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フルコース夫人の冒険14

时间: 2018-06-29    进入日语论坛
核心提示:14 カメラの前で「藤原!」 と、大声で呼ばれて、藤原はびっくりして飛び上がりそうになった。「社長! 何してるんです?」「
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 14 カメラの前で
 
「藤原!」
 と、大声で呼ばれて、藤原はびっくりして飛び上がりそうになった。
「社長! 何してるんです?」
「心配で来てみたんだ」
 と、社長の舟橋は、少し渋い顔で、「順調か?」
「ええ、二人とも今、仕度してます。落ちついたもんですよ」
「そうか。——ちょっと来い」
 ここは、赤坂にあるPホテル。
 今日は、中沢なつき、さやか母娘《おやこ》の共演第一作、『母娘坂』の制作発表記者会見である。
 藤原は、会場の用意ができているかどうか見に行こうとして、控室から、出て来たところだった。
 舟橋は、藤原を促して、ロビーの隅へと歩いて行った。
「ここなら大丈夫だな」
 と、舟橋は足を止めて、言った。
「どうかしたんですか」
「まずいことになったぞ」
「はあ? 企画に何かクレームでも?」
「いや、あの二人に関してじゃない。企画もいい。脚本も、急いで書かせたにしては、よくできている」
「じゃ、何です?」
「中沢なつきの亭主だ」
「中沢竜一郎さんですか? あの方が何か……」
「なつきとさやかをこの世界へ引っ張り込むのに、池原洋子の手を借りたろう」
「ええ、中沢竜重さんのアイデアで。それは効《き》きました」
「効き過ぎた」
 と、舟橋は言った。「目下、池原洋子と中沢竜一郎は、『親密な』交際中だ」
「まさか!」
 と、藤原が目を丸くする。
「本当だ。——幸い、今のところは、写真週刊誌も気付いとらん。しかし、もし、ばれたら、なつきもさやかも、映画どころじゃなくなるぞ」
「そ、そりゃそうですね」
「そうなる前に、何とかブレーキをかけるんだ」
 と、舟橋は言った。
「分りました。中沢さんに話してみましょう」
 と、藤原は肯《うなず》いた。「困ったもんですね。あの年齢《とし》で火遊びじゃ」
「あの年齢だから、火遊びするんだ」
 と、舟橋は、もっともなことを言って、「どうしても止まりそうもなかったら……」
「どうします?」
「その時はその時だ。やりようがある」
 舟橋は、ポンと藤原の肩を叩いて、「さし当り、あの亭主と話し合え。分ったな」
「分りました」
「池原洋子の方には、事務所を通して、注意しとく」
 舟橋は、ちょっと息をついて、「何としても、『母娘坂』は成功させるんだ。大スターが生まれるかどうか、これにかかってるんだからな」
 と、力強く言った。
 
「ワハハ」
 と、浜田宏実が笑った。
「笑うな」
 と、さやかは不機嫌である。
 ここは記者会見の出席者のための、控室だった。さやかは、いささか時代遅れのデザインのセーラー服姿。
 覗《のぞ》きに来た宏実が、それを見て、笑ってしまったのである。
「せめて、ドレスでも着たかった」
「いいじゃない。清純そうに見えるよ」
「じゃ、本当は何だってのよ」
 と、さやかは苦笑いした。
「あら宏実さん」
 と、母のなつきがやって来る。
「わあ、さやかのお母様、シック!」
 と、宏実が、落ちついたスーツ姿のなつきを見て、声を上げる。
「これじゃ、戦後間もなくの物語だわ」
 と、さやかは言った。「お母さん、挨《あい》拶《さつ》は考えた?」
「藤原さんが考えてくれるんじゃないの?」
「まさか。自分で考えてしゃべるのよ」
「あら、大変」
 と、なつきはのんびり言った。「でも、何とかなるわよ」
 なつきは、ソファの所へ行って、座り込んだ。
「——度胸だけはベテラン女優」
 と、さやかが、母親を見て、感心する。
「生まれつき、素質があったのかもね。さやかも」
「やめてよ。これ一本でおしまい。——ね、高林さんのこと、何か聞いた?」
「あれから、ずっと休んでるのよ。何だか、熱が下がんないとか、連絡が来てるんですって」
「熱が?」
「さやかに振られたショックじゃないの」
「やめてよ、子供じゃあるまいし」
「川野さんも、苛《いら》立《だ》ってるみたい。しばらくは近寄らない方がいいかもよ」
「そうね」
 さやかは、いささか気が重い。
 ま、熱を出そうとどうしようと、高林は自業自得としても、あの時、少《ヽ》し《ヽ》強く言い過ぎたかな、とも思っていたのだ。
 ——共演者、監督、プロデューサー、といった面々が控室へ入って来て、急にざわつき始める。
「じゃ、会場を覗《のぞ》くね」
 と、宏実が一《いつ》旦《たん》控室を出て行くと、入れかわりに、藤原が戻って来た。
「藤原さんがいないと心細いわ」
 と、なつきは言った。
「大丈夫ですよ」
 藤原は、そう言って、「あの——今日、ご主人は?」
「うちの主人? 来られないとか言ってたわ。仕事が忙しいんでしょ」
「そうですか」
「主人に何か?」
「いや、そうじゃないんです」
 藤原は、気がとがめていたのだ。
 自分が、なつきたちをこの世界へ連れて来た。そのせいで、もし、中沢竜一郎が本当に……。
 確かに、なつきは、出歩くことも多くなったし、夜遅く帰ることも、珍しくない。夫としては、色々、面白くないこともあるだろう。
 ——俺《おれ》の責任だ、と藤原は思った。
 何とかして、中沢家を、元の通りに戻してやらなければ。池原洋子との浮気が、誰にもばれないうちに、中沢竜一郎をいさめるのだ……。
「そろそろ時間ですので」
 と、声がかかる。
「じゃ、行きましょう」
 と、藤原は、なつきを促した。
 
 さやかは、母について会場へ入ってみて、仰天した。
 凄《すご》い人! 百人? いや、百人どころじゃない!
 TVカメラ用のライトが当り、ストロボが光る。
 カメラのシャッター音が、やかましいくらいだ。
 指定された席につくと、司会者が、挨《あい》拶《さつ》を始めた。
 わきに立っていた藤原は、長テーブルの前に下がった、名前を大きく書いた紙を見て、ギョッとした。
〈なつき〉と〈さやか〉の席が、入れ替っている。いや、紙の方を貼《は》るのが、間違えているのだ。
 あわてて駆けて行って、紙を貼りかえると、集まった記者たちから、笑いが起きた。
 しかし——間違えても、無理はない、と言えたかもしれない。
 母と娘であっても、この日、並んだ二人の初々しい輝きは、いずれ劣《おと》らぬものがあったからだ。
 なつきもさやかも、落ちついて、しっかりと挨拶を述べた。もちろん、二人とも、多少興奮していたのは確かである。
 カメラの、押し寄せるようなシャッター音を聞きながら、二人の頬《ほお》は紅潮して、その微笑は、すばらしく美しかった……。
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