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南十字星01

时间: 2018-09-06    进入日语论坛
核心提示:1 走り出す美女 カチッという音が聞こえた。 万年筆のキャップをはめた音だったらしい。その若い女性は、細身の赤い万年筆を
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 1 走り出す美女
 
 
 カチッという音が聞こえた。
 万年筆のキャップをはめた音だったらしい。その若い女性は、細身の赤い万年筆を、静かにテーブルに置くところだった。
 そして、そっとため息をついたのだ。
「いいなあ……」
 と、その女性を眺めていた奈《な》々《な》子《こ》もため息をついた。
「何が?」
 カウンターの中でコーヒーカップを洗っていた店のマスターが、奈々子のため息を聞きつけて、訊《き》いた。
「え?——ああ、あの窓際の女性」
「美人だね」
 と、マスターは見もせずに言う。
「へえ、ちゃんと分ってんだ」
「もちろん。店に入って来た時から気が付いてるよ」
 もう五十がらみで、大分髪の白くなりかけたマスターは、この店を開いて二十年近い。客が入って来たのを気付かないなんてことはないのだろう。
「ああいう美人がため息をつくと、風《ふ》情《ぜい》があっていいわね」
「奈々ちゃんだって、悪くないよ。消化不良みたいで」
「澄まして残酷なこと言うんだから、二十歳のうら若き乙女に」
 と、奈々子はマスターをにらんでやった。
 まあ、浅田奈々子自身も、自分がため息の似合うような繊細さを感じさせるタイプでないことは承知している。丸顔で、どっちかというと少し下ぶくれのふくよかな顔、そして肩の張った、がっしりした体格。
 でも、こうしてジーパンはいて、大きなエプロンをして立ち働くには、誰にも負けないくらい向いているのだ!
「——すみません」
 窓際の女性が、囁《ささや》くような声で言った。
 こんな小さな喫茶店だから聞こえるけれど、もっと広くて、BGMをガンガン流している店だったら、とてもその声はカウンターまで届かないだろう。
「はい」
 奈々子は盆を手に、急いでそのテーブルへと飛んで行った。
「あの——紅茶をもう一杯。それと、糊《のり》はありますか?」
「のり……。あ、くっつける糊ね」
 まさか喫茶店で海《の》苔《り》を注文する人もないだろう。
「封筒に封をするだけですから」
「じゃ、何か持って来ます」
 奈々子は、空になったティーカップを盆にのせて、さげて戻《もど》った。
「——これ、使ってもらって」
 と、マスターがレジの下から、スティック式の糊を出す。
「はい。それと紅茶一つ」
「何か頼まなきゃ悪いと思ってるんだね」
 と、マスターは低い声で言った。
 そう、奈々子もたぶんそうだろうと察していた。本当は、飲みたいわけじゃないのだろうが。
 糊を持って行くと、その女性は、白い封筒に、さっきまで書いていた手紙をたたんで納め、糊づけして、きちんと封をした。
「どうもありがとう」
 と、糊を返してくれるのを受け取って、奈々子は、その封筒の差出人が、〈美《み》貴《き》〉となっているのを見た。
 美貴か。——こういう女《ひと》にはピッタリね。私、美貴なんて名じゃなくて、良かった。
 二十四、五歳だろうか。真直ぐに背筋を伸ばして座っているところが、いかにも、しつけのいいお嬢様って感じだ。でも、左手の薬指にはリングが光っている。
 まぶしげに、外を眺める彼女の横顔は、でも、どこか寂しげだった。
 窓の下は、渋谷の雑踏。平日の昼間に、どこからこんなに大勢の人が出て来るのかと、毎日ここへ通って来る奈々子だって不思議になるくらいだ。それも、どう見ても高校生とか、せいぜい短大生くらいの若い女の子たち……。
 こういう場所には、この〈美貴〉という女性はあまりそぐわない感じだった。
「奈々ちゃん。紅茶」
 と、マスターに呼ばれて、奈々子は急いでカウンターへ戻る。
 すると——その窓際の女性が、立ち上って、薄いコートとバッグを手に、やって来た。
「すみません。もう時間がないので。その紅茶の分、お払いして行きますわ」
 と、バッグを開ける。
「いや、これは結構ですよ」
 と、マスターが言った。「こっちで飲んじゃいますから。どうせ息抜きの時間ですし」
「でも、それじゃ申し訳ありませんから」
「いいんです」
 と、奈々子が言った。「私、飲んじゃおう」
 さっさとカップを取って、一口飲んで、熱いので、目を白黒させた。
「すみません。じゃ、一杯分だけ……」
 と、代金を払う。
「——去年の秋ごろ、おいででしたね」
 と、マスターがおつりを出しながら言った。
「ええ、ご存知?」
「何となく憶《おぼ》えていて。確かお二人で——」
「夫です」
 と、その女性は言った。「でもあの時はまだ婚約中でした」
「そうですか。何だか、式場のパンフレットをご覧になっていたような」
「ええ、そうでした。——あの時は、式の十日前ぐらいだったかしら」
 その女性の顔に、ふと微笑が浮んだ。「この前を歩いていて、私、このお店の名前が好きで、入ろうって言ったんです」
「ここの名前が?」
「ええ。——〈南十字星〉って、私、一度オーストラリアかニュージーランドへ行って、南十字星を二人で眺めたかったものですから」
「お二人で? いいなあ」
 と、奈々子が口を挟む。「じゃ、ハネムーンに?」
「いえ、新婚旅行はヨーロッパで。夫の仕事の都合もあったんです」
 なぜか、その女性はちょっと早口になって、「ごめんなさい、つい余計なおしゃべりで、お仕事のお邪魔をしてしまって」
「いや、とんでもない。またどうぞ」
 と、マスターが言った。
「どうもありがとう」
 財布をバッグへ納めると、その女性は、店の出口の方へと歩き始めた。——と思うと、ふらっとよろけて、その手からコートとバッグが落ちる。
「危《あぶな》い!」
 奈々子が、駆け寄って支えた。
「ごめんなさい……。ちょっと貧血を……。大丈夫です」
「少し休んだ方がいいですよ」
「いいえ、大丈夫。——行かなきゃならないので」
「でも、無理すると……」
「成田に、四時までに行かないと。迎えに行く約束になってるので」
 その女性は、少し目をつぶって、深呼吸してから、「——もう何ともありませんから」
 と、肯《うなず》いて見せた。
 奈々子は、マスターの方を見た。
 
 春の陽射しは暖かかった。
 車が成田空港の到着ロビー前に着いた時、奈々子は、車内の暖かさに、ウトウトしかけていて、
「お待ち遠さま」
 という運転手の声に、ハッと目が覚めた。
「こんな所までごめんなさい」
 と、三《さえ》枝《ぐさ》美貴は言った。
「いいえ。どうせ暇ですもの」
 奈々子は、そう言って欠伸《 あ く び》をした。
「駐車場の方でお待ちします」
 と、運転手がドアを開けてくれながら、言った。
「——何とか間に合ったわ」
 と、三枝美貴は、腕時計を見た。「もう、飛行機が着いているかどうか見て来るから」
「この辺にいますよ」
 と、奈々子は肯いた。
 また欠伸が出て来る。
 あの美貴という女性の顔色がなかなか元に戻《もど》らないので、マスターが奈々子に、ついて行ったら、と言い出したのだ。
 奈々子としては別に、そう忙しいわけでなし、構わなかったのだが、正直なところ、客の一人にそこまでしてやるのもどうかと思った。しかし、マスターがいやにすすめるのと、美貴自身も、ついて来てほしそうな様子だったので、こうしてやって来たのである。
 エプロンを外して、店を出る時、マスターが、
「あの人の様子に、よく気を付けていた方がいいよ」
 と、奈々子に囁《ささや》いた。
 どういう意味なのか、奈々子にはよく分らなかった。ハイヤーを使ってここまで来るのなら、何も「付添い」まで必要あるまい、って気もしたのである。
 しかしまあ……。どうせなら、来てしまったのだから、少し見物でもして。——でも海外旅行なんてしたこともない奈々子としては、到着口から、両手で持ち切れないくらいの荷物をかかえ、くたびれた顔でゾロゾロと出てくる新婚さんたちを眺めていても、あんまり面白くはない。
 結婚シーズンではあるし、当然ハネムーンの客が多いのだろうが、中には早くも険悪なムードのカップルもないことはなく、
「ざま見ろ」
 なんて、つい言ってみたくもなる奈々子だった。
 でも——あの三枝美貴って女性、一体誰を迎えに来たのだろう? 当然ご主人、かと思って訊くと、
「いいえ、そうじゃないの」
 と、首を振るだけ。
 何となくよく分らない女性ではある。
「——少し早く着いたんだわ」
 と、美貴が戻《もど》って来た。「もう出て来るところですって」
「出口はここだけなんでしょ? じゃ、ここで待ってれば、必ず——」
「ええ。そうなの。でも——」
 美貴が震えているのに気付いて、奈々子はびっくりした。気分が悪いというのとは少し違うようだ。極度に緊張しているらしい。
 一体誰を迎えに来たんだろう?
 出口からは、切れ目なく人が流れ出して来る。同じバッジを胸につけたツアーの団体、先頭の添《てん》乗《じよう》員《いん》は旗を手に、もうくたびれ切った表情で、最後の力をふり絞って、
「みなさん、こちらへ!」
 と、叫んでいる。
 ああいう商売も楽じゃないわね、と奈々子は思った。タダで旅行ができる、なんて羨《うらやま》しがっていたこともあるが、とんでもない話らしい。
「——来ました?」
 と、奈々子が訊《き》くと、美貴は黙って首を振った。
 まるで憎い敵が出て来るのを待っているように、固くこわばった表情である。
 ツアーのグループにまじって、あまり荷物の多くない、ビジネスマン風の男性が目に入った。スーツにネクタイで飛行機から下りて来る姿が、さまになる、ちょっとインテリタイプの男性である。
 その男性が、奈々子に目を止めた。と、思ったのはもちろん奈々子の間違いで、当然、向うは美貴を見ていたのである。
「あの人? 気が付いたみたいですよ」
 と、美貴の方を向いて言ったが、美貴は全く聞いていない。
 ただひたすらその男の方を見ているだけだった。その男がやっと人の流れから抜け出して、美貴たちの方へと歩いて来る。手にしているのは、小さなハードタイプのボストンバッグ一つ。いかにも旅慣れた印象である。
 その男が、足を早めて、美貴たちまで数メートルの所まで来た時だった。
 突然、美貴が男に背を向けて、駆け出したのだ。奈々子もびっくりしたが、その男の方も愕《がく》然《ぜん》とした。
「美貴さん!」
 奈々子は、自分でもよく分らない内に美貴を追って走り出していた。
 ただでさえ混み合ったロビーである。そこを走るというのは、容易なことではない。
 奈々子は、何だか知らないが、ともかく美貴の後を追っかけた。
 途中、二、三人は突き当ったり引っかけたりしたかもしれないが、ともかくいちいち振り返っている余裕はなかったのだ……。
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