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花嫁に捧げる子守歌05

时间: 2018-07-31    进入日语论坛
核心提示:5 カメラ 塚川亜由美は、朝早く起こされた。「亜由美、電話よ」 と、母の清美も眠《ねむ》そうな声を出す。「ええ?誰《だれ
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 5 カメラ
 
 塚川亜由美は、朝早く起こされた。
「亜由美、電話よ」
 と、母の清美も眠《ねむ》そうな声を出す。
「ええ?——誰《だれ》から?」
「あの刑事《けいじ》——さん」
「刑事」と「さん」の間があいているのは、欠伸《あくび》をしたからである。
「そう。じゃ出るわ」
 亜由美はトロンとした目つきで、ベッドから這《は》い出した。
「クゥーン」
 といつの間にやら亜由美のベッドに入りこんでいたドン・ファンが、けとばされて、悲しげな声を出した。
「今何時?」
 亜由美は時計を見て、「まだ九時じゃないの……」
 ちっとも早い時間じゃないのだが、亜由美にしてみればやけに早いのである。
 やっと電話へと辿《たど》りついて、
「もしもし……」
「お目覚めでしたか」
 殿永の声だ。
「ええ。たった今」
「そんな声ですね」
「殿永さんは早起きね」
「年寄りは睡眠時間が少なくてもいいのですよ」
 と、殿永が言った。「実は今、新橋のKビルの前にいるんです」
「ビラ配りでもやってるんですか?」
 眠《ねむ》くても、ジョークは出て来る。
「殺人ですよ。どうもね」
「誰《だれ》がやられたんです?」
「田代清。——ご存知ですか」
「いいえ。でも——ちょっと待って」
 亜由美は頭を振った。どこかで聞いた名である。
「思い出した! カメラマンでしょう、大内さんや私のこと撮《と》った」
「そうです。ビルから転落死しました」
「落ちたんですか」
「あるいは突《つ》き落とされたか」
 亜由美も、大分目が覚めて来た。
「会ってみたいと思ってたんです。どうして大内さんたちのことをつけ回していたのか、訊《き》いてみようと……」
「たぶんそうだろうと思ってました」
「でも——もう訊けないわけですね」
 亜由美は目をこすった。もちろん眠いので、泣いているわけじゃない。
「そっちへ行っても?」
「いや、もう現場は片付けています。署の方へ、どうです?」
「分りました」
 亜由美は、少々気がめいった。「また、お説教ですか」
「重要参考人、ってとこですかね」
 亜由美は目をパチクリさせて、
「私が?」
「あんな写真をとられて怒《おこ》っていた。——動機としては少々弱いですがね」
「からかわないで下さい!」
 と、亜由美はかみついた。
 眠いと機嫌《きげん》も悪いのだ。
「一つ、手がかりがあるかもしれませんよ」
「何ですか?」
「カメラです」
「カメラ? 誰の?」
「田代のですよ。もちろん、落ちて壊《こわ》れていますが、フィルムが入ったままで、何枚かとってあります。もしかしたら、犯人の姿がこの中に——」
「すぐ行きます!」
 電話を切ると、亜由美は浴室へ飛んで行ってシャワーを浴びた。これで強引に目を覚まし、出て来て、母の清美のいれたコーヒーをガブ飲みする。
「——出かけるの?」
 と、清美が訊く。
「そうよ。殺人事件なの」
「あなた——」
 清美が心配そうに、「たまには、それぐらい熱心に男の子とデートしたら?」
 と言った。
「え?」
 亜由美が目を丸くする。
「死体とじゃ結婚《けつこん》できないのよ」
 ——正に名文句だ、と亜由美は思った。
 
「正直に白状しなさい」
 殿永は、思いの他《ほか》、厳しかった。
「そんな……。かよわい女の子をいじめるなんて」
 亜由美がグスンとすすり上げたのは、もちろんウソ泣きである。
「いいですか」
 殿永は、ため息をついて、「あなたのことが心配なんです。犯人はついに人を殺してしまった」
「分ってますわ」
「だったら、協力して下さい。何を隠《かく》してるんです?」
 亜由美も、こうなると、黙《だま》っているわけにはいかなかった。
「実は——木村重治に、別の恋人《こいびと》がいるらしいんです」
「中原秀美の他に?」
「ええ。私、見たんです」
 亜由美が、秀美と会ったときに見た女の子のことを話すと、殿永は肯《うなず》いて、
「もしかすると、中原秀美を刺《さ》したのは、その子かもしれないな」
「そうでしょう? でも、名前も何も分らないから……」
「訊《き》いてみましょう。木村本人に」
 と、殿永は立ち上った。
「でも、父親がうるさいわ」
「いや、父親は今日は学会で、出張しています」
「よくご存知ね」
「息子《むすこ》の方から、会いたいと言って来たんですよ」
「なあんだ。じゃ、どこで?」
「大学です。あなたの」
「あら、私、講義に出る仕度、して来なかったわ」
 と、亜由美は言った。「残念だわ!」
 心にもないセリフだった。
 大学へ向う車の中で、亜由美はカメラのことを訊《き》いてみた。
「何が写ってました?」
「今、慎重《しんちよう》に現像しているところです」
 ハンドルを握《にぎ》った殿永は言った。「果して何が出て来るか……」
「楽しみだわ」
 と、亜由美は言って、前方へ目をやったが……。「だけど、どうして田代が殺されたのかしら?」
「不思議ですよ。ただのカメラマンなのに」
「つまり、殺されたっていうことは、大内さんと須田裕子の仲を写真週刊誌に載《の》せたのは、何か目的があったからだった、っていうことですね」
「編集部には当ってみました。完全な持ち込《こ》み写真だったそうです」
「つまり、田代自身のアイデアで?」
「編集部の話では、前から色々持ち込んではいたようですが、載せるほどのものは一つもなかった。だから、今度のやつは、きっと誰《だれ》か他人のアイデアだったんだろう、と言っていました」
「誰かが大内さんの過去について、田代に教えたってことですね」
「そうです。しかし、そうすることで、一体誰が得をするか。——それが分らないんですよ」
 なるほど。亜由美も、そこまでは考えなかった。確かに、大内や裕子は迷惑《めいわく》するが、それ以外に何かあるのだろうか?
「気になることがあるんです」
 と、亜由美は言った。
「ほう?」
 亜由美は、神田聡子が大内から誘《さそ》われた件を話した。大内が自ら、「愛と涙《なみだ》の日々」の学生だとしゃべったということを……。
「——なるほど。大分イメージが狂って来ますね」
「そうなんです。もし大内さんが、そんなつまらない男だったら……。裕子が可哀《かわい》そうだし」
 亜由美は、ちょっと間を置いて、「すみません。殿永さんのお仕事には関係ないのに」
「いや、そんなことはありませんよ。——犯人を捕まえるだけが仕事じゃない。私たちの仕事は、市民の人々に、幸せになってもらうことです」
 亜由美は微笑《ほほえ》んだ。——こういう人に総理大臣になってほしいもんだわ。
 
「ええ。——確かに、僕には恋人《こいびと》がいました」
 と、木村重治は肯《うなず》いた。
「いました、というと——今は?」
 と、殿永が訊《き》く。
 大学の、空いた会議室である。
「もう別れたんです。少なくとも、僕の方はそのつもりでした」
 と、木村は言った。「僕は秀美と付合っていて、彼女を好きになってましたから。でも前の彼女の方は……」
「あなたを諦《あきら》めていないってわけね」
 と、亜由美は言った。「あの子、どういう子なの?」
「前にバイトした店で知り合ったんです。あの子は地方から出て来て、一人住いで、寂《さび》しかったようです」
「名前は?」
「みゆきです。八田《はつた》みゆき」
「八田みゆきね……。どこに住んでる?」
 殿永が、メモを取るのを、木村は、やや不安げに見ながら、
「でも——あの子が秀美を刺《さ》したんでしょうか」
 と言った。
「さあね。しかし、一応、話ぐらいは訊《き》いてみないと。——君はどう? やりかねない、と思うかね」
 木村は、しばらく迷ってから、
「そうですね。——僕のこと、恨《うら》んでましたから」
「木村君」
 と、亜由美は言った。「あなた要するに、その八田みゆきって子を引っかけただけなのね」
「うん……。そういうことになる」
 木村は、うなだれた。
「もし、そのせいで秀美さんが刺されたとしたら、あなたが秀美さんを刺したようなものよ」
 木村は、何とも言えない様子だった。
「もう一つ訊きたい」
 と、殿永が言った。「君のお父さんのことなんだが」
「父のこと?」
 木村は、当惑《とうわく》したように、顔を上げた。
「いや、秀美さんの刺された現場から君を連れて行ったやり方が、ずいぶん強引《ごういん》だったものだからね」
 殿永は、あくまで気楽な感じで言った。
「すみません」
 木村が頭をかいて、「親父《おやじ》、いつも僕のことになるとむき[#「むき」に傍点]になるんで……」
「過保護なのね」
 と、亜由美が言った。
「母が大分前に亡くなっているんで、親父、結局僕のために頑張《がんば》って来た、って感じなんだ。——すみません、特に何かあるってわけじゃ——」
「いや、訊いてみたかっただけだよ」
 と、殿永は首を振《ふ》った。「じゃ、ご苦労だったね。また何かあれば連絡する」
「はい」
 木村は行きかけて、「——そうだ。秀美さんは、どうなんですか?」
「今のところ変化はないようだよ」
「じゃ、命は——」
「まずその心配はないだろう」
「良かった。安心しました。——それじゃ僕、これで」
 木村が出て行く。
 亜由美と殿永は、何となく顔を見合わせた。
「——どうです?」
 と、殿永は言った。
「ええ……。その八田みゆきって子に会うんでしょ?」
「いや、今の木村の話ですよ」
 亜由美は、ちょっと考えてから、
「何だかいやにアッサリしてましたね。恋人《こいびと》が重傷を負って入院しているっていうのに」
「そうなんです。本当なら病院にでも様子を見に行ってもいいと思うんだが。——木村は一度も姿を見せていない」
「冷たい男なんだわ」
 と、亜由美は少々腹を立てて言った。
「ま、今の若者たちはあんな風なのかもしれないが——」
「そう決めつけないで下さい。私だって若いんですから」
 と、亜由美は言い返した。
 
「遅《おそ》いなあ……」
 須田裕子は、公園のベンチに一人で腰《こし》をかけて、足下の小石をけとばしながら呟《つぶや》いた。
 大内和男と待ち合わせているのだが、もう約束の時間を十五分過ぎている。
 でも、裕子はそう不機嫌《ふきげん》なわけではなかった。何といっても大内は勉強が忙《いそが》しい。そうそう自由に出て来られるわけじゃないのである。
 公園はもう薄暗《うすぐら》くなりつつあった。
 アベックの姿もそこここに見えて、二つの影《かげ》が一つに溶《と》け合う……。
 割合に広い公園で、木立ちや茂《しげ》みがいくらもあるから、アベックの名所の一つに数えられている場所である。
 こんな所に来るなんて……。私が。
 そう。本当に妙《みよう》な気持だった。
 裕子は、前から、あんな風に腕《うで》を組んで寄り添《そ》ったり、人目もはばからず、ピッタリとくっついて歩いている、アベックを見る度に、何というか、——まあ、少々はしたない、という印象を受けたものだ。
 でも、今では自分がそのアベックの一人なのだ……。
 裕子は、幸福だったが、同時に少し不安でもあった。——このままでいいのだろうか?
 あの写真|騒《さわ》ぎがあって、却《かえ》ってそれに挑戦《ちようせん》するかのように、大内との仲は深まっていたのだが、これがいつまで続くのだろう?
 ——恋《こい》の危険なところは、今だけで満足してしまって、先のことを見なくなってしまうことである。
 明日なんかどうでもいい。そう思わせるところが、恋にはあるのだ。
 ——急に、辺りが暗さを増した。街燈《がいとう》が自動的に点燈《てんとう》する。
 でも、裕子が座っているベンチは、少し引っ込《こ》んだ所にあるので、光はほとんど届《とど》かなかった。でも、ここにいれば、大内が来たとき、見落とさずに済む。
 ふと——誰《だれ》かの気配を感じた。
 ガサッと、ベンチのすぐ後ろの茂みで音がして、振《ふ》り向こうとした裕子に、
「動くな」
 と、低い声が囁《ささや》いた。「ベンチの背もたれの隙間《すきま》から、ナイフで狙《ねら》ってる。動くと命がないぞ」
 誰の声か、見当もつかない。裕子は戸惑《とまど》った。
「あの——誰なんですか?」
「静かに。一言でもしゃべると命がないからな」
 裕子は、背中に、何か尖《とが》ったものが当るのを感じた。——スッと血の気がひいて行った。
「いいか、貴様なんか、あの茂原聖美に比べりゃ取るに足らん女だ。茂原聖美に取って替《かわ》ろうなんて、とんでもない話だ」
「私は——」
「うるさい!」
 と、声が裕子の耳を打つ。
 裕子は、キュッと両手を握《にぎ》り合わせた。
「黙《だま》って聞け。これ以上大内と付合いを続けるのなら、貴様の命をいただくぞ。——分ったな。今は見逃《みのが》してやる。しかし、この次は——」
 ザザッと茂《しげ》みが動いて、相手は遠去かったようだった。しかし、裕子はしばらく身動きできなかった。
「——やあ」
 突然、目の前に誰かが立った。
「キャアッ!」
 裕子は飛び上るように立ち上った。
「おい、どうしたんだい?」
 大内が笑っている。「こんなに暗い所にいるから捜《さが》しちゃったよ。——どうかしたの?」
「和男さん!」
 裕子は夢中《むちゆう》ですがりついた。
 大内は、わけが分らない様子で、泣きじゃくる裕子を抱《だ》き寄せていた……。
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