中には、「人妻密会中の殺人?」といった、煽情的な見出しもあったけれど、各紙とも、内容はそれほど深くなかった。
夕刊の早刷りが街に出回る頃、浦上伸介《うらがみしんすけ》は、新宿の将棋センターにいた。
三十二歳で独身。フリーのルポライターである浦上は、酒を愛し、将棋を唯一の趣味としている男だ。
取材などの予定がないときは無論のこと、週刊誌の仕事が入っていても、文字通り寸暇を惜しんで、浦上は将棋クラブへ通った。
都内の私大に学んでいた頃から、攻め七分の将棋で、現在の棋力は四段。アマチュアとしては強い方だ。
しかし、浦上自身は、攻めっ気の強い棋風とは裏腹に、ファイトを表面には出さないタイプだった。
中肉中背の童顔で、口の利き方も静かだ。将棋を指すときの駒音も、常に一定しており、とても、事件ものを得意とするルポライターのようには見えない。
浦上は、女性誌のコラムを一本書き上げたところだった。
ワープロで打った原稿は、ファクシミリで発信し、浦上は、留守番電話に行き先を吹き込んで、中目黒《なかめぐろ》のマンションを出てきた。
小さいビルの四階にある、新宿の将棋センターは、浦上にとって、学生時代からのホームグラウンドだった。将棋盤が五十面以上も並んでいる大きいクラブは、いつきても、満席のことが多い。
この日も、そうだった。浦上は一局目を相矢倉で落とし、二局目は気分を変えて飛車を振ったところへ、
「浦上さん、『週刊広場』からお電話です」
と、手合係が呼びにきた。
留守番電話の伝言は便利だが、こういうときは、やり切れない。浦上は対局相手に一礼して、渋々と席を立った。
「もしもし、浦上ちゃん、こんなに日が高いうちから将棋|三昧《ざんまい》とは、結構なご身分ですね」
茶化した言い方は、『週刊広場』の編集長だった。
「今週、ぼくはお呼びでなかったはずですが」
と、浦上が言いかけると、
「昼間から酒を飲もうと、将棋を指そうと、そりゃ浦上ちゃんの勝手だ。しかしねえ、売れっ子のルポライターなら、新聞の社会面には、ちゃんと目を通してもらいたい」
編集長の声が徐々に高くなった。これが甲高い声に変わると、良くも悪くも、手に負えなくなる。
『週刊広場』の編集長は、自他共に認めるほど、喜怒哀楽の変化が激しい性格なのである。
「すぐに将棋をやめて、編集部へきてもらいたい」
と、編集長は言った。
浦上の主たる仕事先である『週刊広場』は、大手総合出版社の発行だった。本社ビルは、皇居・平河門に近い一ツ橋だが、週刊誌の方は、神田錦町の分室に入っていた。
七階建て、細長い雑居ビルの三階が編集室になっている。
「新宿から神田へくるまでの間に、一通り夕刊各紙に目を通しておくように」
と、編集長は早口でつづけ、素材《ねた》が不忍池の若妻殺しであることを、浦上に告げた。
編集長が浦上を起用することに決めたのは、事件が横浜|絡《がら》みだったためである。
浦上が神奈川県の取材に強いのは、私大時代のごく親しい先輩、谷田実憲《たにだじつけん》が、神奈川県警記者クラブに、『毎朝日報』のキャップとして、詰めているためだった。
浦上は、週刊誌の立場では限界のあるニュースを、『毎朝日報』横浜支局を通じて、何度も入手している。警察《さつ》回りが聞き込んできたオフレコ話を、そっと谷田から耳打ちされたこともある。
それを承知している『週刊広場』の編集長は、
「捜査本部は上野だが、今回も横浜の谷田さんの力を頼ることになるね」
と、そう言って、電話を切った。
殺人を招いた人妻の情事。
犯人の追及と同時に、不倫の背景を掘り下げることが、特集のテーマとなった。
浦上は『週刊広場』での打ち合わせを終えると、すぐに編集部を飛び出した。神田錦町から上野西署まで、タクシーで二十分足らずである。
浦上が『週刊広場』特派記者の名刺を受付に出したとき、壁の掛け時計は、四時を回っていた。
新しい殺人事件を抱える、夕方の署内は慌ただしい。
副署長は、面会には応じてくれたものの、
「事件が発生したばかりで、捜査はこれからという段階です。記者発表に付け足してお話するようなことは、何もありませんな」
渋い表情だった。
浦上自身も、この時点での警察取材に期待をかけてはいなかった。
記者クラブに所属していない週刊誌の場合、取材は、警視庁の広報課を通さなければならない取り決めになっている。浦上がそれを無視したのは、すでに夕方なので、本庁経由では取材が翌日になってしまうし、どっちみち警察取材では、新聞報道の域を越えることはない、と、考えたためである。
(どうせ顔つなぎに過ぎないのなら、早い方がいい)
浦上はそんな軽い気持ちで、通り一遍の質問を重ね、
「日を改めて出直してきます。そのときはよろしくお願いします」
と、一礼して、副署長席を離れた。
浦上は三階へ上がったが、もちろん捜査本部へ入るわけにはいかない。
浦上は捜査本部の張り紙とドアを写して、上野西署を出た。
夕方の雑踏を横切って、不忍池の殺人現場に立ったのは、午後五時近くである。昨日の犯行時間より一時間余り早いし、昨日と違って東京の空はよく晴れているので、柳の陰の撮影にも、何の支障もなかった。浦上は池の周辺に向けて、何枚もシャッターを切った。
『週刊広場』に掲載される際の、見出し用のカットを意識して、カメラの位置を変え、背景に池の中の島を入れたりもした。
この撮影に、およそ四十分を費やしただろうか。
上野の山は、次第に薄暗くなってきた。池のほとりを行き来する人影は、圧倒的に若い男女が多い。
「あと、三十分か」
浦上は腕時計を見てつぶやき、三十分なら、殺人時間まで、現場で人の動きでも見てやろうと思った。
新しい発見は無理でも、犯行時の雰囲気を味わっておくのは、意味のないことではあるまい。
浦上はキャスターをくわえ、近くの黄色電話の方へ歩いて行った。
動物園のモノレールに視線を投げながら、電話をかけた先は、神奈川県警本部の記者クラブである。
電話はすぐに『毎朝日報』のコーナーにつながったけれど、キャップの谷田が出てくるまでには、少し、間があった。いつもと同じようにである。
「やっぱり、『週刊広場』は食い付いてきたか。きみが担当するのか」
谷田は、浦上の説明を聞いて、
「当然そうなるだろうと思っていたよ」
と、例の太い声で言った。
「で、いつ横浜へ来る?」
「ついでですから、凶行時間まで、宮本淑子が犯人《ほし》とたたずんでいたという、柳の下で、たばこでも吹かして、それから直行します」
「今夜は七時過ぎなら、記者クラブを出ることができる。七時半に関内《かんない》でどうだ」
谷田は、土佐料理屋を指定した。関内駅を降りて、伊勢佐木町《いせざきちよう》寄りの店だった。
浦上は、ぴたり、殺人時刻の六時五分まで現場にいて、不忍池を離れた。
昨日が、今日のような快晴なら、夜の訪れも、もう少し遅かっただろう。目撃証言も、より具体的な線が出たかもしれぬ。
浦上はそうしたことを考えながら、宵の人込みを上野駅まで歩き、大船《おおふな》行きのJRに乗った。