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くちづけ02

时间: 2018-06-26    进入日语论坛
核心提示:相 談「じゃ、できるだけ早く帰るよ」 そう言って、金倉正巳は受話器を置いた。 帰りが七時半ごろになる、と言っておいて、「
(单词翻译:双击或拖选)
 相 談
 
 
「じゃ、できるだけ早く帰るよ」
 
 そう言って、金倉正巳は受話器を置いた。
 
 帰りが七時半ごろになる、と言っておいて、「できるだけ早く帰る」というのは少し妙だったろうか? つい、そう言ってしまうところが、正巳の気の弱さである。
 
 もちろん亜紀は、そんなこと、気にもしないだろう。妻の陽子にしたってそうだ。
 
 正巳はチラッと腕時計に目をやって、もう一度受話器を取り上げ、内線の番号を押した。うまく彼女が出てくれるといいが。
 
「——はい、円《つぶら》谷《や》です」
 
 いつもながら、はっきりと聞き取れる、歯切れのいい口調。正巳は、つい笑みを浮かべてしまうのだった。
 
「金倉だけどね」
 
「あ、課長さん。さっきはどうも……」
 
「今夜だけど、食事まではして帰れないが、お茶でも飲みながら話を聞くってのはどうだい?」
 
 正巳は、しゃべりながらそっと左右へ目をやった。別に、何も悪いことをしているわけではないのだが、社内で妙な噂《うわさ》になることは避けたい。
 
「でも……ご無理なさらないで下さい」
 
 と、円谷沙《さ》恵《え》子《こ》は言った。「お忙しいんですし、私の個人的な用件でお時間を——」
 
「構わないよ。ただ、どれくらい役に立つものか分らないけれどもね」
 
「ありがとうございます! 話を聞いていただけるだけでも、嬉《うれ》しいですわ」
 
「いやいや……」
 
 と、正巳は照れて、「じゃ、どうする? 待ち合せるにしても、僕はよく知らないんだよ」
 
「このビルの裏手に、〈シュヴァル〉ってお店があるの、ご存知ですか?」
 
「〈シュヴァル〉?」
 
「ええ、表に馬の鞍《くら》が出ている——」
 
「ああ、分ったよ。名前は知らなかった。じゃ、そこで……」
 
「五時半には行きます」
 
「分った。じゃ、そうしよう」
 
 正巳は電話を切って、軽く息をついた。
 
「課長」
 
 ポンと肩を叩《たた》かれて、「ワッ!」と飛び上りそうになる。
 
「何をそう仰天してんの?」
 
 と、たっぷりとした胴回りを揺らして笑いながら、伊《い》東《とう》真《ま》子《こ》が言った。「さては浮気の打ち合せ?」
 
「よせよ」
 
 と、正巳は苦笑いした。「僕が、そんなにもてると思うかい?」
 
「それもそうね」
 
 伊東真子は至って正直である。
 
「この伝票、記入洩《も》れよ」
 
 と、伊東真子は正巳の机にポンと数枚の伝票を投げ出した。「書き直して出して」
 
「全部? やれやれ」
 
「新人の子をうまく使いこなすのも、課長の仕事でしょ」
 
「そう言われたってね……。僕にも仕事があるんだぜ」
 
 金倉正巳は四十八歳。課長になったのはつい最近で、そのおかげで、同期入社の伊東真子にからかわれている。
 
 真子は経理のベテランで、新入社員は必ず一度や二度は怒鳴り飛ばされていた。しかし、当人がカラッとした性格で、面倒見もいいので、若い子たちに頼りにされてもいたのである。
 
「お宅は皆さん、元気?」
 
 と、真子に訊《き》かれて、正巳は、そういえば以前はよく真子を自宅へ招《よ》んだものだ、と思った。
 
「うん。親《おや》父《じ》も元気なもんさ」
 
「亜紀ちゃんはいくつ?」
 
「十七。高二だよ」
 
「もう十七か……。ボーイフレンドはいる?」
 
「どうかね。ちっとも色気がないから」
 
「知らぬは親ばかりかもよ」
 
 と、真子はニヤリと笑った。
 
「また、遊びに来いよ」
 
「そうね。でも、今、日曜日は母の見舞に行かないと」
 
「お母さん? 具合が悪いのか」
 
「脳《のう》溢《いつ》血《けつ》で倒れて。このまま寝たきりになるかも」
 
「知らなかった。いつ?」
 
「半年前。——一人でいると寂しいわ」
 
 と、真子は少しおどけて、「慰めに来てよ」
 
 ポン、と思い切り肩を叩かれ、
 
「いてて……」
 
 正巳は顔をしかめた。
 
 真子は笑って行ってしまう。——正巳は、ちょっとその後ろ姿を見送って……。
 
 昔からふっくらした体型ではあった。今、四十六のはずだが、あまり変っていない。独身を通したのは、母親との二人暮しで、相手を捜す暇もなかったせいだろう。
 
 自分のことは何も言わないのである。母親のことも、正巳は今初めて聞いた。
 
 一人暮しか……。
 
 入社二十五年というベテランだが、大した給料ではあるまい。母親を入院させておくのは容易なことではないだろう。
 
 苦労は一人で負って、会社ではそんな気配をおくびにも出さない。それが「伊東真子流の美学」なのだろうが……。
 
 ハッと時計をまた見て、
 
「仕事、仕事」
 
 と、呟《つぶや》いて座り直す。
 
 しかし、つい円谷沙恵子のことを考えてしまうのだった。
 
 正巳は、別に円谷沙恵子と「怪しい」わけでも何でもない。
 
 伊東真子が言った通り、四十八にしてすっかり額の生えぎわが後退し、娘の亜紀に、
 
「中年太り!」
 
 と、からかわれる腹の出具合——。
 
 どう考えても、もてるタイプではないと自分でも知っている。エリートでもなく、課長のポストは、前の課長が五十そこそこでガンで亡くなったという事情があって、回って来たのである。全く予期しないことだった。
 
 そうさ。——僕のことを誘惑したって、何の得にもなりゃしない。
 
 金倉正巳の勤める〈Kリース〉は、ビデオカメラやキャンプ用品から、布団、シーツまで、何でも貸し出す会社である。
 
 直接、客に接する部署は大変だが、正巳は庶務課長で、いわば雑用係だ。
 
 不景気の影響もないではないが、あまり使う機会のない物は、買わずに借りようという人もふえ、またカメラなどはメーカーが新型の開発ペースを遅らせているので、却《かえ》って助かってもいた。
 
 何でも、
 
「最新型はないのか!」
 
 と言う客がいるからである。
 
「——課長さん」
 
 いつの間にか、円谷沙恵子がそばに立っていて、
 
「ああ。何だい?」
 
「カタログのファイル、新しいのはどこでしょうか」
 
「ファイル? ファイルなら、倉庫の棚だよ」
 
 と言いながら、彼女がそっと小さくたたんだ紙を机に置くのに気付いていた。
 
「じゃ、捜してみます。すみません」
 
 沙恵子は微《ほほ》笑《え》んで、足早に立ち去る。
 
 正巳はそっとその紙を手もとで広げた。
 
〈お忙しいのに、ありがとうございます! なかなか、相談相手になって下さる方がいなくて……。手短かにすませます。どうかよろしく。
 
 
沙恵子〉  
 
 ——円谷沙恵子は、二十七歳。去年この〈Kリース〉へ入社したばかりだ。
 
 前はキャッシングローンの会社にいたということだが、どうしてこの会社へ来たのか、その辺は正巳も知らない。
 
 見た感じは二十四、五というところで、少しかぼそい、頼りなげな印象があった。
 
 しかし、仕事はよくやっているようで、上司の評判は悪くない。電話の応対が滑らかで声がいいので、苦情の電話がやたら彼女へ回るらしかった。
 
 課も違うし、話をする機会はほとんどないが、その沙恵子が、
 
「ちょっと聞いていただきたいことがあって……」
 
 と、正巳に言って来たのである。
 
「実は、困ってるんです」
 
 と、円谷沙恵子は言った。「こんなこと、金倉さんにご相談するべきじゃないのかもしれないんですけど……」
 
 金倉正巳は、沙恵子がそう切り出すのを聞いて、一瞬、「お金を貸して下さい」と言われるのかと思った。
 
 ——〈シュヴァル〉という喫茶店には、二人の他に、ぼんやりと週刊誌を眺めている男が一人いるだけだった。オフィス街の一画である。昼間の方が客も入るのだろう。
 
 円谷沙恵子は約束の五時半ちょうどにやって来た。事務服以外の彼女をほとんど見たことのなかった正巳は、やや老けて見えるくらい地味なスーツの沙恵子に好感を持った。
 
 ブランド物で固めるという趣味もないらしく、そこがまたいかにも似合っている。
 
「困ってることって、何だい?」
 
 と、正巳はともかく訊いてみた。
 
 ——こんな風に二人きりで会いたいと言われたら、別に正巳に浮気するつもりはなくても、
 
「私、金倉さんのことが好きなんです」
 
 と告白される場面を想像してしまうのは、男として仕方のないところ。
 
 一方で、「俺《おれ》がそんなにもてるわけもない」と思っているから、借金の申し込みか、などとも考えてしまう。
 
 しかし、沙恵子の頼みというのはどちらでもなかった。
 
「私、この三年ほど付合っていた男性がいたんです」
 
「——そう」
 
 まず、「愛の告白」という可能性はあえなく消えた。
 
「いい人ですし、私も彼のことを愛していました。でも……」
 
 と、少しためらって、「私が……以前キャッシングローンの会社にいたこと、ご存知ですよね。彼はそこのお客だったんです」
 
「なるほど」
 
「二年前、彼の会社が危なくなり、ローンの返済が滞りました。私、自分のお給料から足りない分を埋めて、ともかく金利分だけでも払うようにしていたんです」
 
 沙恵子はため息をついて、「それがいけなかったんです。彼はすっかり私のお金をあてにするようになり……。しかも、私に黙ってよその、もっと危ないお金を借りていたんです。それが分って、私は彼と別れようと思いました。でも、そのときにはもう彼は会社に借金がばれてクビになり、姿をくらましてしまいました」
 
「それで君、前の会社を辞めて?」
 
「はい。——彼との付合いを知られてしまって、居《い》辛《づら》くなって……」
 
「苦労したんだね」
 
 と、正巳は肯《うなず》いて言った。
 
「やさしい方ですね、金倉さんって」
 
 と、沙恵子は言った。「安心してこんな話のできる方なんて……。みんな面白がって言いふらすでしょう」
 
「そんなことないさ。——ま、ともかく話を」
 
「はい、すみません」
 
 沙恵子は一口コーヒーを飲むと、「それきり彼からは全く連絡が途絶え、私も今の会社で落ちついて来ました。もう彼との恋も過去のこと、と割り切れるようになっていたんです。ところが……」
 
 沙恵子の額に、小さくしわが寄った。
 
「何があったの?」
 
 と、正巳は訊いた。
 
「先週、彼から突然電話が」
 
 沙恵子は緊張した声で、「思いもよらなかったので、びっくりしました。——私、一人暮しをしていて、彼はもちろん来たことがあるんです。私、彼に会いたいと言われて、いやとも言えず……。それに、やはりどうしているか気にかかったんです」
 
 それは当然のことだろう。
 
「彼と会ったんだね」
 
「はい。——別人のようでした。やせて、やつれて……。何より、お金のことしか言わない人になってしまっていました」
 
「つまり……君にお金をせびったわけか」
 
「お金もですが、今でも私のことが好きだ、一緒に来てくれと……。どこか小さな町へ逃げて、二人で暮そうと言うんです。でも、そんなことできっこありません」
 
「なるほど」
 
「私、できないとはっきり言いました。すると——彼は私が前のローン会社で会社のお金をごまかしたと密告してやると言うんです」
 
 正巳は呆《あき》れて言葉もなかった。——何て奴《やつ》だ!
 
「放っとけばいいじゃないか。何もなかったのなら、調べりゃ分ることだ」
 
 沙恵子は、チラッと目を伏せて、
 
「私……確かに、彼の借金を少しでも減らそうとして、数字をわざと間違って入力したことがあるんです。彼のためにやったことですし、自分でお金をとったわけでもありませんが、不正には違いありません」
 
「なるほど。——いくらぐらい?」
 
「二十万ほどです。返すことはできますが、それですむとは思えませんし」
 
「うむ……。会社としては、そういう事実があれば、見逃すというわけにはいかないだろうね」
 
「はい、よく分っています。何とか、彼に思いとどまらせたいんですけど……」
 
 沙恵子は、正巳を思い切ったように見つめて、「金倉さん。私と一緒に、彼に会って下さいませんか」
 
 正巳は、しかし返事ができなかった。
 
 まさか、沙恵子にそんなことを頼まれようとは思わなかったのだ。
 
「——しかしね、僕が彼に会って、何を言えばいいんだ?」
 
「お困りなのは分りますわ」
 
 と、沙恵子は言った。「ともかく、私一人では怖いんです。何だか……彼に引きずられてしまいそうで」
 
 それを聞いて、正巳はハッとした。
 
 円谷沙恵子は、まだその「彼」を愛しているのだ。だからこそ、正巳にいてほしいのだろう。
 
「だらしのない話ですね」
 
 と、沙恵子は微《ほほ》笑《え》んで、「あんな風になったら、もう立ち直ることなんか期待できっこないのに、どうしても——。いえ、だからこそ、見捨てられないって気持になってしまうんです。だからって、私にも仕事があり、友だちもいます。何もかも捨てて彼について行くなんてこと、できるわけがありません」
 
「そりゃそうだ。そんなこと、いけないよ」
 
 と、正巳は強い口調で言った。「君は自分を大切にしなくちゃ!」
 
「ええ、私もそう思うんです。金倉さんがそうおっしゃって下さると、嬉《うれ》しいわ」
 
 そう言われると、少し照れるが、悪い気はしない。
 
 しかし、そんなことを言ってしまった以上、正巳としても沙恵子の頼みを聞かないわけにはいかなくなる。
 
「——お願いします」
 
 沙恵子は深々と頭を下げ、「私が馬鹿な真似をしないように、ついていて下さい」
 
 と、くり返した……。
 
 
 
「ただいま」
 
 正巳は、玄関を入ると、声をかけた。「おい、陽子!」
 
 顔を出したのは、亜紀だった。
 
「お帰り」
 
「ああ。母さんは?」
 
「いるよ。今、夕ご飯、食べ始めたとこ」
 
「そうか。じゃ、いいタイミングだったな」
 
 と、正巳がネクタイを外しながら言うと、亜紀は微妙な表情を見せて、
 
「いいタイミングかどうか、難しいとこだよ」
 
 どういうことだ?
 
 正巳は首をかしげたが、ともかく急いで二階で着替えをして、ダイニングへ下りて来た。
 
 ——食卓は、どこか重苦しい雰囲気に包まれていた。
 
 何ごとだ? あれこれ想像してみたところで、思い当らない。一つ確かなのは、父の金倉茂也がこの気まずさの原因を作っているということだ。
 
 父、茂也は渋い顔で腕組みをしたまま、食欲もない様子だった。
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