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花嫁に捧げる子守歌03

时间: 2018-07-31    进入日语论坛
核心提示:3 過去の血 秀美は、一人でピアノを叩《たた》いていた。 弾《ひ》いていた、と言いたいところだが、それほどの腕前《うでま
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 3 過去の血
 
 秀美は、一人でピアノを叩《たた》いていた。
 弾《ひ》いていた、と言いたいところだが、それほどの腕前《うでまえ》じゃない。
 でも——どうしてこんな所にピアノがあるのかしら?
 いつも、ここへ来る度に、秀美は首をひねるのだった。
 お昼休み。大学の会議室の一つ。ここにピアノが置いてあるのだ。
 講堂にグランドピアノがある、というのは分る。一応、入学式や卒業式で使うことがあるからだ。
 でも、こんな会議室に……。
 たぶん、講堂のピアノを買い替《か》えたとき、古いのを、捨てるのももったいないと、空いていたこの部屋へ一旦《いつたん》移して、それきりなのだろう。
 時々、秀美はこの部屋へ来て、ピアノを弾く。いや、叩く。
 ふっと寂《さび》しくなるとき。いやなことがあったとき。そして、昔のことを思い出したとき……。
「お姉さん……」
 と、秀美は呟《つぶや》いてみる。
 いや、本当は、「お姉ちゃん」と呼んでいたのだ。何しろ、姉、聖美が死んだとき、秀美は十二|歳《さい》だったのだから。
 秀美は、姉が死んで、泣いた記憶《きおく》はなかった。もちろん両親は泣いたし、あの大内も泣いた。
 でも、秀美は泣かなかった。——姉がもう長くないということは、大分前から分っていたし、その前後のあわただしさで、ただ疲《つか》れていたからだ。
 ——コトン、と音がして、秀美は、振《ふ》り向いた。
 誰《だれ》かいるのだろうか? しかし、別にそんな様子でもない。
 秀美は、肩《かた》をすくめて、またピアノのキーを叩《たた》いた。
 姉さんは、ピアノが上手《じようず》だった。
 だって、三歳のときから、ずっと習っていて、先生も、とても有名な人だったから。もちろん、小さいころに始めて、有名な先生につけば、誰でも上手になるってものじゃないだろうが。
 姉に比べると——秀美は至って無器用だった。何をやってもうまくできない。
 お姉ちゃんがやってるんだから。そう言って、ピアノを習わせてもらったが、ちっとも上達せず、秀美自身もいやになり、親の方も諦《あきら》めてしまった。
 大体、何事によらず、両親は、姉の聖美に大きな期待をかけていたし、また聖美はそれに充分応《じゆうぶんこた》えていたのだった。
 そう。——十二歳の秀美は、姉のことを、少しねたんでいたし、何かというと、お姉ちゃんの方ばかりが目立つので、面白くなかった。
 姉が死んだとき、秀美は、そっと心の中で言ったものだ。——狡《ずる》いよ、お姉ちゃん、と……。
 お互《たが》いに、もっともっと大きくなれば聖美は結構|平凡《へいぼん》な結婚《けつこん》をして、普通の奥《おく》さんになり、秀美の方は、何かパッと目立つ子になって、有名になっていたかもしれないのに。
 でも、聖美は死んでしまった。一番美しい時期に、その輝《かがや》きを遺《のこ》したままで、いなくなってしまった。
 おかげで私、いつになっても、お姉ちゃんにはかなわない。
 もちろん、今となっては、秀美は姉の苦しみと、それに堪《た》えて、最後まであのチャーミングな笑顔を絶やさなかったことの凄《すご》さが——それがどんなに苦しいことだったかが、よく分る。それを考えただけで涙《なみだ》が出て来るくらいだ。
 でも、十二歳の秀美には、そこまでは分らなかった。そして、そのとき、姉を恨《うら》んだという思いは、今も秀美の中に、重く、罪悪感となって残っている。
 ——コツ、コツ。
 足音がした。秀美は、ふと微笑《ほほえ》んだ。
 木村君だわ。きっと、そう。あれでも足音をたてないようにしてるつもりなんだ。
 そっと近付いて来て、「ワッ!」とおどかすつもりなんだろう。いいわ。気付かないふりをしてやろう。
 コツ、コツ、コツ……。
 足音は、秀美の背後に回って来た。——これでも足音を忍《しの》ばせてるつもりなのかしら?
 秀美はおかしくなって、笑い出しながら、
「何の用なの?」
 と、振《ふ》り向きかけた。
 と——突然《とつぜん》、鋭《するど》い痛みが脇腹《わきばら》に走った。サッと血がほとばしって、ピアノの白鍵《はつけん》の上に散った。
 相手の顔を見る間もない。タタタッと足音が出口の方へ。
 秀美は、立ち上ろうとして、よろけた。急に激《はげ》しいめまいを感じた。
 何があったの? どうしたっていうの?
 痛む所を手で押《おさ》えると、ヌルッと滑《すべ》った。血だ! 血が——でも——どうしてこんなことが——。
「誰か……」
 と、歩き出そうとして、そのままクルリと回ると、ピアノの鍵盤《けんばん》に体を叩《たた》きつけるようにして倒《たお》れた。
 ガーン、とピアノが鳴った。——これが、秀美の命を救ったのだ。
 ちょうど、この会議室の前を通りかかった男の学生が、
「何やってやがんだ?」
 と、ドアを開けて覗《のぞ》き込《こ》んだのである。
 机の陰《かげ》になって、初め、倒れている秀美の姿は見えなかった。肩《かた》をすくめて、そのままドアを閉めようとしたとき、白い足がチラッと目に入った。
 この男子学生、もしかすると、誰かが中でラブシーンを演じているのかもしれないと思ったのだった。
 ちょいと覗いてやれ。——と、足音がしないようにそっとピアノの方へ進んで行って……。
 会議室を出て来たときは、真青になり、膝《ひざ》がガクガク震《ふる》えていたというのは、少々情ない話である……。
 
「どうもねえ」
 と、殿永|刑事《けいじ》が首を振《ふ》った。
 亜由美はカチンと来て、
「じゃ、私のせいだって言うんですか? ええ、どうせ私は疫病神《やくびようがみ》ですよ」
 とふくれた。
 殿永は苦笑して、
「誰もあなたのせいだなんて言っていませんよ」
「そういう顔をしてます」
「生れつきでしてね、この顔は。たまには取り換《か》えられるといいんですが」
 と、殿永は真面目《まじめ》な顔で言った。
 ここは、中原秀美の刺《さ》された現場である。——もちろん、学生がワンサと押《お》しかけているが、会議室の中へ入れたのは、亜由美と聡子のみ。
「でも、秀美さん、大丈夫《だいじようぶ》なのかしら?」
 と、聡子が心配している。
「今、病院の方から連絡があったところでは、何とか命は取り止めそうだということです」
「良かった!」
 亜由美は、ホッと息をついてから、「でも分らないわ。どうして——」
「あなたの近くで、よく事件が起りますね」
 と殿永が言うと、またカチンと来て、
「どうせ私のせいだと——」
「いや、そうじゃありませんよ」
 殿永は遮《さえぎ》った。「あなたが首を突《つ》っ込《こ》みたがる状況《じようきよう》で起るからです。あなたにとって、危険だと思って言ってるんですよ」
「私のことなんか、どうでもいいんです」
 亜由美は、内心では、やっぱり刺《さ》されない方がいい(当り前だが)と思いつつ、言った。
「ただ、私が大内さんのことを彼女に訊《き》いたのが原因で彼女が刺されたのかどうか、それが気になるんです」
「それは何とも言えませんね」
「そんなことはありませんよ、とか、気休めにでもおっしゃって下さればいいのに」
 と、亜由美は恨《うら》めしげに殿永を見た。
「私は正直でしてね」
 と、殿永は言った。「公務員は、嘘《うそ》をついてはいけないのです」
「変なの」
 と、聡子が、呆《あき》れたように言った。
「ただ、あなたが中原秀美と話をしたことを、誰が知っていたか、という問題がありますよ」
 亜由美はハッとして、
「そうだわ! もしかして——」
「どうしました?」
 亜由美が思い出したのは、秀美と木村の二人を、暗い眼差《まなざ》しでじっと見つめていた女の子のことだった。
「いえ——何でもありません」
 と、亜由美は首を振った。
「何かあるんでしょう」
「いえ、思い違《ちが》いです」
 殿永は、ため息をついて、
「頑固《がんこ》ですからな、あなたは」
「お互《たが》いさまです」
 と、亜由美は言い返してやった。
 ——もちろん、殿永に、あの女の子のことを話しても良かったのだが、何だか、責任|逃《のが》れのような気がして、いやだったのである。
「——ともかく、目撃者《もくげきしや》を当ってみましょう。あんまり期待できませんがね」
 殿永の方も、やや諦《あきら》めムードだった。
 そう。お昼休みに、わざわざこんな所へ来る学生というのは、めったにいない。それだけ、秀美が早く発見され、一命を取り止めたのは、幸運だったとも言えるわけだ。
「中原秀美に恋人《こいびと》はいたのかな?」
 と、殿永が言うと、聡子が、
「木村君だわ、それなら」
 とすかさず言った。「木村|重治《しげはる》君です。ここの助教授の息子《むすこ》さんですわ」
「木村、ね。——よし、当ってみましょう」
 と、メモを取っていると、
「その必要はありません」
 という声がした。「僕《ぼく》が木村です」
 会議室を覗《のぞ》き込んでいる学生の一人だった。殿永が肯《うなず》くと、見張っていた警官が、木村を中に入れた。
「——事件のことは聞きました」
「彼女のこと、心配だろうね」
「もちろんです。とても優しい子ですよ。人に恨《うら》まれるなんて、考えられない」
「しかし、実際に刺《さ》されているんだからね」
「分ってます」
「どんなにいい人間だって、恨まれることはあるよ。いい人だという、そのことが、憎しみの対象になることもあるんだからね」
 殿永は、さりげなく、教訓めいたセリフを口にすると、「——どうだろう、彼女に敵はいなかった?」
 と訊《き》く。
「まさか——」
 木村が、言いかけて、口をつぐんだ。
「まさか——何だね?」
「いえ……」
 と、木村がためらっていると、
「おい、重治!」
 と、声がして、堂々たる体格の木村助教授が、警官などまるきり無視《むし》して、入って来た。
「お父さん」
「こんな所で何をしているんだ」
「中原君が——」
「だからよせと言ったろう。変な女と係《かかわ》り合うと、ろくなことにはならん」
「彼女は変な女じゃないよ、お父さん」
「人に恨まれて殺されるなんてのは、当人もまともじゃないからだ」
 と、断定的な口調で言うと、殿永の方を向いて、「あんたが担当の刑事《けいじ》かね」
「そうです。今、息子《むすこ》さんにお話を——」
「息子は何も知らんよ。親の私が良く知っている」
「しかし——」
「ともかく、これ以上、息子の繊細《せんさい》な神経を傷つけないでくれ。息子は、中学校時代、ノイローゼ気味になったこともあるんだ。もしこれ以上君が訊問《じんもん》をつづけたいのなら、こちらも弁護士を立てることにする」
 殿永は、ため息をついた。
「——分りました。引き取っていただいて、結構です」
「当然だ」
 と、父親の方は胸を張《は》っているが、息子の方は、といえば、きまり悪そうにうつむいているばかり。それはそうだろう。
「もし、何か思い付いたことがあったら、連絡して下さい」
 殿永は、明らかに、何か言いたげな木村重治の方へそう言った。しかし、父親に促《うなが》されて、息子の方は、ただ黙《だま》って会議室を出て行く。
「甘《あま》えん坊《ぼう》なのね、要するに」
 と、聡子が言った。
「それだけでしょうかね」
 殿永の言葉に、亜由美は眉《まゆ》を寄せて、
「というと——何か?」
「あの父親の方ですよ」
「木村先生?」
「なぜか知らないが、何かに怯《おび》えている。そう思いませんか」
 ——そう。怯え[#「怯え」に傍点]か。言われてみて、亜由美も思い当る。
 今の木村の高圧的な態度は、「弱い犬がキャンキャン吠《ほ》える」のと似《に》ている。
 何か、探られたくないことがあるのではないか。——亜由美は、そう思った。
 
「とんでもないことになったわ」
 と、裕子は、深々とため息をついた。
「そう気落ちしないでよ」
 亜由美は、裕子の肩《かた》を叩《たた》いて、「何も、秀美さんが刺《さ》されたのと、あなたたちのことと、関係あると決ったわけじゃないんだから」
「慰《なぐさ》めてくれるのはありがたいけど……」
 裕子は、沈《しず》み込《こ》んでいる。
 大学のキャンパスには、もうほとんど人の姿がない。そろそろ夜の中に、校舎も何もが溶《と》け込んで行く時間である。
「もう、帰ろうよ」
 と、亜由美が促《うなが》した。
「いいの。先に帰って」
「でも——」
「私、和男さんを待ってるから」
 何のことはない。落ち込んでいても、しっかりデートはしようというわけだ。
「それならそうと言ってよ。心配して、損《そん》しちゃった」
 亜由美の言葉に、裕子は、やっと笑顔を見せて、
「ごめん。別に隠《かく》してたわけじゃないのよ」
「そりゃ、今さら隠したってね」
「うん、そうなの」
 裕子は肯《うなず》いた。「いっそ、知れたのなら堂々と会おうって。その方がいい、と思ったの」
「その意気よ」
 と、亜由美は微笑《ほほえ》んだ。「事件の方は、私に任せといて。でも、あなたも、よく気を付けるのよ」
「大丈夫。和男さんがついててくれるわ」
「ごちそうさま」
 と、亜由美はわざとシラケて見せた。
 そこへ、
「おい! 遅《おく》れてごめん!」
 と、声がして、大内和男が小走りにやって来るのが見えた。
「和男さん」
 裕子は、自分から駆《か》けて行って、大内の腕《うで》を取った。——前の裕子なら、決してこんなことはしなかっただろう。
 却《かえ》って、あの写真|騒《さわ》ぎが、裕子を女として大胆《だいたん》にしたのかもしれなかった。だとすれば、皮肉なものである。
「やあ、塚川君。今日は大変だったね」
 もちろん、秀美が刺されたことを言っているのだ。
「本当ですね。いやだわ、あんなことが起るなんて」
 と、亜由美は言った。「ねえ、大内さん、刺《さ》された子、知ってます?」
「中原——とかいうんだろ? 名前は聞いたけど、僕は知らないよ」
 すると——と、亜由美は考えた——大内は、秀美が、かつての恋人《こいびと》の妹だということを、知らなかったのだろうか?
 もちろん、女の子は、十二歳と十九歳では別人のように変るものだ。たとえ大学の中で顔を合わせたとしても、秀美には大内のことが分ったかもしれないが、大内に秀美のことは見分けられない。
 何しろ同じような年代の女の子が何千人もいるのだから。
「これから、どうする?」
 と、裕子が訊《き》いた。
「そうだな。いっそぐっと目立つように、六本木《ろつぽんぎ》にでも出てみるか」
「そんなの変よ」
 と、裕子は首を振《ふ》って、「自然にやりましょう。私たちなりに、当り前に」
「そうだな」
 と、大内は肯く。「塚川君も、一緒《いつしよ》に食事でもしない?」
「いえ、結構です」
 と、亜由美は言った。
 恋人同士の二人と一緒にいて、どうしろってのよ。冗談《じようだん》じゃない!
「私もね、家で恋人が待ってますの」
 と、亜由美は言った。
「あら、そうだったの?」
「胴体《どうたい》の長い恋人がね」
 裕子は笑って、
「ああ、あのワンちゃんね。可愛《かわい》いじゃないの」
 どうせ私の恋人は犬ですよ、と少々すねて、
「じゃ、またね」
 と、亜由美が歩きかけたときだった。
 パッとフラッシュの光が亜由美に浴びせられた。呆然《ぼうぜん》としていると、タタッと駆けて行く足音。
 目がくらんで、姿は見えなかったが。
「——あのカメラマンだ!」
 と、大内が言った。「しつこい奴《やつ》だな、畜生《ちくしよう》!」
「でも——」
 と、裕子が不思議そうに、「今、あの人、亜由美を撮《と》ったみたいね。——亜由美も、何か過去[#「過去」に傍点]があるの?」
「私の過去なんて、大したことないわよ」
 と、亜由美は言った。「ちょいと殺人事件に係《かかわ》り合ったくらいのもんだわ」
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