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花嫁は歌わない05

时间: 2018-07-31    进入日语论坛
核心提示:4 出会い 亜由美は寝返りを打った。 眠《ねむ》れないわけではない。大体が度胸の点では誰《だれ》にもひけ[#「ひけ」に傍
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 4 出会い
 
 亜由美は寝返りを打った。
 眠《ねむ》れない——わけではない。大体が度胸の点では誰《だれ》にもひけ[#「ひけ」に傍点]を取らない亜由美である。
 たとえ殺人者が迫《せま》っていても、グーグー眠っているに違《ちが》いない。こんなことを知ったら、殿永が、きっと飛んで来て、亜由美を送り返しただろう。
 眠ってはいたのである。眠ってはいたのだが、しかし……。
 首筋に、チュッと冷たいキス。そして胸をまさぐる手……。
「こらあっ!」
 はね起きた亜由美は大声を出した。「命が惜《お》しくないのか!」
 パッと明りが点《つ》いて、「臨時《りんじ》の夫」たる、茂木|刑事《けいじ》が、あわててメガネをかけながら、パジャマ姿で、寝室《しんしつ》の入口に立っていた。
「ど、どうかした?」
「あら、あんたじゃなかったの?」
 亜由美は目をパチクリさせて、「そうか。——こら、ドン・ファン! 出てらっしゃい!」
「クゥーン……」
 もの哀《がな》しい声を出しながら、ドン・ファンが、長い胴体《どうたい》をベッドの下から現わした。申し訳なさそうな目で、亜由美を見上げるのが、何ともおかしくて、つい怒《おこ》れなくなってしまうのである。
「全くもう! お前と来たら、女の子のベッドに潜《もぐ》り込《こ》むことばかり考えて。それでも犬なの?」
「ワン」
「まるでどこかの刑事《けいじ》さんみたいよ」
 それを聞いて、茂木が、
「それは——僕のこと?」
「ゆうべ、私のベッドに入り込んで来たじゃないの」
「あれは寝《ね》ぼけてて間違《まちが》えたんだと言ったじゃないか!」
 と、茂木はむきになって言った。
「怪《あや》しいもんだわ」
「前にも言った通り——」
 茂木は姿勢を正して、「君は僕の好みじゃないんだ!」
「あ、そう。好みじゃなくて幸いだわ」
 亜由美は欠伸《あくび》して、「あーあ。目が覚めちゃったじゃないの。今何時?」
「午前……二時だよ」
「もう一眠《ひとねむ》りしなきゃ」
 と言ってから、亜由美は、ふと何か思いついた様子。「そうだ。ねえ、もう私たちここに一週間もいるのよ」
「分ってるよ」
 茂木も欠伸をした。「もともと、ここで夫婦のふりをして、情報を集めようって、言い出したのは君の方だ。何もつかめないからって僕に文句を言われても——」
「文句なんか言ってないじゃない」
 亜由美は、パジャマ姿で、ベッドから出て来ると、
「一週間もいるんだから、そろそろちょっとやってみてもいいんじゃないかと思ったの」
 と言った。
「な、何を?」
 茂木が、顔を赤らめた。
「何考えてんの? 夫婦|喧嘩《げんか》よ」
「喧嘩?」
「そう。近所の人が飛び起きるような派手なやつ。——いかが?」
「ふむ……」
 茂木は、ちょっとメガネを直すと、「面白いね」
「じゃ、お皿《さら》と茶碗《ちやわん》。——どれでもいいわよ。みんなどうせ安物なんだから」
 亜由美は腕《うで》まくりをした。「ドン・ファン。けがするといけないから、ベッドの下へ入っといで」
「はいはい」
 とは言わなかったが、ドン・ファン、いそいそと、ダックスフント特有の長い体で、再びベッドの下へと消えた。
 ——数分後、ガチャン、バリン、ドタン、バタン、ドシン——と、派手な音が廊下《ろうか》にまで響《ひび》きわたった。
「やめて、あなた!」
「何だっていうんだ、こいつ!」
「お願い、もうよして!」
 ——声だけ聞いていると、妻が夫に暴力を振《ふ》るわれているという感じだ。
 この騒《さわ》ぎはしばし続き、いくつかのドアが開いて、奥《おく》さんたちが顔を出した。不思議と、顔を出すのは女性ばかりである。
「——凄《すご》いわねえ」
「あの旦那《だんな》さん、一見|大人《おとな》しそうだけど……」
「ああいう顔は、サディストが多いのよ」
 などと、勝手なことを言い合って、また引っ込《こ》んでしまう。
 やっと、物音が静まったころ、四〇四のドアが開いた。永田が、パジャマの上に、カーディガンをはおって、サンダルを引っかけ、四〇二のドアの前に来ると、ちょっとためらってから、チャイムを鳴らした。
 しばらくしてから、インターホンで、
「はい」
 と、亜由美の声。
「あの——永田ですが。実は、娘《むすめ》が、目を覚まして、その——心配しているものですから」
「まあ。すみません」
 と、インターホンで、亜由美が答える。「起こしてしまって、本当に……」
「いや、それはいいんですが、あの——大丈夫《だいじようぶ》ですか?」
「ええ。どうぞご心配なく」
「いや、それなら——。どうもすみませんでした。余計なことを」
 と、永田が、ためらいがちに言った。
「いいえ。こちらこそ、わざわざどうも」
「では……」
 永田が四〇四へと戻《もど》って行く。
 ——四〇二の中では、亜由美がフウッと息をついて、
「ああ、せいせいした!」
 と伸《の》びをすると、「ストレス解消に、お皿《さら》を叩《たた》き割るってのはいいわね」
 派手に砕《くだ》けた皿や茶碗のかけらを眺《なが》めていた茂木は、やがて笑い出した。
「どうしたの? 何かおかしい?」
「いや、君は全くユニークな人だ」
 と、まだ笑いながら、「とても僕にはかなわないや」
「今ごろ分ったの?」
 と、亜由美は澄《す》まして言った。「——さて、片付けるのを手伝ってよ」
「OK」
 茂木も、なんとなくふっ切れたように気楽な感じになって、用心深く、かけらを拾い集めた。
「でも、あの永田って人、凄《すご》く優しいわよ」
 と、亜由美が言った。
「女房《にようぼう》を殺されてるんだ。何かあると思うけどね」
「でも、子供は可愛《かわい》がってるわ。由里ちゃんっていって、五つなの。結構私になついてるのよ」
「昼間、父親が会社へ行ってるときはどうしてるんだ?」
「保育園よ。永田さんも大変みたいよ」
「ふーん。子供ってのは手間がかかるもんだからな」
「あら、分ったようなこと言って。子供がいるの?」
「ま、まさか! はたから見てりゃ分るじゃないか」
「どうでもいいけど、そこ、気を付けて。——危い! かけらが——」
「ワッ!」
 目につかなかった茶碗のかけらを、まともに踏《ふ》んづけたのだ。茂木は、みごとに引っくり返った。
「ほら、言わんこっちゃない! 血が出て来たわよ。——それで押《おさ》えて」
 亜由美は、急いで救急箱を持って来ると、茂木の傷の手当をしてやった。
「いや……すまん」
 茂木は青くなっていた。「僕はどうも——けがをすると痛くて」
「当り前でしょ。足をけがして、私が危くなったりしたとき、どうするのよ? 頼《たよ》りないボディガードなんだから」
 亜由美は、消毒用のオキシフルを、茂木の傷口にたっぷりとかけてやった。
「ギャーッ!」
 茂木が悲鳴を上げ、その声に、また、何人かの奥《おく》さんが、廊下《ろうか》へ出て来たのだった……。
 
「神田さん」
 そう呼ばれて、すぐに自分のことだと分るようになったのは、やっとここ二日間ぐらいのことである。
 念のため、と、聡子の姓を借りて来たのだが、結構ぼんやりしていると、すぐ忘れてしまうのである。
 これじゃ、本当に結婚《けつこん》しても、当分は塚川と呼ばれなきゃ、返事もしないかもしれないわ。
「はい……」
 亜由美は、適当に間を置いて、返事をした。
 いつもの調子で、元気良く返事をするわけにはいかないのだ。この団地では、亜由美は、「気の弱い、夫にしいたげられている(!)妻」というイメージなのだから。
 ここは、亜由美が入っている棟《とう》の前の遊び場。——今は、まだ昼前なので、あまり子供の姿はない。
 亜由美は、ドン・ファンをお供に、団地の中にあるスーパーマーケットで買物をして、帰りがけであった。
 ドン・ファンがいくらフェミニストでも、荷物持ちとしては役に立たない。
 ベンチに腰《こし》をおろして、一休みしているところへ、声をかけられたのである。
「あ、どうも」
 亜由美は、弱々しく頭を下げた。
 今日は特に弱々しくていいのだ。ゆうべ、夫の暴力でけがをした、という設定[#「設定」に傍点]で、額のあたり、少々派手に包帯を巻いているからである。
「まあ、どうしたの、その包帯?」
 やって来たのは、この団地の管理組合の理事をしている夫人で、名前は安井常子といった。もう五十代だが、格好はいやに若々しい。
「あ、いえ——ちょっと」
 亜由美は、わざとらしくごまかして、「あの——この犬のことでしょうか」
 と、話をそらした。
 ここへ入ってすぐ、
「犬を飼《か》われちゃ困るわ」
 と、文句を言いに来たのが、この安井常子なのである。
 そのときは平謝《ひらあやま》りで、誰《だれ》かもらってくれる人を捜《さが》すので、その間、待って下さい、と頼《たの》んだのだった。
「転んだかどうかしたの?」
 安井常子は、ドン・ファンのことなど目もくれず、
「大分ひどく打ったみたいね」
 と、顔をしかめた。
 ——情報通の、この安井常子が、ゆうべの四〇二号室の大騒《おおさわ》ぎを知らないはずがないのだ。
 知っていて、こう言っているのだ、と亜由美は思った。
「ちょっと……家具にぶつけて」
「そう。気を付けなきゃだめよ」
 と、安井常子は、肯《うなず》きながら言った。「家具の方から、飛んで来たんじゃないの?」
「は?」
「いえね、ちょっと小耳に挟《はさ》んだものだから。——ゆうべは大変だったとか」
「ええ……」
「ご主人は?」
「今日は家にいます。何だか会社へ行く気がしないとか言って」
「それで、お宅へ帰りたくなくて、こんな所にいるのね? 分るわ。でも、元気を出してね」
 と、勝手に分ってくれている。
「あの——この犬のことですけど」
 と、少々|哀《あわ》れっぽい声を出して、「もうしばらく待っていただけませんか。私にとっては、たった一人の友だちなんです」
 グスン、と涙《なみだ》ぐんだりして、我ながら名演技だ、と亜由美は思った。
「ええ、いいわよ。私だって、そう話の分らない人間じゃないんだから」
「ありがとうございます!」
 と、亜由美は頭を下げた。
「ねえ、あなた一度、うちへ遊びに来ない?」
「お宅へですか? でも——お邪魔《じやま》では——」
「そんなの構わないのよ。今日は私、ちょっと用があるけど、明日の午後なら。ね? いらっしゃいよ」
「ええ。それじゃ……」
「そのワンちゃんも連れて来ていいわよ」
 安井常子は、何となく色っぽい目つきでドン・ファンを見ると、フフ、と笑って、「抱《だ》き心地が良さそうね。——じゃ、明日、お昼過ぎにね。待ってるわ」
「はい。ありがとうございました」
 亜由美は、立ち上って、頭を下げた。安井常子は、いそいそと歩いて行ってしまう。
「こいつはどうも……」
 何かありそうだわ、と亜由美は思った。「——ね、ドン・ファン」
「クゥーン」
 と、ドン・ファンが鼻にかかった声を出す。
 そして、ちょっと亜由美の肩越《かたご》しに向うを見て、ワン、と鳴いた。
「あら」
 振《ふ》り向くと、永田が、由里の手を引いて歩いてくるところだった。やはり買物の帰りらしく、紙袋をかかえている。
「あ、ワンちゃんだ」
 と、由里が嬉《うれ》しそうな声を上げた。
 こういう団地では、犬や猫《ねこ》の姿を見かけることがないので、子供には珍《めずら》しいのだろう。
「あ、ゆうべはご心配をおかけしました」
 と、亜由美は礼を言った。
「いや、とんでもない。こちらこそ、余計なことを言って——」
 永田は、亜由美の額の包帯を見ると、言葉を切って、表情をこわばらせた。
「ね、お姉ちゃん、ワンちゃんと遊んでていい?」
 と、由里がドン・ファンの方へ、こわごわ手を伸《のば》す。
「ええ、いいわよ。この犬はおとなしいから大丈夫《だいじようぶ》」
 いくらドン・ファンでも、相手が五つの女の子では、スカートの中へ入り込《こ》んだりしないだろう。離《はな》してやると、由里とドン・ファンは砂場で遊び始めた。
「——けがをしたんですか」
 永田が、亜由美と並《なら》んで座った。
「ええ。大したことないんですの。包帯が大げさなだけで」
 と、亜由美は微笑《ほほえ》んで見せた。
「しかし、ゆうべは……」
「夫婦|喧嘩《げんか》ですわ、ごくありふれた。ただ、主人は、カッとなりやすい人なので」
 自分の方がよほどカッとなりやすい。
「何ですね、暴力はいけないな」
 と、永田は首を振って、言った。「まあ——あまり人のことは言えませんが、私も妻を殴《なぐ》ったりしたことはありませんでした」
「優しいんですね」
「いや……。ご存知でしょう、妻のことは」
「——殺された、とか。お気の毒です。犯人はまだ?」
「ええ。手がかりがないようです。しかし、ホテルでシャワーを浴びていて殺されたとなると、周囲の人がどう思うか……」
「分りますわ」
「私の方は、一応アリバイを認めてくれましたがね。こうなると、今度は女房《にようぼう》を寝取《ねと》られた哀《あわ》れな亭主《ていしゆ》、というわけですよ」
「他の人のことは、放っておいた方がいいですわ」
 と、亜由美は言った。「誰《だれ》だって、人の家のもめごとは面白いものです」
「全くですね。いや、これはつい余計な話になってしまった」
「いいえ……」
 ——しばらく、当りさわりのない話をしてから、永田は、由里の手を引いて、帰って行った。
 由里の方がまだ未練があったようで、振り向いて、ドン・ファンの方へ手を振ったりしている。
「さて、と——」
 亜由美はドン・ファンの頭を、ちょっと撫《な》でて、
「こっちも帰りましょ。あのヘボ刑事《けいじ》さんが、お腹|空《す》かして死んじゃうかもしれない」
「ワン」
 亜由美は歩き出した。
 そのとき、誰かが素早く歩き出したのが目に入って、亜由美はそっちへ目を向けた。
 じっとしていたら——あるいは、ごく当り前に歩き出したら、たぶん亜由美は何とも思わずに見過していただろう。しかし、その女は、急に亜由美の方に背を向けて、いやにあわてた様子で、歩き出したのである。
 誰だろうか? 亜由美は、ちょっと迷ったが、すぐに後を追いかけようと決心した。
 向うは、ほとんど走るような足取りで、団地を出ようとしている。グレーの、地味なフードが、まるでマントのように翻《ひるがえ》っていた。
 若い女だ、とその歩き方や印象で、亜由美は考えた。
 向うが、チラッと振《ふ》り向いて、亜由美がついて来るのに気付いた。しかし、はっきり顔が見えるところまではいかなかった。
 とたんに、その女が、走り出した。
「待って! ねえ、待って!」
 亜由美は叫んだ。「ドン・ファン、追いかけて!」
 ドン・ファンが、短い足を、めまぐるしい勢いで動かしながら、その女を追って行く。もちろん、亜由美も走っているのだが、何しろサンダルをはいているので、走りにくいこと。
 といって、団地の誰が見ているか分らない。夫の暴力を、じっと泣きながら堪《た》え忍《しの》んでいる若妻が、まさかサンダルを脱《ぬ》いで裸足《はだし》で走り出すわけにもいかないのである。
 女は、広い通りに出ると、ちょうど走って来たタクシーを停《と》めた。乗り込《こ》もうとするところへドン・ファンが——。
「やめて! あっち行け! こら!」
 女が、焦《あせ》って叫《さけ》んだ。ドン・ファンがスカートをくわえて、離《はな》さないので、タクシーに乗れないのである。
 亜由美も駆《か》けて来る。女は、手にしていたバッグでドン・ファンの頭を思い切り殴《なぐ》った。
「キャン!」
 と、一声、ドン・ファンが飛びすさる。
 が、殴ったはずみで、バッグの中身が、道へ散らばった。
 女は、それを拾う間もなく、タクシーに飛び込むようにして、ドアを手で閉めた。
 亜由美が駆けて来たときには、もうタクシーは走り出してしまっていた。
「逃《に》げられた……」
 と、息を弾《はず》ませ、「ドン・ファン、大丈夫?」
「ワン」
 ドン・ファンは、ちょっと胸をそらして、抗議《こうぎ》でもするように、鳴いた。まあ無理もない。
 ともかく至って大事にされている犬である。あんな風に殴られて、プライドを傷つけられたのかもしれない。
「でも、何か落として行ったわよ」
 と、亜由美は、女のバッグから飛び出した物を拾い集めた。「—見て! 手帳」
 財布《さいふ》はなかったが(あっても役に立たないが)、手帳で女の身許《みもと》が分れば……。
 小さな、白い、女性用の手帳だった。
 一番最後のページ、本人のことを記入する欄《らん》を見たが、そこは何も書いていなかった。いつも持っているのだから、と面倒《めんどう》で、書かなかったのであろう。
「これじゃ分らないわね……」
 それにしても、なぜ亜由美から[#「亜由美から」に傍点]逃げようとしたのだろう?
 住所録に、いくつもの名前がある。——それを見て、亜由美は唖然《あぜん》とした。
「何よ、これ!」
 と、「嘆《なげ》きの若妻」らしからぬ声を、上げていたのである……。
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