ミラノで死ぬほど洋服を買った私。
中にはノースリーブのものも何点かある。今までは二の腕が気になり、ノースリーブの上には必ず何かを羽織っていた。
とにかく私の二の腕の太さときたら異常で、真横から見ると胴の幅とほとんど同じだった。つまり体ごと腕になっていたんですね。
が、ダイエットのおかげで、かなり細くなったような気がする。こうなってくると足もナマにしなくっちゃおかしい。前に何度もお話ししたと思うが、夏が来るたびに私はいつも悩んでいた。
「ナマにすべきだろうか、それとも──」
暑くてタイツはもうはけない。そうかといってナチュラルストッキングをはいたヒにゃ、もうまわりの人たちから何を言われるかわからない。私のファッションはコンサバ系ではないため、まわりもそういう人ばかりだ。もうナチュラルストッキング女イコール、超ダサ女ということになってしまう。が、私はものすごい寒がりのうえに足が太い。ただ太いだけではなく色が白い。このためナマにすると足が本当にナマナマしくなってしまうのだ。
これについて私は本当に研究を重ねた。テツオに尋ねたところ、
「メッシュか、肌色のタイツならばいいのではないか」
という回答を得た。が、まだ安心は出来ない。私は日本のモード界のオキテをつくっているといわれる、マガジンハウスの某大物編集長にも問い合わせた。するとその人はこう言った。
「ハヤシさんの年なら、まだやっぱりナマにしてください」
が、やっぱり冷える、やっぱりハズカシイ。そんなわけでずっとメッシュのストッキングをはいていたのであるが、ミラノコレクションのためにやってきたマダム遠藤に注意された。
「ハヤシさん、ストッキングを脱ぐべきよ」
マダム遠藤は、いろんなイタリアンブランドの日本代表を務めている人で、もちろんイタリア語ペラペラ。こちらのマダムのように、こんがりと灼《や》いた脚に、そのままヒールの靴をはいてカッコいい。
そんなわけで私もナマ足、ノースリーブといういでたちでミラノを歩くようになった。靴もシースルーのやつを何足か買った。日本でペディキュアをしといてよかったワ。何年もかけて永久脱毛をしといて本当によかったワ。
イタリアのブランドは、やっぱりナマでないと決まらないものがいっぱいある。
そんなわけで日本に帰ってからも、人の足が気になって仕方ない私である。昨日青山でつぶさに観察したところ、あの青山でさえストッキングがかなり多いことに驚いた。普通のスーツならともかく、パンツや七分丈パンツにサンダルやミュールを合わせ、それでいてナチュラルストッキングというのは、ふーん、ダサいぞ。
どうしてヨーロッパやアメリカに比べ、日本ではナマにためらうのか。それはいわずとしれた畳があるからですね。おとといのこと、日本料理店へ招かれた私は、しまったと思う。いくら足のエステにたまに行くからといっても、私の足のカカトや裏というのはやっぱり汚い。小指にはマメも出来ている。
サンダルの足をじろじろ見る人はいないが真横に投げ出された人の足を見る人はいると思う。私はどうしたかというと、バッグで足を隠しました。なんだかみっともない格好になったが仕方ない。
さて私は、ミラノで素敵な靴をいっぱい買った。あっちでは私のサイズがいっぱいあって、本当に嬉《うれ》しい。シャネル、ヴァレンティノといった工芸品のような美しい靴から、ミュウミュウ、プラダ、ジル・サンダーといったトレンディ系もしっかり押さえた。どれも今年流行の細いヒールをしている。が、大変なことが起こった。この靴、はいているとミラノの石畳に、スポッスポッとヒールが入ってしまうのだ。
「ちょっと待ってよー」
と先に行く友人を呼ぶことになる。
「日本に帰れば大丈夫よ。だって日本は平らなアスファルトばっかりだもの」
などと思ったら大間違い。
おとといのことである。羽田の空港を出ようとして、私は前につんのめった。なんということでしょう、自動ドアの細い溝に、私のジル・サンダーの細いかかとが、完璧《かんぺき》に埋まってしまったのである。
「ちょっと待ってよー」
ミラノと全く同じ悲鳴をあげた。足をいろいろ動かしたがぴくりとも動かない。私は仕方なくいったん靴を脱ぎ、裸足になったままかがみ込んだ。そして力を入れてひき抜いた。すぱっとやっと取れた。顔を上げると、おじさんの団体が目の前にいて、みんなゲラゲラ笑っている。恥ずかしいというよりも腹が立った。
こんなおじさんたちに、モードする苦労がわかってたまるもんかい。
今月はデイトの予定が幾つかある。ヴァレンティノのノースリーブのワンピースに、もちろんナマで、ゴールドのサンダルをはいていくつもり。我ながら決まっていると思う。が、あれはミラノでの話。日本に帰ってくると、魔法がとけたみたいになるものって、いっぱいあるものね。