死者の確認が先決である。
宮本は、何はともあれ、刑事の先導で、大塚の東京都監察医務院へ行った。
「淑子です。淑子に間違いありません。どうして、淑子がこんなことになったのですか!」
宮本は、淑子の愛人である村松俊昭と同じような反応で、刺殺されていたのが、妻の淑子であることを認めた。
そうして、うなだれて、上野西署の捜査本部へ戻ってきた宮本を見て、
(この亭主も、背が高いな)
と、つぶやいたのは、捜査本部の一隅で待機していた、清水部長刑事である。宮本は、確かに長身だった。一メートル八十二はあるだろう。
しかも、宮本は、メタルフレームの眼鏡をかけている。
愛人の村松同様、夫の宮本も、その高い背丈において、
(犯人《ほし》と成り得る資格を備えているって、ことか)
ベテラン部長刑事のつぶやきは、そんなふうにつづいた。
宮本から事情を聞いたのは、本庁捜査一課から応援にきている刑事だった。さっき、宮本に電話をかけた、中年の刑事である。
この刑事も、当然なことに、宮本を一目見たときから、その体型が犯人に共通することを感じ取っていた。
「どうぞ、おかけください」
刑事は窓際の机に宮本を案内し、いすを勧めながら、五人の登場人物を思った。これまでに、捜査員の警察手帳に名前を記された五人である。
宮本淑子、村松真理、村松俊昭、宮本信夫、そして、これから捜査員が訪ねることになっている男、村松真理の愛人であり、『浅野機器』常務の手塚久之。女性二人(淑子と真理)は、小柄でロングヘア。男性三人(村松、宮本、手塚)は、いずれも一メートル八十を超える長身。
それぞれの体型が似ているのは、偶然だろうか。刑事は、それを考えながら、宮本と斜めに向かい合う形で、いすを引いた。
「淑子!」
宮本は、突然両掌を握り締めた。
「刑事さん、淑子を地理不案内な東京へ呼び出して殺したのは、村松の女房ではないでしょうか。あの真理って女房なら、やり兼ねません」
宮本は、双方の夫婦四人で談合したときの模様を、刑事に伝えた。これまでに話し合われたのは二回。場所はいずれも、横浜市内のレストランであったが、二回とも真理は、テーブル越しに、淑子につかみかかろうとしたというのである。
談合は二回とも決裂。
二回目などは、
『何よ、ドロボー猫!』
真理は憎々し気に叫び、コップの水を淑子の顔面にかけ、レストランのボーイが、慌てて駆け付けてきたほどだったという。
「あの真理って女房は、育ちのいい美人ではありますけどね。男もたじたじになるほど、おっそろしく気の強い女です。どんなことがあっても、我《が》を通す性格です」
「三回目の話し合いが、今夜ですか」
「あの女房が強引に言ってきたので、そういうことになりました。しかし、何度繰り返したって、第三者の立ち会いがない限り、決裂は目に見えています」
「失礼ですが、あなたも当事者だ。あなた自身は、どう解決しようとしているのですか」
「ぼくはどうでもいいんです」
宮本は、一層力ないまなざしになった。
「どうでもいいというより、どうにもならないんです。村松夫婦から事情を聞かれたのなら、すべてご承知でしょうが、淑子は、ぼくと一緒になる前から、ずっと、村松とつづいていたのですよ。人間の心に、縄をかけて、こっちへ引き戻すことはできません」
「あなたとしては、淑子さんとの離婚を考えていた、ということですか」
「だれがどう悪いんだか知りませんがね」
と、宮本はやけ気味につづけた。
「ぼくは、最初から最後まで、裏切られていたってわけです」
「しかし、それにしてもですよ、あなたが考えるように、村松夫人が犯人だとしたら、三度目の話し合いをお膳立てしたことが、腑《ふ》に落ちません」
「ぼくは聞いていませんが、あるいは淑子が、昨日になって、夫婦同士の話し合いなど、いくら開いても意味がない、といった電話を、村松の女房にかけていたとしたら、どうなりますか」
「淑子さんも、気は強い方ですか」
「そりゃ、気が弱いということはないでしょう。二年間、夫を裏切りつづけてきた妻ですからね」
「するとあなたは、夫婦四人が顔を合わせる前に、奥さん同士が会って、決着を付けたと考えるのですね」
「淑子の方から村松の女房に連絡を取らなかったとしても、村松の女房自身が、談合の無意味に気付いたということも、あるかもしれませんね」
「今度も話はまとまらないだろう、ということですか」
しかし、と、刑事が、小柄な女性が刺殺犯人であるはずはない、と、(清水部長刑事が村松に対したのと同じように)告げると、宮本もまた、村松と同一のことばを返してきた。
「村松の女房の愛人を連れてくれば、事足りるでしょう。ぼくたちの結婚式に、淑子の方の職場の代表として出席したので覚えていますが、浅野機器の常務をしている色男は、背が高いですよ」