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花嫁に捧げる子守歌06

时间: 2018-07-31    进入日语论坛
核心提示:6 貧しい恋人「ワン」 ドン・ファンが一声ほえた。「あら」 部屋の鍵《かぎ》を開けようとした、八田みゆきは、ドン・ファン
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 6 貧しい恋人
 
「ワン」
 ドン・ファンが一声ほえた。
「あら——」
 部屋の鍵《かぎ》を開けようとした、八田みゆきは、ドン・ファンを見て、「珍《めずら》しいわね、この辺じゃ」
 と、微笑《ほほえ》みかける。
「クゥーン」
 ドン・ファン得意の鼻声で、セクシーな(?)魅力《みりよく》をふりまきながら、八田みゆきの足にまとわりつく。
「まあ……。何となくエッチね、あんたのくっつき方。酔《よ》っ払《ぱら》ったいやらしいおじさんたちみたいよ。あんたも中年なの?」
 かがみ込んで、八田みゆきは、ドン・ファンの頭を撫《な》でた。「可愛《かわい》いわねえ……」
 みゆきが顔を近付けると、ドン・ファンがプイと横を向いてしまった。みゆきは悲しそうに、
「お酒くさい? 仕方ないのよ。そういう仕事なんだもの。私だって、やりたくてやってるわけじゃ——」
 足音がして、街燈《がいとう》の明りに、人の影《かげ》が落ちた。みゆきは、顔を上げた。
「八田みゆきさんね」
 と、亜由美は言った。「ちょっとお話したいことがあるんだけど」
「入れてもらってもいいかね」
 と、殿永が言った。
 みゆきは、二人を交互《こうご》に眺《なが》めていたが、
「この犬は、あなたの——」
「私の飼犬《かいいぬ》よ。というより恋人[#「恋人」に傍点]かな。ドン・ファンというの」
 亜由美の言葉に、みゆきは、微笑んだ。
「ドン・ファンね。——すてきな名ですね」
 そして、玄関《げんかん》の鍵を開けた。「どうぞ、入って下さい」
 
「——私が秀美さんを?」
 八田みゆきは、亜由美たちにお茶を出しながら、言った。
 六畳一間の、簡素なアパートである。生活も切りつめているのがよく分った。
「そうですね」
 と、みゆきは、色の変った畳《たたみ》の上に座ると、言った。「——やったかもしれません。好きな人をとられたら、憎《にく》いですもの」
「現実に、中原秀美は刺《さ》されて重体なんだがね」
 と、殿永が言った。
「分っています。私じゃありませんわ、やったのは」
 と、みゆきは首を振《ふ》った。
「木村君のことは、まだ好きなの?」
 亜由美の問いに、みゆきは、目を伏《ふ》せながら、
「そうですね。——私、割としつこく好きになるタイプなんです。田舎《いなか》の人間だからかしら」
「木村君の方は——」
「もう私に飽《あ》きてますし、うんざりしてるんです。それもよく分ってるんですけど……。でも、なかなか諦《あきら》め切れなくて」
「中原秀美を刺してはいない、というわけだね」
「はい。あの時間は、働いてました。調べて下さい」
「どんな仕事を?」
「色々です。あの日は確か、お掃除屋《そうじや》さんに使ってもらっていたと思います」
「どこかビルとかの掃除なの?」
「そうです。——週に三回。他に、ウエイトレスとか——」
「あなた、いつもこの時間に帰るの?」
 と亜由美は訊《き》いた。
 もう夜中の一時過ぎである。
「ええ。いつも夜は十二時まで仕事で……」
「何の仕事?」
「あの——サロンです。よく、〈ピンサロ〉とかいう……。酔《よ》った男の人に、足とかお尻《しり》とか触《さわ》られてます。こんな太い足でも、触りたがる物好きな人もいるんですよね」
 と、みゆきが笑う。
 どことなく哀《かな》しげな笑いだった。
「そんなに働いて……。お家へ帰るとか、しないの?」
「私がお金を送らないと、やっていけないんです。うち、とても苦しいんで……」
 淡々《たんたん》とした口調だが、そこには深い疲労《ひろう》がにじみ出ていた。
「じゃあ——木村君とのことがなくても、ずっとここにいるつもりだったの?」
「ええ。東京には、やっぱり働き口がありますから」
 昼も夜も、ただひたすら働いて、その中で、ちょっと優しい言葉をかけられれば、その男に夢中《むちゆう》になるのも当然だろう。
 木村君も、罪なことをするもんだわ、と亜由美は思った。
 殿永は、その掃除屋の連絡先をメモすると、
「邪魔《じやま》したね」
 と、立ち上った。
「あの——秀美さんは、どうなんですか?」
「うん、重体だが、命は何とかね」
「助かるんですね。良かったわ」
 みゆきは微笑《ほほえ》んで、「木村さんって、誰《だれ》かついてないとだめなんですよね。お父さんにべったりで」
 と言った。
 亜由美と殿永が玄関《げんかん》を出ると、ついてきたドン・ファンが、何を思ったか、クルリと振り向き、タッタッと戻《もど》って行く。
「何か忘れもの?」
 と、みゆきがかがみ込《こ》むと、ドン・ファンが舌でペロリとみゆきの頬《ほお》をなめた。
「まあ、ありがとう!」
 みゆきが嬉《うれ》しそうに笑う。
「ワン」
 ドン・ファンが、どういたしまして、というように鳴いた……。
「——色んな人がいるんですねえ」
 亜由美は、殿永と一緒《いつしよ》に夜の道を歩きながら、言った。「私なんか好き勝手なことをしてるけど」
「全くですね」
 殿永は肯《うなず》いて、「もし、あの八田みゆきが、中原秀美を刺《さ》したとしたら、逮捕《たいほ》しなくちゃならない。彼女が捕《つか》まったら、彼女からの仕送りに頼《たよ》っている両親はどうするか……。そこまで考えると、この仕事も、なかなか楽じゃないです」
「そうですね」
 珍《めずら》しくしんみりして、亜由美はゆっくりと歩いて行った。
 
「あら、亜由美」
 という声に振り向くと、裕子が立っていて、亜由美はびっくりした。
「裕子! 何しに来たのよ?」
 ——ここは病院である。
 刺された中原秀美が入院している。八田みゆきのアパートを訪ねて、次の日、亜由美は様子を見にやって来たのだが……。
「私——中原秀美さんのお見舞《みまい》に」
 と、裕子は手にした花束をちょっと持ち上げて見せた。
「私もよ」
 と、亜由美も花束を見せ、「じゃ、一緒に行きましょう」
 二人して病院の玄関《げんかん》を入って行く。
 ちょうどそこは外来の待合室で、老若男女、座る場所もないくらいの患者で溢《あふ》れていた。そこの間を抜《ぬ》けて、二人は、やっと静かな廊下《ろうか》へ出た。
「——こういう所へ来ると、自分が健康なのってありがたいと思うわね」
 と、亜由美は言った。「いつもは健康で当り前みたいに思ってるけど」
「そうね」
 裕子も肯《うなず》いて、「私だって、幸せなんだわ。いくら人に恨《うら》まれても、和男さんがいるんだもの」
「のろけないでよ、こんな所で」
 と、亜由美は笑った。
 そして、ふと気付いた。
「じゃ、裕子、知ってるの? 中原秀美が——」
「聖美さんの妹だって?——ええ、和男さんから聞いたの」
 大内から?——亜由美は、何だか妙《みよう》な気がした。
 秀美が刺《さ》されたとき、大内は何も言っていなかった。だから、亜由美は、大内が秀美のことを、知らないのだとばかり思っていたのだが……。
「そう」
「亜由美は、どうして知ってるの?」
 訊《き》かれて、今度は亜由美の方がぐっと詰《つ》まる。——殿永に調べてもらったとも言いにくい。
「そりゃあ、あんた、地獄耳《じごくみみ》の亜由美を知らないの? ワハハ……」
 と、何だかTVの安手な時代劇みたいなセリフを吐《は》いている。
「そう。——じゃ、知らないのは私だけだったのかな」
「大内さん、前から知ってたって?」
「何となく聖美さんと似《に》た子だな、とは思ってたんですって。でも、今度刺されたでしょ。それで誰《だれ》かがしゃべってて、やっと思い出したって」
「ふーん」
 何だかわざとらしい言い方のようにも思えたが……。
「あ、その辺の病室じゃないかしら」
「面会謝絶かもしれないわね。まだ意識が戻《もど》ってないっていうんだから」
 ——〈中原秀美〉と名札の入った病室のドアには、〈面会謝絶〉の札が下っていた。
「あの、すみません」
 と、亜由美は、通りかかった看護婦をつかまえて、「私たち、中原さんの友だちなんですけど、このお花を、中へ入れておいてもらえませんか」
「あら、お二人とも? じゃ、入られても構いませんよ。中に花びんもあるし」
 と、看護婦が快く言って、ドアを開けてくれる。
「すみません」
 亜由美たちは、礼を言って中へ入ったが——。
「あら、お花が来てるわ」
 看護婦は、秀美の寝《ね》ているベッドのわきに置かれた花を見て、そう言ってから、「——まあ! 誰がこんなこと!」
 と声を上げた。
 亜由美と裕子も、近付いてみて、言葉を失った。その、カゴに入れた花には、黒と白のリボンが、かかっていたのだ!
「ひどいことを!」
 看護婦が腹立たしげに片付けようとするのを、
「待って下さい」
 と、亜由美は止めた。「何か、リボンにカードが挟《はさ》んであるわ」
 手に取ってみると、〈ご冥福《めいふく》をお祈《いの》りします 八田みゆき〉とあった。
「——ひどい人!」
 亜由美から、八田みゆきのことを聞いた裕子は顔色を変えて、怒った。「いくら恋敵《こいがたき》だからって——」
「待って。落ちついてよ」
 亜由美は、裕子を廊下《ろうか》へ連れ出すと、「これはきっと八田みゆきのやったことじゃないわよ」
 と言った。
「でも——」
「だって、そんなのにわざわざ自分の名前を入れる? おかしいわよ」
「それもそうね」
「それにね、あの子はそんなことのためにむだなお金を使うような子じゃないと思う。あの花だって、決して安くないわよ」
「じゃ、誰《だれ》が……」
「分らないけど——秀美さんを刺《さ》した犯人かもしれないわね」
 亜由美は、そう言って、「考えてみりゃ、わざわざ手がかりをくれたようなもんだわ」
 と肯《うなず》いて見せた。
 殿永へ電話を入れて、お花のことを知らせると、
「すぐ取りにやります」
 と、殿永は即座《そくざ》に言った。「花屋の方からたぐって行きましょう。カードの文字の筆跡《ひつせき》もあるし。いや、そいつはありがたい」
「じゃ、ここで待ってますわ」
 亜由美が電話を切って、中原秀美の病室の方へ戻《もど》って来ると、裕子が、例の花をかかえて情ない顔で立っている。
「いやだわ、私。こんな黒白のリボンかけたのかかえて。——通る人が、みんな変な目で見て行くんだもの」
「ごめんごめん」
 亜由美は笑って、「何も、そんな目につく所に立ってなくたっていいじゃない」
 しかし、裕子というのは、そういう性格なのだ。言われたらその通りにする。真面目《まじめ》というか、融通《ゆうずう》がきかないというか……。
 二人は、少し引っ込《こ》んだ休憩所《きゆうけいじよ》のような、ソファを置いた所に行って座った。
「でも、秀美さん、助かりそうでよかったわね」
 と、裕子は言った。
「そうね」
「ね、ちょっと思ったんだけど」
「なあに?」
「和男さん、どうして見舞《みまい》に来ないのかな」
「さあ……。知ってるったって、直接知ってるわけじゃないし……」
「私たちのこと撮《と》ったカメラマン、ビルから落ちて死んだんですってね。——あんまり同情できないわ、悪いけど」
「いいんじゃない、気にしなくても」
「私ね、殺されかけたの」
「あ、そう」
 亜由美は、ちょっと間を置いて、「——今、何て言ったの?」
「ゆうべ、和男さんを待ってたの。公園で。そしたら、ベンチの後ろの茂《しげ》みから、変な声がして——」
 裕子の話に、亜由美は仰天《ぎようてん》した。
「どうして黙《だま》ってたのよ!」
「だって、別に殺されたわけでもないし……」
 裕子は、おっとりと言った。
「じゃ、あなた、殺されてから、『すみませんけど、痛いから、刺《さ》すのやめてくれます?』って頼《たの》むつもり?」
「そんな、オーバーよ」
「呆《あき》れた! じゃ、また殿永さんに知らせて来なきゃ」
 亜由美は、また、あわてて電話へと駆《か》け出すことになったのである……。
 
「ほら、あの人!」
 と、隣《となり》の席の女の子に言われて、神田聡子は、
「え?」
 と顔を上げた。
 聡子としては珍《めずら》しく、スナックなどに入って、少々アルコールも回り、頭がポーッとしている。
 同じゼミの子同士、五、六人でワイワイとやっているところだった。
「——誰《だれ》かスターでもいるの?」
 と、聡子は振《ふ》り向く。
「違《ちが》うわよ。ほら、例の『愛と涙《なみだ》の日々』じゃないの」
「うちの大学院でしょ? 知らなかったわ」
「でも、大した男じゃないのに」
「そう? 私、結構あの手、好み」
 ——そんな勝手なことを言い合っている。
 聡子は、振り向いて、なるほど、大内和男が一人でポツンと何やら飲んでいるのに気付いた。どことなく、侘《わび》しげな様子である。
 今夜は須田裕子と一緒《いつしよ》じゃないのかしら、と聡子は思った。
「一人みたいよ。振《ふ》られたのかしら?」
「写真とられちゃ困るから、近付かないんじゃない?」
「でもさ、あのブームのとき、ずいぶん儲《もう》けたんじゃないかしらね」
「そうね。本の印税、半分もらったって、大したもんだわ」
「でも、大してお金なさそうじゃない?」
 勝手なこと言ってるわ、と聡子は笑ってしまった。
「じゃ、一つ声をかけてみたら?」
 と、一人が言い出す。
「いやよ。あんた、好みなんでしょ? アタックしてみたら?」
「だって——可愛《かわい》い子と一緒だと写真にとられるじゃない!」
「よく言うわよ」
 と、キャアキャア笑う。
「私、声かけてみようか?」
 と、聡子が言ったので、他の面々が、キョトンとして、
「聡子——気は確か?」
「失礼ねえ」
 と、聡子はツンとして、「私だって、男嫌《おとこぎら》いじゃないのよ」
 いつもはおとなしい聡子がこんなことを言い出したのは、やはりアルコールのせいだろう。
「じゃ、やってみてよ。一つ、お手並拝見っていこうじゃない」
「いいわよ」
 聡子は、少し悪乗りし過ぎかな、とも思ったが、今さら、引くに引けず、立ち上って、軽くぶらつくような足取りで、大内の方へと歩いて行った。
 椅子《いす》を引いて、彼の隣へ座る。——大内が目をパチクリさせて聡子を見た。
「あれ。君は——」
「憶《おぼ》えてる? 去年のクリスマスパーティで……」
「憶えてるよ。アッサリ振《ふ》られたっけ、あのときは」
「気乗りがしなかったの」
 と、聡子は言った。「今日は一人なの?」
「うん。——ああ、そうか、君は例の、ダックスフントの飼主《かいぬし》の友だちなんだっけね」
 聡子は、これを聞いたら、亜由美がさぞ嘆《なげ》くだろう、と思った。ドン・ファンは喜ぶかもしれないが。
「色々大変ね」
 聡子はわざとなれなれしい口をきいていた。何といっても、他の子たちが注目している。
「うん。もう誰《だれ》も僕に声をかけてくれないんだよ」
 と、大内は苦笑した。
「あなた、もてて困るみたいなこと、言ってたわよ」
「酔ってたのさ、あのときは。勘弁《かんべん》してくれよ」
 大内は、顔を赤らめた。——そういうところは、なかなか可愛《かわい》い。
「どう、一杯《いつぱい》付合ってくれる?」
 と、聡子は言った。
「いいよ。——じゃ、場所を変えようか」
「ここじゃだめ?」
「知ってる顔がずいぶんいるんだ。後で何か言われても困るからね」
 聡子は、面白いかもね、と思った。みんな、聡子が平気で声をかけてしゃべっているだけでも、びっくりしているに違《ちが》いない。これで、さっさと二人で店を出て行ってしまったら……。
「いいわよ。じゃ、他へ行きましょ」
 と、聡子は言った。
 ——聡子の友人たちは、聡子と大内が、さっさと一緒に店を出て行くのを、呆気《あつけ》に取られて見送っていた。
「——凄《すご》い! 見直しちゃったわ、私」
「聡子がねえ……」
 と、みんなで顔を見合わせている。
 と、そこへ——亜由美が入って来たのである。
「——あら、亜由美。ここよ!」
 と一人が手を振《ふ》る。
「やあ」
 亜由美は、やって来て、みんなの顔を見回し、「あれ、聡子、いなかった?」
「今、出てったとこ」
「何だ。ここにいるって聞いて来たのに」
 と、亜由美が肩《かた》をすくめる。
「それがねえ——誰と一緒《いつしよ》だったと思う?」
「知りっこないでしょ」
「『愛と涙《なみだ》の日々』よ」
「ええ?」
 亜由美は目をパチクリさせて、「大内さんと? まさか!」
「その、『まさか』なんだから! びっくりしちゃった。ねえ、みんな」
 ウンウン、と肯《うなず》く。——亜由美は話を聞いて、
「じゃ、聡子が声をかけて、二人で出てっちゃったの? どこへ行くって?」
「そこまで知らないわよ。ともかく、二人きりで——」
「ごめん。ちょっと急用で——」
 亜由美はスナックを飛び出した。
 聡子ったら! たまに飲んだりするから、ろくなことしないんだわ。
 でも——たった今、出て行ったといっても、どこへ行ったかも分らないんじゃ……。
 亜由美は、ともかくカンを頼《たよ》りに、夜の道を、足早に歩き始めていた。
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