返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 赤川次郎 » 正文

赤いこうもり傘11

时间: 2018-07-30    进入日语论坛
核心提示:10 新しい朝(木曜日) 薄暗い廊下を行くと、ジェイムスと伯爵の二人が、会田の部下たちをどかせている。「ここは我々二人でや
(单词翻译:双击或拖选)
 10 新しい朝(木曜日)
 
 
 薄暗い廊下を行くと、ジェイムスと伯爵の二人が、会田の部下たちをどかせている。
「ここは我々二人でやる」
 ジェイムスが言った。「君らは退《さ》がっていたまえ」
「しかし……」
「他にやってもらうことがあるんだ。さあ、早く!」
「はい」
 部下たちが、廊下を手前へ戻って来た。
「まず相手の位置だな」
 伯爵が言うと、驚くべき大胆さで、鉄の扉から、ひょいと身をのり出した。とたんに中から弾丸が飛んで来たが、それより早く伯爵は扉の陰へ戻っていた。
「よし、分かった」
「同時にしとめなくては」
「当然だな」
「君はこっち側を頼む。私は向う側から飛び込む」
「よし」
 ジェイムスが、後退して見ている会田の部下へ、
「いいか、私が合図したら、上の非常灯を撃ち壊すんだ」
「壊すんですか?」
 と目を丸くする。「真っ暗になりますよ」
「それでいいんだ」
「はあ……」
 ジェイムスと伯爵が拳銃を取り出す。瞳は息を呑《の》んで見守っていた。この一瞬が勝負なのだ。伯爵が扉の陰でひざをついて肯く。ジェイムスはいつでも飛び出せる態勢になると、一つ深呼吸した。そして、会田の部下へ肯いて見せる。
 会田の部下が拳銃で天井の非常灯を狙った。銃声と共にガラスの破片が散って、真っ暗になる。
「ワン」
 ジェイムスの声。
「ツー」
 今度は扉の反対側から聞こえた。
「スリー!」
 床を蹴《け》る足音がひびく。そして二つの銃声がほとんど同時に暗闇を貫いた。短いうめき声が部屋の中から洩れる。
「ライトだ!」
 ジェイムスの声が中から鋭く響く。会田の部下が慌てて懐中電灯をつけて飛び出して行った。——静寂がやって来た。不気味な静けさである。瞳は汗ばんだ手を握りしめた。今にも中から銃声が聞こえて来そうな気がする……。
 どれくらいの静けさの後だろうか、ブーンという唸りが聞こえた。何だろう? 瞳が耳をすました時だった。頭上の蛍光灯がチラチラとして、一斉に灯った。廊下にまぶしいほどの光が溢れた。
 発電機が動いたんだ! 瞳は思わず躍り上がった。助かったんだ!
 部屋からジェイムスが出て来た。
「ジェイムス!」
「済んだ。もう大丈夫だ」
 さすがに緊張の面持ちだったが、軽く微笑んで見せる。会田の部下たちが急いで部屋へ入って行った。ライトを持って飛び込んだ男が、興奮した様子でしゃべっていた。
「見ろよ! あの暗闇の中に飛び込んで、犯人たちを一発で仕止めたんだ! 神業だよ! 信じられないくらいさ!」
「やれやれ、離れ業だったが、巧く行ったよ。しかし、さすがに伯爵の腕は凄い」
 とジェイムスが感嘆する。瞳は思わず周囲を見回した。
「——伯爵は?」
 伯爵の姿は、どこにもなかった。
 
「『伯爵』ってどういう人なんですか?」
 八階の当直室で紙コップのコーヒーを飲みながら、瞳が訊いた。
「私も噂《うわさ》 以上のことは知らないんだが……」
 ジェイムスは言った。「見たとおりドイツ人だが、第二次大戦中、彼の父親はナチに殺されたのだ」
「ナチに……」
「彼の父は優秀な外科医だったらしい。ナチは父親にアウシュヴィッツ収容所で、ユダヤ人の生体解剖をやらせようとした」
 瞳は思わず息をつめて聞き入った。
「しかし」
 ジェイムスは続けて、「彼の父は断固として拒んだ。ナチの脅迫にも頑として屈しなかった。——ついに親子三人は、ユダヤ人の印をつけた服を着せられた。収容所に入れられたのだ。父親と母親は、息子の目の前で殺された」
「何てむごい……」
「彼も当然殺されるはずだった。だが、間一髪、連合軍の進攻で救われたのだ。——だが命は助かっても、彼にとって、もう世界は憎悪の対象でしかなかったのだろう。ローマ法王庁は、共産主義を怖れるあまり、ナチの暴虐に見て見ぬふりをした。連合国にしたところで、建前と本音は大きな違いがあった」
「そういえば——」
 瞳は思い出して、「さっき伯爵は『神に祈るのは時間の無駄だ』と言っていましたわ」
「そうなるのも当然だろうね」
 ジェイムスはコーヒーを飲みほした。「彼が『伯爵』と名乗って登場して来たのは、今から七、八年前のことだ。国際的な殺し屋として、その名を聞くだけで、各国の情報部員は震え上がったものだよ」
「情報部員?」
「つまりスパイさ。——伯爵はスパイ専門の殺し屋なのさ」
「じゃ、どっち側の人間なんですの?」
「どっち側でもない。そこが彼の独得なところでね。金さえ払えば、彼はどの国のスパイでも殺す。それも確実に。速やかに。つまり昨日殺したスパイの雇い主から依頼されて今日は敵国のスパイを殺すというわけさ」
「そんなこと……信じられないわ」
「だろうね。それが当然だよ。まあ今のは極端な話でね、実際に一番多いのは、敵に寝返っていたスパイ——二重スパイや、大きなミスをしでかしたスパイを消す仕事だ」
 瞳は急に怖いほどの寂しさを覚えた。ジェイムスとの、住む世界の余りに大きな違い。
「どうした?」
「いいえ。何でもありません」
 瞳は無理に微笑んだ。「——下の方は、どうしたかしら」
「警官や報道陣で満員だろうね」
 ここまで事件が広がっては、警察に伏せておくわけにもいかない。ただ、ジェイムスはあくまで一切関わりのない立場であった。
「明日の新聞には『暴力団員、病院に乱入!』とでも載るだろう」
「裕二さんの件と結びつかないかしら?」
「その心配はあるまいね。会田が巧く処理してくれるはずだよ。犯人二人は警官と撃ち合って死んだ、ということになっている」
「犯人は誰なんでしょう?」
「さて……。殺してしまったから、もう聞き出すこともできないな。この監視は失敗だ。まあ、たぶん若い血の気の多いヤクザを金で雇っただけだろうがね。たとえ生きていても、連中から事件の主犯を聞き出すのは、たぶんむりだったと思うよ」
 その時、当直室から、廊下を見通す窓の外に、工藤医師が立っているのに気付いて、ジェイムスは言葉を切った。工藤医師は話があるらしく、ジェイムスヘ肯いて見せた。何かひどく落ち着かない様子である。
「ちょっとごめんよ」
 ジェイムスが出て行くと、工藤医師は彼を廊下の少し離れた所へ引っ張って行って、何か熱心に話し出した。瞳はガラス越しに、二人の様子をうかがっていた。どこかいわくありげな話しぶりに、やや不安が募る。
 ジェイムスが何か言うと、工藤医師は固い表情になって肯き、急ぎ足で去って行った。戻って来たジェイムスの顔は、厳しかった。
「何かあったんですか?」
 瞳の質問に、ジェイムスは目を伏せた。
「——裕二君が死んだ」
 瞳は震える手で紙コップをテーブルヘ戻した。
「そんな……。だって、機械は動いたのに……」
「一時的にせよ、停止したのがショックを与えたらしい。——ついに目を覚まさなかったそうだ」
「だって……あんなに若くって……元気で……」
 ジェイムスは瞳の肩に手を置いた。
「——休みたまえ。もう見張りは終わった」
 
 朝の町へ、瞳は一人、歩み出た。——まだ空には最後の星が光っている。歩道には、人影もなく、紙くずや木の葉が風に吹かれていた。あてどもなく歩き出すと、涙が頬を伝って落ちた。心は空っぽで、何も感じない。悲しみも、苦しさもないのに、涙が次から次へと溢れて止まらないのだ。
 何てひどい! 瞳は、自分から飛び込んだ危機だと承知しながら、疲れ果てていた。ついこの間まで、ごく当たり前の一女学生だったのに、今はどうだろう。目の前で次々に人が殺され、しかも、まるで何事もなかったかのように処理されていく。命をかけた決闘で傷つき、恋を知り……。
 自分自身、ついて行けないほど、瞳は一日ごとに大人になって行った。少し休みたかった。思い切り、子供に返って、平凡な日々に浸りたかった。
「馬鹿ね!」
 そうしたければ、いくらでもできるじゃないの。もう何もお手伝いしたくない、とジェイムスに言えば、それでいい。決してあの人は無理強いなどしないだろう。しかし、それで、もう二度と彼に会うことはあるまい。
 後ろから車の音がして、追い越した所でピタリと停まった。ジェイムスのポルシェだった。窓からジェイムスが顔を出す。
「一人で黙って出て行ってしまうから心配したよ」
「すみません」
「お宅まで送ろう。乗りなさい」
「ええ……」
 瞳はジェイムスの隣に座った。——エンジンをかけようとする手を押さえ、自分から彼の胸に身を投げかける。
「どうした?……しっかりしなさい」
 瞳はもう何も聞こえなかった。夢中で彼にすがりついた。やがて逞《たくま》しい腕が、力強く瞳を抱きしめ、唇が触れ合った……。
 
「お父さん、お母さん、しばらく日記お休みしてごめんなさい。色々なことがあって——本当に色んなことがあったのよ。全部詳しく書いたら、この日記帳全部使ったって足らないでしょう。
 私、恋をしています。今までのように、ほのかな憧れとか、片想いとは違って、本当に大人の恋です。相手の男性はお父さんみたいな、とても粋な紳士です。でも結婚はできないでしょう。その人とは、ほんのわずかの間のことかもしれないけど、それでもいいの。私が満足して、幸せなんだからいいでしょ?
 本当に、佐野先生じゃないけど、恋人を抱くように、ヴァイオリンを抱けっていう言葉が、よく分かるような気がして、さっき『ユーモレスク』を弾いてみました。何だか、ヴァイオリンが自分の一部になったようで、とても良く弾けました。
 お父さんの言ったように、本当にヴァイオリンは『歌い』『すすり泣く』んですね。技術だけではどうしようもないことがあるんだな、と初めて思いました……」
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%