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死にそこなった花嫁05

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:4 亜由美、誘拐される「帰るの?」 と、女が体を起こした。「何だ、目が覚めたのか」 片瀬隆治は、ネクタイをしめながら、言
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 4 亜由美、誘拐される
 
「帰るの?」
 と、女が体を起こした。
「何だ、目が覚めたのか」
 片瀬隆治は、ネクタイをしめながら、言った。
「やってあげる。下手なんだから」
 女はベッドから出ると、裸身にガウンをまとって、片瀬のほうへやって来た。「すぐばれるわよ、奥さんに」
「いいさ」
 と、片瀬は、ネクタイを任せながら、「どうせ分っても何も言わんよ、女房は。そういう女だ」
「そういうもんじゃないのよ。——これでいいわ」
 女は、少しさがって、片瀬を眺めた。「そう変ってないわね」
「そうか。じゃ、行くぞ」
 と、片瀬は言った。
「待って。——何か飲んで行ったら?」
「いや、もういい」
 片瀬は、時計に目をやった。「これ以上いると遅くなり過ぎる」
「そうね……」
 ——寺田祐子。
 二十八歳になる彼女は、この二年近く、片瀬の「愛人」として、このマンションの一室に住んでいる。
 片瀬が社長をつとめている(オーナーでもある)会社に入社して一年ほどで、今の暮しに変ったのである。
 見たところはずっと若々しく、二十四、五、という印象である。美人というより、丸顔で「可愛い」アイドル顔。片瀬隆治の好みなのだった。
「おい、祐子」
 と、玄関へ出て、片瀬は言った。
「何?」
「お前……。幽霊ってのを信じるか」
 祐子は呆気《あつけ》に取られて、
「何よ、突然」
「いや、何でもない」
 と、片瀬は首を振った。「また来るからな」
「いつ来られる?」
「そうだな。来週はちょっと忙しい。その次の週は何とか……」
「約束よ」
「ああ」
 祐子は、片瀬の肩に後ろから頭をもたせかけた。
「おい……」
「いつもちゃんと帰してるでしょ。今度——一度でいいから、旅行にでも連れてって」
「分ってる」
 片瀬は、祐子の手に、自分のごつい手を重ねた。
「その内な」
 片瀬は、廊下へ出て、歩き出した。
 ドアが開いて、
「ねえ。——TV、買いかえてもいい?」
 と、祐子が顔を出した。「映りが悪いの」
「ああ、構わん」
 と、片瀬はホッとしたように肯《うなず》いて見せ、「いつでも買え。請求書は会社へ回せと言え」
「分ったわ」
「じゃあ」
 片瀬がエレベーターの方へ歩いて行くのを、廊下の隅の暗がりから見ている人影があった。もちろん、祐子も気付かなかったが。
 ——祐子は、部屋へ入って、ロックすると、欠伸《あくび》をした。
 夜、十時を少し回っている。
 これから帰って、片瀬が家へ着くのは、十一時を回るだろう。それで、妻が何とも思わないかどうか。
 祐子が、ネクタイをできるだけ元の通りに近くしめたのも、片瀬の妻の気持を考えていたからである。
 もしや、夫が浮気しているのでは、と思っても、その一方で、自分の思い過しであってほしいという気持も、必ず妻にはあるだろう。ネクタイが、まるで違ったようにしめてあるのと、「見ようによっては」変っていないように思えるのと、全く違う。
 妻が夫を信じられるように、祐子は手を貸しているのである。
 一方では、祐子は片瀬にも気をつかう。——旅行に行きたいというのは、もうずっと前から言っていることで……。片瀬の方も気にはしている。
 TVを買いかえてもいい、と言ったことで、片瀬はいくらか気が楽になっているはずだ。金ですむことなら、と。
 本当なら、もっとわがままを言ってやってもいいと思う。しかし、祐子はお金のためだけでなく、少しは[#「少しは」に傍点]本当に片瀬のことが好きなのである。
 少しは……。少しは、か。
 祐子はちょっと笑った。
 すると——玄関のドアを叩《たた》く音。
 空耳かしら? でも、もしかしたら。
「どなた?」
 と、祐子は声をかけた。
「僕だ」
 その声は祐子の胸をたちまち熱くした。鍵《かぎ》を開けるのももどかしい。
「——来てくれたの」
「ああ」
「嬉《うれ》しい!」
 祐子は、急いで男を中へ入れる。「ね、ゆっくりできるの?」
「そうだな。——あいつさえ、戻って来なきゃ」
「片瀬? もう帰ったのよ、今。戻って来やしないわ」
「じゃあ……。いいんだな」
「ええ」
 祐子の声は、少しかすれていた。
 二人はベッドへともつれ込んだ。——夜はまだ長い。
 祐子と、その男[#「その男」に傍点]にとっても。
 
「何よ、一体……」
 亜由美は、電話へ手をのばしながら、目をこすった。
 夜中の一時。——もっとも、亜由美はベッドに入っていたわけではない。TVを見ている内、ソファで眠っていたのである。
 電話のおかげで目が覚めた、というところだ。
「はい。もしもし」
 少し間があった。「——もしもし?」
 いたずらだったら、ぶっとばすからね。
「あの……」
 と、男の声がした。「塚川亜由美さんですか」
「ええ。あなたは?」
「僕は……丸山徹男です」
 丸山? どっかで聞いた名ね。
「——丸山?」
 パッと目が覚めてしまった。「もしもし? あなた本当に——」
「ちょっとお会いしたいんですが」
 少しおっとりした口調。声がずいぶん近くに聞こえる。
「あの——今、どこに?」
「お宅のそばです」
 と、その声は言った。「出て来てもらえませんか」
「分ったわ」
 亜由美は、チラッと、殿永へ連絡しないとまずいかな、とも思った。しかし、こんな時間である。どうせ連絡しても、来るにはずっと時間がかかる。
「どこにいるの?」
「お宅の裏手に電話ボックスが。そこにいます」
 と、その男は言った。「すみません、夜中に」
「どういたしまして」
 亜由美は、電話を切って、急いで玄関へと出て行った。
「ワン」
 ドン・ファンがのっそりと出て来る。
「あんた、待っといで。今、幽霊を連れてくるから」
「ワン」
 ——分ってるのね。亜由美はちょっと笑って、玄関から外へ出た。
「裏の電話ボックスね」
 と、呟《つぶや》いて、サンダルばきで、スタスタと急ぐ。
 夜道にポカッと明るく光っているそのボックスに、人の姿はなかった。
 どこへ行ったんだろう?
 亜由美は周囲を見回した。——人のいる気配はない。
「どこ?」
 と、声を出して呼びかけてみたが、返事もない。
 すると——車の音がした。振り向くと、ライトが目を射る。
 通りかかった車だろうか。それとも、何か関係があるのか。
 車は、亜由美から数メートル手前で停《とま》った。ライトが吸い込まれるように消える。
 亜由美は車の方へと歩いて行った。そして暗い窓の中を覗《のぞ》き込もうとしたが——。
 ドアがパッと開く。そして、逃げるだけの余裕もなかった。顔を布が覆って、同時に後ろから、太い腕がぐいと巻きつく。
「誰——」
 声は途切れた。口に押し当てられた布に、薬がしみ込んでいた。
 ツーン、としびれるような感覚が体まで貫くようだった。
 何、これは? どうして……。
 めまいがした。体はフワッと宙に浮かんでいるようで、そのままどこか柔らかいものの上に投げ出される。
 そこが車の中で、車がプルル、と身震いして動き出したのを、亜由美はぼんやりと感じたが——。
 しかし、その先は何も分らなくなった。亜由美は深い闇《やみ》の中へ引きずり込まれて行ったのである。
 
「尾崎さん?」
 と、聡子は言った。
「ああ」
 尾崎は、車のそばから離れて、やって来た。「何か用かい?」
 と、タオルで手の油を拭《ふ》く。
「ワン」
 と、声がして、尾崎が嬉《うれ》しそうに、
「何だ。ドン・ファンじゃないか」
 と、言った。
「塚川亜由美のこと、知ってますね」
 と、聡子は言った。
「この間、ここへ来たよ」
 と、尾崎は肯いて、「君は?」
「神田聡子。亜由美の友人です」
「そう。——何か用?」
「亜由美がどこにいるか、知りませんか」
 尾崎は、戸惑った様子で、
「待ってくれ。どこにいるか、って……」
「亜由美、おとといから、行方が分らないんです」
 と、聡子は言った。
「そりゃあ、心配だな。しかし——どこかへ出かけたんじゃないのかい? 旅とか」
「亜由美は、よく好きで色んな事件に首を突っ込むんです。危いからよせって言うんですけど」
「分るね」
 と、尾崎は言った。「じゃ、何かに巻き込まれて?」
「その可能性が強いと思うんです。夜中に、サンダルばきで出かけています。何も持たずに」
「そりゃ変だね」
「心配なんです。——ここへ来ると言ってたので」
「うん。話をしてね。七年前に死んだはずの男が生きてるんじゃないかとか、とんでもない話をしていたよ」
「他に何か言っていませんでしたか」
「さあ……。僕が、もう一度幸子さんにアタックするべきだって励ましてくれたね」
「そういう子なんです」
 と、聡子は言った。「でも、今度みたいに、突然姿を消すなんて……。もし、自分でどこかへ行ったのなら、必ず連絡して来ます」
「つまり……さらわれた、ってことかい?」
 尾崎は、緊張した表情で言った。
「たぶん」
 と、聡子が肯く。
「待っててくれ」
 尾崎は、そう言うと、駆け足で奥へ入って行くと、五分ほどで出て来た。ブレザー姿になっている。
「早退、と言って来た。塚川君を捜しに行こう」
 聡子は、少し面食らっていた。
「でも——いいんですか?」
「もちろん。あの子のこと、気に入ってたんだ」
 と、尾崎は言った。「さ、何か手がかりは?」
 聡子は胸が熱くなり、
「ありがとう!」
 と、頭を下げた。
「ともかく、何かあったとすれば、幸子さんを巡ることと関係があるんだ。死んだはずの丸山徹男と——」
「彼女、殿永さんって刑事さんと二人で、丸山のいた病院へ行ってるんです」
「こっちも行きたいね」
 と、尾崎は促して、「車がある。行こうじゃないか。おい、ドン・ファン」
「ワン」
「ちゃんと飼主の匂《にお》いを憶《おぼ》えとけよ」
「ワン!」
 ドン・ファンが力強く吠《ほ》えた。
 
 重苦しい。胸が……苦しい。
 亜由美はそれでも、自分が意識を取り戻しつつあることが分っていた。
 どうしたんだろう?——入院しているのかしら、私?
「入院」と思ったのは、たぶん薬の匂いがしていたからだろう。
 目がやっと開く。ぼんやりした視界。
 天井が見える。しみだらけの、薄汚れた天井。
 亜由美は起き上ろうとして、ひどい頭痛に顔をしかめた。それでも何とか体を起こして、しばらく目をつぶっていると、頭痛も治まって来た。
「ああ……ひどい」
 と、呟く。
 そう。——丸山徹男という名前を聞いて、外へ出た。そして車が……。
 その先は? よく思い出せない。
 亜由美は、やっとの思いで、その部屋[#「部屋」に傍点]を見回した。
 殺風景で狭苦しい。ドアに小さな窓がついている。そして反対側の窓は、鉄格子がはめられて、窓ガラスも汚れていた。
 何もない。何も。
 そして、亜由美は自分がただの白い布——スポッと頭からかぶる寝衣を着ているのを知った。どうしてたんだろう?
 ドアがガチャッと重い音をたてると、ゆっくり開いて来た。
「目が覚めたか」
 がっしりした体格の男が、入って来る。
「あの……ここ、どこですか?」
 と、亜由美は言った。
「病院さ」
「病院……。私、どうしてここへ?」
「そりゃ、わけがあるからだろ。——さ、うつ伏せに寝て」
「え?」
「ちょっと痛いからな。お尻《しり》に射《う》つ」
 男の手に注射器がある。
「冗談じゃないわ!」
 と、亜由美は言った。
「さあ、おとなしくしな」
 と、男が近付いて来る。
「近寄らないで!」
 亜由美はパッと男のわきを駆け抜けて、廊下へととび出した。
 逃げるんだ! 亜由美は必死で走り出していた。
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