清水部長刑事は、三階の捜査本部ではなく、一階警務課の片隅で、村松と会った。新聞記者の注意をそらすためだった。ベテラン部長刑事は、事件とは無関係な雑談でもしている態度で、簡単に事情を聞き、
「早速ですが、まず、ホトケさんを確認していただきましょうか」
と、署内に出入りする新聞記者たちの目を警戒しながら、村松をうながした。
並んで歩くと、村松の方がずっと背が高かった。一メートル八十を超える長身は、目撃者たちの証言に合致する。
ただ、村松は、眼鏡をかけていない。もっとも、眼鏡をかけていたか、いなかったか、この点は証言も二つに分かれているところだし、普段眼鏡を使用していない男が、犯行時に、変装用の眼鏡をかけることは当然可能だ。
(この男、確かに、外観は犯人《ほし》の条件をそろえているな)
部長刑事は、そんな目で、長身の村松を見上げた。
紺のスーツを着た村松は典型的なサラリーマンタイプで、一見、物静かなハンサムだった。
中廊下を通って、署の裏庭へ抜けると、やわらかい日だまりにジープが待っていた。運転席には、若い刑事が乗っている。
部長刑事は、村松を幌付きのジープに先導し、
「やってくれ」
と、若い刑事に命じた。
行先は、東京都監察医務院だった。
全国唯一の監察医務院は、上野から不忍通りを直進し、地下鉄|新大塚《しんおおつか》駅の手前にあった。一日平均二十体を検視する監察医務院である。
大塚の木立ちに囲まれた建物が近付くにつれて、村松の横顔に緊張が重なるのを、部長刑事は見た。
ジープを降りて、死体安置所へ入るまで、二人は全くの無言だった。
この時点では、まだ、横浜へ行った小太りの刑事からの報告は入っていない。
(真理が生きていたとすると、池畔で刺殺された女はだれなのか)
その見当が、まだ部長刑事にはついていない。
村松とはもちろん内容が異なるけれど、部長刑事もまた、微妙な緊張の中で、死者の前に立った。
監察医務院の係員が、死者の顔から白布を外した。
「え?」
村松の長身が、よろけた。
次の一瞬、両足を踏ん張ると、
「淑子!」
村松は乾いた声で叫んだが、部長刑事が同行していることに気付いて、慌《あわ》てて言い直した。
「宮本淑子さんです。間違いなく宮本さんです。しかし、なぜ彼女が?」
と、言いかけて絶句した。
驚愕の表情は、演技という感じではなかった。
横浜の高峰家の応接間で、村松の妻の真理は、刑事の質問にこたえて、
『村松あてのはがきを持っていたのなら、殺されたのは、あの女ではないでしょうか』
と口走ったが、それがいま、村松によって、直接確認されたわけである。