不愉快な渦から救出してくれた淡路警部に何をおいても礼を言わなければならない。
淡路警部は、捜査一課の自分の席にいた。警部は、松山南署から出張中の、矢島部長刑事と打ち合わせをしているところだった。
電話での説明は長いものになった。
「さすがは浦上さんだ、アリバイ崩しがお得意とはいえ、今回の場合は、まさに執念ですな」
淡路警部は、最後にそう言って浦上の解明を評価し、
「ところで、松山の部長刑事《でかちよう》さんは、堀井を送検したら、改めて、週刊広場へおわびに行くそうです」
と、そこに同席している矢島の伝言を仲介してきた。矢島としても、咄嗟《とつさ》には電話に出にくいのだろう。
浦上は黙って受話器を戻した。すると、人気《ひとけ》のない、がらんとした夜の警察署が見えてきた。無理やり�連行�された宇和島西署だが、こうした終局を迎えてみると、一入《ひとしお》の感慨がないでもなかった。
浦上は淡路警部への報告を終えると、記者クラブの谷田と、『週刊広場』の細波編集長へ電話を入れて、テーブルに戻った。
澄子は、浦上を待っていたように言った。
「あたしも、このことを、一刻も早く、美津枝のお兄さんに電話します」
「電話ではなく、これからお焼香に行きましょう」
と、浦上は提案した。
そう、事件が解決したら、一緒に龍河洞を訪れるのは、大阪での約束ではないか。
浦上と澄子は空港からタクシーに乗って、野市《のいち》町へ抜けた。
野市と龍河洞の間には、全長九キロほどのスカイラインが完成している。
浦上と澄子を乗せたタクシーが、三宝山の稜線を走る有料道路へ上がると、右下に、雄大な風景が広がってきた。土佐湾が、一望の下だった。
太平洋は、瀬戸内海とはまったく異質な魅力を備えているわけだが、事件解決を反映してか、いま、波は静かだった。そして、昨夕の高松港と同じように、西空は、日が大きく傾く時刻だった。
ようやくアリバイを崩した浦上と、亡き親友を偲《しの》ぶ澄子。二人は、それぞれの思いで、夕日に映える、広大な外海を見た。
タクシーが龍河洞へ下って行くまで、浦上も澄子も、ことばを奪われたままだった。