寄せては返す美女の波
「キレイっていうのは貯金と同じですよね」
「大助花子」の花子そっくりの魔性の女、ナカセさんが言った。
「貯金ゼロの人は、貯める楽しみなんかまるっきりないけど、ハヤシさんは今、貯金がどんどん貯まっていく段階でしょう。みんなにもキレイ、キレイって誉められ始めて、すごく嬉《うれ》しいと思うの。もっともっと頑張らなきゃいけないと思ってるはず」
彼女はものすごく頭がいいので、鋭いことを言う。
「私、この頃つくづく思うんですけどね、キレイな人って、もう土台が出来てるんで、細かいとこにも手間がかけられるんですよ。足のカカトとか、爪とかにもうんと時間とお金をかけられるんで、ますますキレイになっていくのはあたり前ですよね」
なるほどねぇ。私も美人と呼ばれる人を見て、どうして爪の先までこんなにキレイなんだろう、神さまっていうのはエコヒイキ的に、どうしてこんなに差をつけるんだろう、ってつくづく恨んだものである。確かにナカセさんの言うとおり、美人は元がいいもんでディティールに凝ろうとするようだ。ネイルにうーんとお金を遣う女って、たいていが美人でモテる人だものね。
さて、このところ私は、いろんなパーティに着物姿で出席し、つかの間の�美女気分�を味わっている。着物を着ると、すごく底上げされるので、みんながやたら誉めてくれるのだ。うーん、なんかすごくいい気分。なんか人々のこの視線が、この賞賛が、私を変えてくれるんじゃないかしらん……。
美人になったついでに、バーゲンへ行こーっと。なぜか今までは来なかったエルメスのバーゲンの通知が、私のところに舞い込んだのである。お得意さんとか、プレスの人だけを呼んだ特別のバーゲンだそうだ。私はこのあいだ、パリに住んでいる人に頼み、本店でのバーゲンで旅行バッグetcを買ったばかりであるが、こちらの方にも顔を出すことにいたしましょう。
バーゲン出席のハガキに○印をつけて出したら、エルメスの人から電話がかかってきた。
「ハヤシさんが昨年お求めになったスウェードのスカートをご用意しておきますので、当日お受け取りください」
思い出した。あれは十月の「アンアン」の撮影であった。スタイリストの人が用意してくれた、サイズ38のエルメスのスカート。以前の私だったら、太ももも入れられない感じであったが、フィッティングルームではいたら、スルリといくじゃないの! あまりの嬉しさに私は叫んだ。
「これ、買い取りします!」
ところがさすがエルメス、三十四万円という値札がついていて私は真青になる。どうしようかと迷い始めたらスタイリストの人が言った。
「ハヤシさん、これはシーズン前のサンプル品なので、多分すぐには手に入らないと思いますよ」
サンプル品というのは、名前どおり見本のことで、このスカートはこの後もいろんな撮影に貸し出されるわけだ。しかし私と同じサイズのモデルなんて、この世に存在するんだろうか。
「たぶん来年の春頃、お役目を終えて売り出されるんじゃないでしょうか。その頃はすごく安くなっていますよ」
�その頃�がついにやってきたのである。私の方はすっかり忘れていたけれども、あのスカートと再会することになったわけ。値段もバーゲン品なみのお安さになっていた。
当日仕事が早く終わり、私は六本木の「アマンド」へ入った。関係者のみのバーゲンだというのに、時間ぴったりに行くのはあまりにもハズカシイ。
バーゲンが始まる四時を十分過ぎてから、私は立ち上がった。二軒先のビルに進む。ここの上でバーゲンはあるのだ。会場に入ると、既にぽつぽつと人が集まっていた。品数はそんなに多くない。コート、スカートといった同じアイテムがずら〜っと並んでいる。
私はグレイのスカートを買う。エルメスの服というのは一見地味で、どうということがないように見えるが、着ると生地と裁断のよさがすごくよくわかる。シルエットがすごくキレイなのだ。試着しないで買ったけれどもスカートはぴったりだった。エルメスが三万四千円ならすごいお買い得だ。
セーターのところを見ていたら、私がこのあいだパリで買ったものと同じやつが、半額で出ていた。こういう時は本当に口惜《くや》しい。もうやつあたりして、邪けんに扱ってやるからね。
ところでこの会場には、芸能人の方々もちらほら姿を見せた。みんなが痩《や》せていることにびっくりする。それよりも、髪がつやつやとキレイにブロウされていることに感動した。そういえば、ある本の広告の見出しに、
「髪を見れば育ちがわかる」
というのがあったな。私の知っている金持ちのコンサバお嬢あるいは奥さまというのは髪がいつも完璧《かんぺき》だ。美容院から帰ってきたばかりのような髪をしている。たぶん本もあのことを言っているのだろう。それから、
「美人は土台が出来ているから、細部に凝る」
説もあたっているのだろう。ああいう層に不細工な女はあまりいないものね。
ところで五ヶ月ぶりに対面したスウェードのスカートであるが、家に帰って着てみたらピチピチであった。あの時はもっと余裕があったのに……。
リバウンドの波は、今回もひたひたと押し寄せてきているのねと、私は絶望の声をもらす。