしもし」
「──紀子? 聞いた?」
 クラスメイトで、年中互いに遊びに行ったり来たりしている伊東みどりである。
「聞く、って?」
「じゃ、知らないのか。あのね、ゆうべ、一年生の……古畑って子、知ってる?」
「古畑圭子? クラブ、同じよ」
「そう、その子。──殺されたんですって」
 紀子の方はしばし無言だった。
「もしもし? 紀子、聞いてる?」
「──うん」
「ひどいよね。通り魔っていうのか……。変質者だろうって。刃物で──。ともかく死んじゃったのよ」
「大変ね。犯人のことは何か言ってる?」
「ううん。でも、見当ついてるみたい。その辺でうろついてたの、見られてるらしい」
「そう……」
「きっと今朝は大騒ぎよ、学校」
「そうだろうね」
 紀子は肯《うなず》いて、 「じゃ、学校で」
「紀子、電車は?」
「今日、用があって、いつものに乗れないの。ごめんね」
「分った。それじゃ後でね」
「ありがとう」
 紀子がダイニングキッチンへ戻ると、
「何なの?」
 と、由利が心配そうに、「『犯人』とか何とか言ってた?」
「一年の子が……通り魔にあって」
「まあ!」
「死んだって。──じゃ、行くよ」
 紀子はパッと鞄《 かばん》をつかむと、足早に玄関へと急いだ。
 
 紀子は、左右へ素早く目を走らせた。
 大丈夫。──まだ早い時間だ。人通りも少ない。
 小さな公園へ入って、ベンチに腰をおろすと、呼吸を整えようと、何度か深呼吸をした。
 秋の朝。──少し湿って、肌寒い感じである。
 昼になって、日射しが降り注げば結構日焼けもしそうなのだが、夜は涼しい。
「ハクション!」
 ベンチの後《ヽ》ろ《ヽ》で、突然クシャミが聞こえて紀子は仰天した。
「──もう! 何してるのよ?」
 と声をかけると、ゴソゴソと新聞紙の塊が動いて、
「──やあ、おはよう」
 と、哲郎が顔を出した。「怪しい奴《 やつ》、いなかったか?」
「あんたが、一番怪しい」
 と、紀子は言ってやった。「ちゃんと座って!──汚れるばっかりじゃないの、そんな所で寝たりして」
「でも……。人目につくと──」
 と言いかけ、紀子がすぐ近くで買って来た弁当の包みを開けるのを見て、「──俺の?」
「そう。──さ、食べて。まだ温かいわよ」
 哲郎は、当然のことながら空腹だった。
「仕事」の前には、食事をしない。だから、ゆうべの夕食から抜いていた。
 紀子は、ベンチに並んで座った哲郎が、弁当を凄《すご》い勢いで食べるのを見て、ウーロン茶の紙パックを渡すのを後回しにした……。
「──生き返った!」
 フーッと息をつく哲郎。
「はい」
 と、ウーロン茶を渡して、「世界新記録かもね」
「ありがとう……。旨《うま》かった」
 少し落ちついた様子で、「お前……。早く行った方がいいぞ。もし今警官が来て捕まったら、お前も巻き添えになる」
「余計なこと言わないで」
 と、紀子は言った。「殺されたのは、うちの高校の一年生」
「そうか……。制服が似てると思ったんだ……」
「話して。詳しく」
 哲郎は、ウーロン茶を飲んで、それからゆうべのてんまつを話して聞かせると、
「──絶対に俺はやってない。でも、あんな状況で、死体の近くにいたのを見られてるし、手についた血で、きっとどこかへ触ってるだろうし……。警察のことだ、俺とケンジがやったと思う」
 哲郎はそう言って、「──ケンジ、捕まったのかな」
「まだのようよ。少なくとも、発表はない」
「そうか。うまく逃げてくれるといいけど」
 と、ため息をついて、「ぶきっちょな奴だからな」
「呑《のん》気《き》ね。人のこと心配してる場合じゃないでしょ」
 紀子は厳しい表情で言った。「──これ。コンビニで買って来たわ」
 ガサゴソと紙袋を探って、小さく折りたたんだビニールのレインコートを出す。
「これしか着るもんはないの。上にはおれば大分違うわ。──これはカミソリ。ひ《ヽ》げ《ヽ》を剃《そ》って。浮浪者よ、それ以上のびたら」
「ああ……」
「お金はあんまり持ってないけど」
 と、紀子は財布を出し、「──とりあえず二万円。私のへそくりだから、心配しないで」
「金?──よせよ、おい」
「妙な意地張らないで。お金なきゃ、どこへも逃げられないのよ」
「すまん」
 と、哲郎は金をポケットへねじ込み、「でも、これで最後だ。もう何もしないでくれ。指名手配されたら、人前には出られない。もう……会えない」
 二人はやや沈黙した。
 紀子は、しばし目を伏せていたが、やがてパッと眉《まゆ》を上げて、
「会《ヽ》え《ヽ》な《ヽ》い《ヽ》の《ヽ》?  会《ヽ》わ《ヽ》な《ヽ》い《ヽ》の《ヽ》?──どっち?」
「紀子……。お前って、いい奴だ」
 と、哲郎は言って、笑顔をこしらえた。
「哲郎!」
 紀子は、哲郎の、少し湿った体を抱きしめた。力一杯、自分と離せなくなるようにしようとするかのように。
「──人が通るぜ」
「誰も気が付きゃしない」
 紀子は、哲郎の顔を両手で挟んで、ご飯粒のくっついた唇に、自分の唇を押しつけた。
 哲郎は、ハッと離れて、
「もうよせ」
 と、手の甲で目をこすった。
「──泣いてるの?」
「お前が……変なことするからだ」
「これ……」
 と、ハンカチを出す。
「レースの付いた可《かわ》愛《い》いハンカチか……。匂《にお》いがするな」
「私の好きな香水」
「うん。──憶えてる。お前の匂いだ」
 ハンカチを顔へそっと当てて、「持ってっていいか。いざってときは捨てる。お前に何かあったら大変だからな」
「持っていって。それから──連絡して、無事でいるかどうか、それだけでもいいから」
「分った」
 哲郎は立ち上った。「もう行くよ」
「哲郎」
「何だ」
「約束して。──死んじゃだめよ」
 紀子の視線は、哲郎を矢のように射た。
「ああ、死なないよ」
「希望を捨てないで。分った?」
 哲郎が何か答えようとしたとき、音が──サイレンが、かすかに聞こえて来た。
「パトカー?」
 と、紀子は立ち上った。
「さあ……。行くよ、ともかく」
 哲郎はビニールのレインコートをはおって、「ありがとう、紀子」
 と言うと、駆け出して行った。
「走らないで!」
 と、紀子は呼びかけたが、もう哲郎には届かなかったろう。
 紀子は、公園の前を救急車が一台、サイレンを鳴らしながら走って行くのを見た。
 そして、ベンチにペタッと腰をおろし、急に力が抜けたかのように、両手で顔を覆って身を震わせた。
 しかし──しかし、泣かなかった。
 紀子は一滴の涙もこぼさず、顔を上げ、深呼吸をすると、ゆっくりベンチから立ち上り、公園を出て歩き出した。
 やっと少し、駅へ行く人がふえつつあって、紀子も足どりを速めたのだった……。
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