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魔女たちの長い眠り17

时间: 2018-08-27    进入日语论坛
核心提示:17 怒りの火「お姉《ねえ》ちゃん、大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》?」 千晶が、心配そうに言った。 尚美は、微《ほほ》笑《
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 17 怒りの火
 
「お姉《ねえ》ちゃん、大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》?」
 千晶が、心配そうに言った。
 尚美は、微《ほほ》笑《え》んで見せた。——そうせずにはいられない何かが、この幼い少女には具《そな》わっていた。
「足は、どう?」
 と、千晶は言った。
「そうね……。少し痛いけど、大丈夫よ」
 もうすぐ夜が明ける。——それも、尚美たちにとって、救いになるとは限らなかった。
 ——谷は、静かだった。
 追われて、結局、二人はここまでやって来てしまった。追い込《こ》まれた、というのが正しいのかもしれない。
 追って来る三木たちの方も、馬《ば》鹿《か》ではなかった。尾形洋子から、千晶があの看護婦、糸《いと》川《かわ》繁《しげ》子《こ》を灰と化してしまったことを、聞いたのに違《ちが》いない。
 自分が誘《ゆう》拐《かい》して来た少女が、どんなに恐《おそ》ろしい存在かを知って、愕《がく》然《ぜん》としただろう。
 しかし、さすがに刑《けい》事《じ》だけあって、三木はすぐに手を打った。つまり、直接自分が尚美と千晶を追うのでなく、町の人間たちを駆《か》り出《だ》して、追《つい》跡《せき》させたのである。
 普《ふ》通《つう》の人間たちにとっては、千晶はただの八歳《さい》の少女に過ぎない。尚美も、拳《けん》銃《じゆう》を持ってはいたが、何十人という男たちを相手に闘《たたか》うのは無茶だった。
 山道を走り、千晶を抱《だ》きかかえた腕《うで》は、しびれていたが、それでも一《いつ》旦《たん》は何とか追っ手の目を逃《のが》れたかと思った。
 しかし、突《とつ》然《ぜん》、目の前に、手《て》斧《おの》を握《にぎ》った男が一人、立ちはだかったのである……。
 尚美は拳銃を抜《ぬ》いて、男を撃《う》った。——夢《む》中《ちゆう》で引き金を引いた。
 男は倒《たお》れたが、投げつけた手斧の刃《は》が、尚美の足をかすめたのだった。
 銃声を聞きつけた、町の男たちが、一《いつ》斉《せい》に殺《さつ》到《とう》して来た。尚美は、傷の痛みも忘れて、必死で走った。そして——目の前に、谷があったのだ。
「千晶、連れて来られて、ずっとここで寝《ね》てたんだよ」
 と、千晶は言った。
「そう……」
 ブラウスを裂《さ》いて、足首をきつく縛《しば》ってあるが、出血は止らなかった。時々、気が遠くなりそうになる。
 深く、切《き》れ込《こ》んだ傷ではないのが救いだった。そうなら、とても走って来られなかっただろう。
 ただ、浅い傷ながら、血がジワジワとにじみ出て、止らない。
 二人は、谷の廃《はい》屋《おく》の中にいた。——かびくさい、暗い部《へ》屋《や》の中にいると、一気に疲《ひ》労《ろう》感《かん》が襲《おそ》って来るような気がした。
 何をしているんだろう?——尚美は表の様子が気になったが、立って覗《のぞ》きに行くだけの元気がない。見るのが、恐《おそ》ろしくもあった……。
 二人がここにいることは、追って来た男たちにも分っているはずだった。おそらく、外に、何十人も集まっているに違《ちが》いない。
 それでいて、何もしかけて来ないのが、却《かえ》って無気味だった。
 ここへ辿《たど》りついて、もう一時間はたったろう。
 廃屋の中も、窓から白い光が忍《しの》び込んで、明るくなって来ていた。——何を待っているんだろう?
 尚美が拳《けん》銃《じゆう》を持っているのを知っていて、用心しているのか? それにしても、何か動きがあっても良さそうなものだが。
 しかし、ここからどうやって千晶を逃《にが》すか。——尚美には何も思い付かなかった。
 いけない! あの金《かな》山《やま》医師の死をむだにしては……。しかし、女一人の力で、やれることには限界がある。
「——あいつらがいる」
 と、千晶が顔を上げて言った。
「え?」
 尚美は体を固くした。「本当に?」
「うん。外に来てるよ」
「おい!」
 と、呼ぶ声がした。
 かなり遠い感じだ。尚美は拳銃をつかんだ。
「いるのは分ってる。話がある。——出て来い」
 尚美には、聞き憶《おぼ》えのない男の声だった。
「あれが三木って人だよ」
 と、千晶が言った。
 尚美は、三木のことを知らないのだ。あの町にいたといっても、もうずいぶん昔《むかし》のことだし。
 尚美は、千晶の頭を、左手で、そっと撫《な》でた。
「ねえ。お姉ちゃんの言うことを聞いて」
「なに?」
「お姉ちゃんは足をけがして、一《いつ》緒《しよ》には逃げられないわ。ね? あなた一人で、逃げてちょうだい」
「でも……」
 千晶は顔をしかめた。「一緒に行くって約《やく》束《そく》だよ」
「そうね。そのつもりだったんだけど……」
 尚美の言葉を断ち切ったのは、
「尚美!」
 という叫び声だった。
 ハッとして、尚美は腰《こし》を浮《う》かした。あの声は——お父さんだ!
「尚美! 出て来てくれ」
 尚美は、足のけがをかばいながら、ゆっくりと立ち上った。
「お姉ちゃん——」
 千晶が、小さな体で、尚美を支えようとする。尚美は、キュッと千晶を抱《だ》き寄せた。
「尚美! 返事をしてくれ!」
 父の声が、谷の中を駆《か》け巡《めぐ》った。
 尚美は、左足を引きずりながら、廃《はい》屋《おく》の玄《げん》関《かん》の方へと進んで行った。
 しっかりと拳《けん》銃《じゆう》を握りしめ、玄関へ降りる。傷が痛んで、涙《なみだ》が出て来たが、歯を食いしばってこらえた。
 戸を開けたら——一《いつ》斉《せい》に男たちがなだれ込んで来るかもしれない。
 いつでも引き金を引けるように拳銃を構えて、尚美は、戸を開けた。
 外は、意外なほど明るくなっていた。陽が昇《のぼ》る位置の関係で、明るくなるのが早いのかもしれない。
 二十人——いや三十人近い、町の男たちが、手に手に、棍《こん》棒《ぼう》や刃《は》物《もの》を持って、遠巻きにするように並《なら》んでいる。
 尚美は、父が一人で、ポツンと立っているのを認めた。——これが父か?
 目を疑った。——まるで別人のように、老《ふ》け込《こ》んで、髪《かみ》も真白になっている。
「尚美……」
 父が歩いて来るのを、
「来ないで!」
 と、叫《さけ》んで止めた。「お父さん。どういうつもりなの!」
「尚美……。お願いだ。落ちついてくれ」
 父は弱々しい声で言った。「お前は誤解してるんだよ」
「何も聞きたくないわ」
 と、尚美は言い返した。「帰って! お父さんを撃《う》ちたくないから」
「尚美——」
 男が一人、歩いて来た。
「尚美君というのは君か。僕《ぼく》は三木だ」
 三木は、少し離《はな》れた所で停《とま》った。「あの女の子を渡《わた》しなさい。君には別に危害を加える気はないんだ」
 人当りのいい、穏《おだ》やかな口調だった。
「とんでもないわ。金山先生から、何もかも聞いたわよ」
「あいつは少し頭がおかしくなってたのさ」
 と、三木は笑った。「町の人たちはみんなこっちの味方だ。——見れば分るだろう。僕らが町の人々をいじめていたら、みんなこんなに協力してくれると思うかい?」
「人殺し! あなたなんかにあの子を渡すもんですか!」
 尚美は、拳《けん》銃《じゆう》を握《にぎ》り直した。
「困ったもんだな」
 三木は、宮田の方へ向いて、「あんたの娘《むすめ》さんは、すっかりのぼせているらしい」
「待って下さい! もう一度話を——」
 宮田が哀《あい》願《がん》するように言った。
「むだだと思うがね」
 三木は、待機している町の男たちの方を見回した。
「僕が命令すれば、あの連中が一《いつ》斉《せい》に襲《おそ》いかかる」
「やってごらんなさい!」
 最後の気力を振り絞《しぼ》って、尚美は叫《さけ》んだ。「一人か二人は死ぬことになるわよ。自分がやられてもいいと思うのなら、来ればいいわ」
 男たちが顔を見合わせる。——何といっても拳銃は怖《こわ》いのだ。
 三木が苛《いら》立《だ》ったように、
「これが最後だぞ!」
 と、尚美の方へ一歩踏《ふ》み出そうとしたが、ハッと足を止めると、急いで後ずさった。
 千晶が、尚美の後ろから顔を出したのだ。
「三木さん!」
 と、女の声がした。「やってしまいなさい!」
 尚美は、ずっと奥《おく》の方に、一人の若い女の姿を認めた。——あれが、金山の言っていた栗原多江だろう。
 しかし、多江も三木も、千晶を恐《おそ》れている。
 近付こうとはしないのだ。
「仕方がないな」
 三木はそう言うと、クルリと向き直って、多江の方へ歩き出した。宮田が、
「待って下さい!」
 と、三木を追って行く。「娘《むすめ》にもう一度話をしますから——もう一度——」
 三木が振《ふ》り向《む》く。
 尚美は、目の前に起ったことが信じられなかった。それは悪《あく》夢《む》のように、現実とは違《ちが》ったスピードで動いているような気がした。
 三木は、尚美の父の喉《のど》へ、手を伸《の》ばした。その手に、白く光るものがある。尚美は父が一《いつ》瞬《しゆん》、立ちすくむのを見た。そしてこっちを振り向くのを。
 喉に赤い筋が見えた。——と、激《はげ》しく血が噴《ふ》き出して、父の胸元を真赤に染めた。
 父は、尚美の方へ手を伸ばして、カッと目を見開いたまま、一、二歩進んだ。そしてそのまま、急に崩《くず》れるように倒《たお》れた。
「お父さん!」
 尚美が叫《さけ》んだ。「お父さん!」
 走っていた。我知らず、父に向って駆《か》け寄《よ》っていた。
 同時に、町の男たちが、尚美めがけて殺《さつ》到《とう》した。
「お父さん!——ああ!」
 尚美が父の体の上に身を投げかける。男たちが棍《こん》棒《ぼう》や刃《は》物《もの》を振りかざして襲《おそ》いかかった。
 ——千晶は、何十人もの男たちが、たった一人の「お姉ちゃん」を襲うのを見ていた。
 棍棒が振りおろされ、振り上げられ、また振りおろされた。刃物が背中といわず手足といわず、突《つ》き立《た》てられた。
「お姉ちゃん」は、声一つ上げなかった。いや、聞こえなかったのかもしれない。男たちの、獣《けもの》のような怒《ど》声《せい》にかき消されて。
 たちまち、「お姉ちゃん」は血に染って行った。まるで父親の死体をかばうように、覆《おお》いかぶさったまま、もう動くはずのなくなった「お姉ちゃん」を、男たちはなおも殴《なぐ》り、蹴《け》り、刺《さ》し続けた。
 千晶は、その痛みを感じた。その苦しみを自分のことのように身体《 か ら だ》で受け止めた。
 男たちは狂《くる》ったように、尚美への暴行をやめようとしなかった。
「——もういい!」
 三木の声が響《ひび》いた。「もうやめろ!」
 その声も、さらに数人の男が、尚美の死体を踏《ふ》みつけ、蹴《け》りつけるのを止められなかった。
 ——男たちが、左右へ割れた。
 誰《だれ》もが、返り血を顔から首、手や胸にまで浴びて、放心したように、喘《あえ》いでいた。
 尚美が、まるで赤いペンキをかぶったように、無残な死体となって、残っていた。
 三木が、ゆっくりと歩いて来た。
「もういい」
 三木は、静かな声で言うと、「あの子供を連れて来い」
 と命令した。
 男たちは、その言葉が聞こえなかったのか、ぼんやりと立ち尽《つ》くしていた。
「早く連れて来い!」
 三木が怒《ど》鳴《な》った。
 その声で、初めて目が覚めたとでもいう様子で、男たちの何人かが、顔を見合わせ、千晶の方へと、歩き出した。
 千晶は、体を震《ふる》わせていた。何かが、体の中で爆《ばく》発《はつ》しそうだ。顔が真赤になるのが、自分でも分った。
 ついさっきまで、千晶を励《はげ》まし続け、守るために命をかけてくれた「お姉ちゃん」が、今はもう息絶えて、しかも、あんなひどい有様で……。
 殺された。殺されたのだ。
 千晶は、両手をギュッと拳《こぶし》にして握《にぎ》りしめた。——みんな、ひどい! 許さない! 許さないから!
 男たちが、足を止めた。——少女の周囲で、陽《かげ》炎《ろう》のように空気がゆらめくのが見えた。
 それは、水面を渡《わた》る波《は》紋《もん》のように、少女から輪を描《えが》いて広がるように見えた。
 男たちは戸《と》惑《まど》った。
「その子を殺せ!」
 三木が声を上げた。「早く殺せ!」
 声に恐《きよう》怖《ふ》があった。上ずっている。悲鳴に近い声だ。
 千晶は、両手の拳を胸に押《お》し当てると、思い切り息を吸《す》い込《こ》んだ。そして、肺の中の空気のありったけを、怒《いか》りと憎《にく》しみの絶《ぜつ》叫《きよう》に変えて絞《しぼ》り出した。
 アーッ、という声——いや、それは声というより、悲しみと怒り、そのものだった。
 その鋭《するど》い波長が、谷の中を駆《か》け巡《めぐ》った。
 三木が悲鳴を上げた。千晶に背を向け、逃《に》げ出そうとする。
 空気を揺《ゆ》さぶって、その透《とう》明《めい》な波が三木を捉《とら》えた。三木の体が真《まつ》青《さお》な光を放ったように見えた。
 それは炎《ほのお》だった。真青な炎が、白熱した輝《かがや》きで、三木の体を、骨まで焼き尽《つ》くした。
 数秒とたたないうちに、三木の体は、灰となって、しかもそれすらも波に吹き散らされながら、青くきらめいた。
 多江が目を見開いた。逃《に》げる間もない。
 多江の周囲に集まっていた「仲間」たちが一《いつ》瞬《しゆん》のうちに、まるで青い炎に塗《ぬ》りつぶされるように消えた。目に見えない巨大な絵筆が、青い絵具で、彼《かれ》らを一筆で塗りつぶしたのだ。
 多江が、やって来るものをよけようとするように、両手を顔の前に交差させた。しかし、それはたちまちのうちに多江を包み込んだ。いや、包んだと思った瞬間、多江の体はバラバラに砕《くだ》け散っていた。
 その一つ一つが青白い尾《お》を引いて、燃えながら宙を四散した。
 町の男たちは、地に這《は》った。頭を地面にこすりつけるようにして、両手でかかえ込んだ。恐《きよう》怖《ふ》のあまり、逃げることもできないのだ。
 衝《しよう》撃《げき》波《は》は谷の中を駆《か》け巡《めぐ》った。
 千晶の背後で、彼らの家がメリメリと音をたてて裂《さ》けた。同時に、真赤な炎が、家の中から、噴《ふ》き上った。
 谷に並《なら》ぶ古びた家々が、まるで導火線につながれているかのように、次々に火を噴いた。
 それは、燃えるというより、爆発に近かった。火のついた木片が、舞《ま》い上り、地面に伏《ふ》せた男たちの上に、雨のように降り注いだ。
 男たちが悲鳴を上げて、飛び上った。一《いつ》斉《せい》に逃げ出す男たちめがけて、砕《くだ》けた窓のガラスの破片が飛んで行った。
 千晶は、黒い煙《けむり》の向うで、あの男たちがのたうち回り、頭をかかえて逃げ惑《まど》っているのを見た。
 もっと! もっと痛い目にあえばいい! もっともっと苦しめ! もっともっと——もっともっと!
 炎《ほのお》が一瞬、幕のように空を覆《おお》った。
 そして——黒い煙が、音を立てんばかりの勢いで渦《うず》を巻いた。
 
 ——谷を見下ろす場所まで来て、小西は、愕《がく》然《ぜん》として足を止めた。
「何だ、これは!」
 と叫《さけ》んだのは、本沢だった。
 信江と千枝は、言葉もない。
 まだ、谷には、うっすらと黒い煙が漂《ただよ》っていた。
 何かが終ったのだ。それだけが、小西にも分った。
 家は——いや、それはもう家とは呼べない、残《ざん》骸《がい》だった。燃え尽《つ》きていた。一戸残らず、吹《ふ》っ飛んでしまったように見えた。
「お父さん……」
 千枝の声は震《ふる》えていた。
 あちこちに黒ずんだものが横たわっている。——人間だ。炎に焼き尽くされている。
 何人——いや、何十人いるだろう?
「何があったの!」
 と、信江が叫ぶように言った。
「分らん」
 小西は首を振《ふ》った。「降りよう」
 四人は、谷へと下って行った。
 小西は、この凄《せい》惨《さん》な風景の中でも、そこに千晶らしい小さな焼死体がないことを、確かめていた。
「あれは?」
 と、本沢が指さした。
 誰《だれ》かが倒《たお》れている。赤い服を着て——。
「女だな」
「でも、何だか変だわ」
 と、千枝が言った。
「待て」
 小西が他の三人を止めた。「私が見て来る」
「どうして?」
「あれは——赤い服じゃない」
 小西が歩き出す。——信江は、直感的に、恐《おそ》ろしい真実を見つめていた。
 信江は、小西を追って駆《か》け出《だ》した。小西はその死体の前で足を止めると、
「来ない方がいい!」
 と、振《ふ》り向《む》いて叫《さけ》んだ。
「姉さんだわ! お姉さん!」
 信江は、しかし、もうここへ来ていた……。
 小西が、死体をそっと仰《あお》向《む》けにした。
 信江が、両手で顔を覆《おお》うと、呻《うめ》き声を上げながら、よろめいた。
 本沢が駆けて来ると、信江を抱《だ》きしめた。
「——ひどい」
 小西は首を振った。「何てことを……」
 風が、谷を吹《ふ》き抜《ぬ》けた。黒い煙《けむり》が、ゆっくりと流されて行った。
「千晶!」
 と、千枝が叫んだ。
 小西が、ハッと顔を上げた。
 千晶が、そこに立っていた。——いささかすすけた顔で、しかし、けが一つしていないようだった。
「おじいちゃん」
 と、千晶が言った。「そのお姉ちゃんのかたきをうったからね」
 千枝が我が子へと駆け寄って、力一《いつ》杯《ぱい》抱《だ》きしめた。
 小西は、立ち上って、息をついた。——頬《ほお》に風が冷たい。
 いつの間にか、涙《なみだ》が流れているのだった……。
 
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