江蘇(こうそ)の彭城(ほうじよう)に畢衆宝(ひつしゆうほう)という人がいた。
駿足の鹿毛(か げ)の馬を何物にもかえがたいほど大事にしていて、外へ出るときはいつもその馬に乗り、家にいるときは、まめまめしくその世話をしていた。
宋の大明六年のある夜、衆宝の夢枕に亡くなった兄があらわれて、
「わたしはこんど戦争に行くことになったが、よい馬が手にはいらなくて困っている。おまえの鹿毛をわたしにゆずってくれないか」
と言った。衆宝は、愛馬を手ばなすことは悲しかったが、兄のたのみを拒むわけにもいかず、
「おゆずりします」
と言った。そのとき、目がさめた。
ちょうど客がきていて、同じ部屋で寝ていたが、客も目をさまして、
「夢を見ておられたようですな。なにやらしきりに言っておいででしたよ」
と言った。そこで衆宝が夢の話をして、
「兄にゆずることにしましたよ」
と言ったところ、言い終ったとたんに、厩のほうから、馬が倒れたような音がひびいてきた。さっそく下男を呼んで見に行かせたところ、はたして馬が倒れていた。まるで卒中のような状態で、わずかに息をしているだけだという。衆宝は起きて厩へ行ってみた。
「やはり、兄が冥界へ連れて行ったのか」
と思ったが、見捨てておくには忍びず、あれこれと手を尽して介抱をした。しかし、その甲斐(かい)もなく、夜明け近くなったころ、愛馬は死んでしまった。
衆宝は部屋へもどってまた寝たが、しばらくすると、兄の亡霊がまたあらわれて、
「さきほどは馬をゆずってくれと言ったが、おまえの介抱ぶりを見ているうちに、もらうのが気の毒になってきた。おまえがあんなに馬を大事にしているとは知らなかったのだ。あの馬はおまえに返して、わたしは別の馬をさがすことにするよ」
と言った。
衆宝はまた起きて厩へ行き、じっと馬を見守っていた。と、夜明けごろになって馬は生きかえった。朝の飼い葉をやるときには、もう、もとどおり元気になっていた。
六朝『述異記』(祖冲之)