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死にそこなった花嫁07

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:6 ロビーの血「こちらでございます」 と、ホテルの宴会係はマニュアル通りの笑顔で言った。「広さから申しますと二番目でござ
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 6 ロビーの血
 
「こちらでございます」
 と、ホテルの宴会係はマニュアル通りの笑顔で言った。「広さから申しますと二番目でございますが、一番いいお部屋でございまして」
 ——確かに、天井が高く、実際の広さ以上に広々とした印象を与えている。
「すてきね」
 と、片瀬幸子は肯《うなず》いて、「とても明るくて、いいお部屋だわ」
「うん」
 三上公平は、幸子ほど感激しているわけでもないらしい。
「こちらが司会者の立つ位置になります」
 と、係の男が歩いて行く。
「——どうしたの?」
 と、幸子がそっと言った。「何か気に入らない?」
「そうじゃないさ」
 と、三上は笑顔を作って、「早く君と二人になりたいだけさ」
「何を言ってるの」
 と、幸子は笑った。
「しかし、君のお父さんがね——」
「父が? どうしたの」
 と、幸子が訊《き》く。
「いかがでございますか」
 と、係の男が戻って来る。
「ええ、とても結構ですわ」
 と、幸子は言った。「ね、三上さん」
「うん。いいんじゃないか」
 と、三上が肯く。
「では何かございましたら、いつでもご連絡を」
 と、係の男は言って、手にしたバインダーを開けた。「人数等、分り次第ご連絡のほどを」
「ええ、そうします」
 と、幸子は愛想良く言った。
「ええと……。片瀬様と丸山[#「丸山」に傍点]様でございましたね」
 と、係の男が言った。
「何だって?」
 三上が、低い声で、「今、何と言った?」
「は?」
「あの——間違いです」
 と、幸子は急いで言った。「三上公平と片瀬幸子ですわ。そうお願いしてあるはずですけど」
「これはどうも——」
 と、係の男もあわてて書類をめくる。「ここにメモが……。初め、〈三上様〉で受付けさせていただきましたが、後で〈丸山様〉に変更、というご連絡が……」
「どこのどいつだ!」
 三上は係の男の胸ぐらをつかんだ。「ふざけたこと言うと——」
「やめて! 公平さん」
 と、幸子は三上の腕をつかんだ。「この方に怒っても始まらないわ」
「うん……。だけど——」
「行きましょう。——名前を戻しておいて下さい」
「はあ……」
 係の男は、唖然《あぜん》として、二人を見送っていた。
「——一体誰なんだ、畜生!」
 と、ロビーを歩きながら三上が拳《こぶし》を振り回す。
「他のお客に当るわよ! 落ちついて」
 と、幸子はなだめた。
「君は平気なのか?」
「だって……。いちいち動揺していたら、こんないたずらをしてる人間を喜ばせるだけでしょ。無視するのが一番」
「うん」
 と、三上は息をついた。「少し休む」
「そうね」
 幸子は、三上とラウンジへ入った。
「——しかし、気になるなあ」
 と、三上は首を振って、「いたずらにしちゃ手が込んでないかい?」
「ええ……。でも、誰がやってるのか、調べようもないし」
 幸子は、そう言ってから、ふと、席から見えるロビーを行き来する客に、目を留めて、「あら……」
「どうした?」
「いえ、別に」
 と、幸子は言った。
 ちょうどウエイトレスが来て、飲物をオーダーした。
 ホテルのロビーは、待ち合せの人や、ただ休んでいる人で溢《あふ》れんばかりだった。
「しかし……」
 と、三上が言った。「本当に、丸山が生きてると思うかい?」
「もうやめて」
 と、幸子は言った。「たとえ生きていたとしても、私はあなたを選んだのよ。もう関係ないことだわ」
「そう言ってくれると嬉《うれ》しいよ」
 と、三上はホッとしたように言った。「正直、あの尾崎って奴《やつ》が怪しいと思ってるんだ」
「尾崎さん? まさか。いい人よ。裏表のない人だわ。そんなことしないわよ」
「そうかな……。ま、いい。こっちがしっかりしてりゃいいことだ」
「そうよ」
 三上は、幸子の手を取った。
「ただ——心配なんだ。たとえば、こんないたずらをして来る奴だ。式の当日とか、君に危害を加えることだって、あり得ないわけじゃない」
「まさか!」
「いや、世の中、色んな奴がいるからね」
 と、三上は真顔で、「何か対策を立てておいたほうがいいよ。本気だ」
「分ったわ。でも、いくら何でもお巡りさんに来てもらうってわけにもいかないでしょ」
「うん。それを——」
 テーブルのわきに、誰かが立った。
「——片瀬幸子さん? そうでしょう?」
 その女が言った。「私、以前、お父様の会社でお世話になっていた寺田祐子です」
「ああ! 憶えてますわ。うちへ何度かおいでになって」
「ええ、書類を届けたりしていました。お懐しいわ」
「本当に……。あ、この人、私の婚約者の、三上さんです」
「どうも。寺田です。——結婚なさるんですか。おめでとうございます」
「ありがとう」
「お父様、お寂しいでしょうね」
「どうかしら。いつも仏頂面ですから」
「よろしくお伝え下さい」
 寺田祐子は、ロビーへ出て行き、化粧室のあるほうへと歩いて行った。
「可愛い人でしょう? 父が気に入って、よくうちにも来てたのよ」
 と、幸子が言うと、ピーッピーッと三上のポケットベルが鳴り出した。
「おっと。——電話してくる。すぐ戻るよ」
 と、急いで立って行く。
 幸子は一人で、運ばれて来たレモネードを飲み、そして……どこか胸の中は晴れなかった。
 いや、三上と丸山の問題ではない。そのことは自分の中でけり[#「けり」に傍点]をつけたつもりである。——いくらか引っかかるものがあるとしても、だ。
 今の、寺田祐子のことである。
 幸子は、父と寺田祐子の間に、上司と部下という以上に何かを感じたことがある。
 実際、そういう男女間の微妙な変化というものは、敏感に知れるものである。
 寺田祐子は父の会社を辞め、幸子は正直、ホッとしたものだ。母は何も気付いていない様子だった。それとも、気付かないふり[#「ふり」に傍点]をしていたのか。
 ここに寺田祐子が来ている。そして——少し前、幸子はロビーを横切って行く、父の姿[#「父の姿」に傍点]を見たのである。
 偶然だろうか?
 それとも、父と寺田祐子がここで待ち合せているとしたら……。
「ごめんごめん」
 と、三上が戻って来た。
「ご用なの?」
「電話ですんだ。——さて、どこへ行こうか?」
 そのとき、ロビーに、甲高い悲鳴が響き渡った。
「あれは何?」
 と、幸子が腰を浮かす。
「さあ。——何だろう?」
 ロビーに、中年の女性が転がるように飛び出して来て、
「人が——人が死んでる! 殺されてるわ!」
 と、大声で叫んだ。
 ホテルの従業員が駆けつけて来るのが見えた。
「怖いわ。何ごとかしら?」
 と、幸子は言った。
「さあね。——ね、もう出よう。僕らには関係ないことだよ」
「でも……。気になるわ」
 幸子は、ロビーへと出て行った。
 人が集まっているのは、どうやら女子の化粧室らしい。
「退《さ》がって下さい! 入らないで!」
 と、ホテルのガードマンが化粧室の入口で、野次馬を防いでいる。「今、警察が来ます! 手をつけないで下さい!」
 いくら押し戻しても、客のほうは人垣《ひとがき》となって、首を伸し、爪先《つまさき》立ちして、中を覗《のぞ》こうとする。野次馬の心理というものだろう。
 幸子は別に強引に人をかき分けたわけではないが、何となく後ろの人に押されて前に出てしまい、気が付くと、両手を広げているガードマンと鼻をつき合せそうになっていた。
「入れないんですよ」
「ええ、分ってます」
 退がりたくても、後ろが一杯で、動けないのである。しかし——幸子は、ガードマンの肩越しに、化粧室の中を見ることができた。
 女が倒れている。洗面台によりかかるようにして、頭をがっくりと落としている。——血が、タイルの床に広がっていた。
「あの人……」
 と、幸子は呟《つぶや》いた。
「ご存知の方ですか?」
 と訊かれて、
「あ——いえ。さっき見かけた人だな、と思って……」
 と、幸子はつい言っていた。
 いきなり手をギュッと握られる。
「行こう」
 三上だった。
「ええ。でも……」
 三上は人をかき分け、強引に幸子を人混みから連れ出した。
「変なことに係わり合うもんじゃないよ」
 と、三上は不機嫌そうに言った。
「分ってるわ。でも——」
「何だい?」
「死んでたの、さっき会った寺田祐子さんだったわ」
 三上は足を止めて、
「確かかい?」
「間違いないわ。服だって憶えてるし」
 と、幸子は言って、「身許が分ってるんだから、ちゃんと警察の人に話さなくていいのかしら?」
「大丈夫だよ。ちゃんと何か身許の分る物を持ってるさ。それが警察の仕事だよ」
「そりゃそうだけど」
「行こう。もし、ニュースとかで、身許が分らないとでも言ってたら、教えてやればいいんだよ」
「そうね……」
 少しためらいながら、幸子はホテルのロビーを後にしたのだった。
 二人がタクシーに乗り込んで走り出すと、ちょうど入れ違いにパトカーと救急車が相次いでホテルの正面に着いた。人だかりは、ますますひどくなって来ていた……。
 
「ただいま」
 と、幸子は玄関を上った。「——お父さんは?」
「今、お風呂よ」
 と、母の知子が出て来る。「早かったのね」
「娘に夜遊びしてほしいの?」
「そうじゃないけどさ」
 と、知子は笑って、「お腹は?」
「一杯。食事して帰って来たの」
 と、幸子は言った。「——お母さん、寺田祐子って子、知ってる?」
 知子が、サッと表情を硬くしたので、幸子はびっくりした。母は——やはりそうだったのか?
「寺田祐子がどうしたの?」
 と、知子は言った。
「お母さん……。知ってたの? 彼女とお父さんのこと」
「もちろんよ」
 と、知子は言った。「分らないと思ってるみたいだけどね、お父さん」
「ずっと?」
「もうこの……二年くらいかしら」
 意外な言葉だった。いつも呑気《のんき》そうにしている母が、父の浮気を知っていたのか。
「そう。——でも、彼女、死んだわ」
「死んだ?」
 と、知子は言って、「——お父さんが出たら、お風呂、入りなさいね」
 そう言って、台所へ。
 幸子は、母が、あんな冷ややかなものの言い方をするのを、初めて聞いた。
 そこには、長い間、夫の背信を我慢しつづけて来た女の恨みがこめられているかのようで、一瞬ゾッとするものを覚えたのだった。
「——帰ったのか」
 父が、ガウン姿で、居間へやって来る。「どうだった、式場のほうは」
 父がそんなことを訊いてくるのは、初めてだった。
「順調よ。いい部屋だったわ」
 と、幸子は言った。「今日ね、あのホテルで、人殺しがあったの」
「ほう。物騒だな」
 と、ソファに寛《くつろ》ぐ。
「前に会社にいた、寺田さん。寺田祐子さんよ、殺されたの」
 父、片瀬隆治の手から、広げかけた新聞が落ちた。
「——誰だって?」
「寺田祐子さん」
 片瀬は、青ざめた顔で、じっと床を見つめていたが、
「——そうか。可哀そうにな」
 と、呟くように言った。「早く風呂へ入れよ」
「うん」
 幸子は二階へ上った。
 父と寺田祐子のことを、許すかどうかは別として、父の反応、母の反応、どちらも幸子にはショックだった。
 父は、しかし本当に[#「本当に」に傍点]びっくりしていたようだ。
 幸子は恐れていたのである。父が、あのロビーにいたこと。——それを父に確かめるのは、ためらわれた。
 もしかして、父が寺田祐子を殺したのではないかと……。そう考えると、怖かった。本当のことを知りたいとは、もう考えなくなっていたのである。
 それにしても、丸山の名をかたって、いたずら(というかいやがらせというか)をつづけているのは、誰なのだろう?
 もし、本当に丸山徹男が生きているとしたら……。
 幸子は頭を強く振ると、服を脱ぎ始めた。
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