恒例の桃見ツアーの日がやってきた。
私のふる里山梨は、毎年四月中旬になると、それはそれは美しい桃の花でうずめつくされる。盆地全体がピンクのカーペットが敷きつめられたようになるのだ。
知り合いの桃畑を借りて、花の下でバーベキュー&酒盛りをする。これが楽しみらしくて、担当の編集者の人たち四十人が参加してくれる。
行きのバスの中から、みんなビールやワインを飲んでどんちゃん騒ぎが始まるのだ。私は毎年ゲストを呼ぶのであるが、今年は千代菊ちゃんを誘った。
おととしパリに行った時は、二人でホテルのバーで、いろいろ話したっけ。現役の芸者さんだった時代から、彼女はその美貌《びぼう》と頭のよさで知られていた。有名人の知り合いも多く、みんなから、
「千代菊ちゃん、千代菊ちゃん」
と大変な人気であった。新橋のような一流どころの芸者さんともなると、つき合う男性も一流の人ばかりだ。そういう中で生きてきた千代菊ちゃんは、�女のプロ�といった感じで、私は彼女のことをとても尊敬しているのだ。
彼女が事務局のような役割をしていて、いい男ばっかり集まる「ワインの会」やおいしいものを食べる会も定期的に行われるようになった。この頃、月に三回ぐらいは千代菊ちゃんと遊ぶ。私も彼女の百分の一ぐらいの色気と魅力を身につけられたらいいナと思う。
さて桃見ツアーの当日、天気も最高であった。代々木公園前から出るバスに乗り込むと、既に千代菊ちゃんも来ていて座っていた。真赤なコートに、黒いサングラスは�ただ者�じゃないという感じ。いつも美人と見ると図々しく近づいていく編集者たちも、遠まきにしている。やっぱり、ちょっと近づけないという感じなのだ。
いちばん後ろが、やけに騒がしい。A子さんが来ているのだ。A子さんもこのエッセイによく登場している。「大助花子」の花子生きうつし、生きているペコちゃん、と呼ばれ、かつ魔性の女と賛えられる女性編集者だ。
彼女は某有名出版社に勤務しているのであるが、そこでいちばんいい男と結婚。ほどなく離婚したのち、いろんな男性と恋愛を重ね、今は某人気作家と同棲《どうせい》中である。年上のしぶーいおじさんであるが、彼はA子さんに夢中で、もう手放せないそうだ。
A子さんは、ころころした体型に似合わない開きの大きいニットセーターを着ていた。首のうしろの方にこんもり肉がついている。ふつうそういうのは隠すのであるが、彼女はむき出しにして、そこが日に灼《や》けている。
男の人たちから、
「おい、お前、背脂がにじみ出てるじゃないか」
とからかわれていた。本当にA子さんがいると、そこは吉本の舞台になる。みなを笑わせ、彼女は自分でもボケをかます。
何度でも言うようであるが、A子さんを見ていると、私の長年つちかってきたセオリーががたがたに崩れてくるのである。ふつうこういう三枚目の女性は、モテないことになっているのであるが……。
帰りのバスの中で、何と千代菊ちゃんとA子さんは隣り合って、仲よくお話ししていた。帰りぎわ、千代菊ちゃんは私に言った。
「ハヤシさん、今日、噂のA子さんに会えて本当によかったわ」
「ふうーん」
「あの人がモテるの、私、すごおくわかりました」
女のプロである千代菊ちゃんが言うので、私は驚いた。
「私、隣にいてあの人から、すごく強い力を感じました。生命体の強さっていうのかしら、ものすごく強いオーラが、あの人から出てるんですよ。男も女もあの人に魅《ひ》かれていくの、わかります」
「へえー、強い生命体ね……」
「こういう世の中で、男も女も軟弱になっているじゃないですか。だからああいう強い女の人がいて、強い光線を発していくと、みんなふらふらになっていくんじゃないでしょうか。それに強いオーラといっても、あの人は甘いにおいがします。言ってみればミルキー・オーラじゃないでしょうか」
そういえば、彼女のあだ名は「神楽坂のペコちゃん」である。ミルキー・オーラというのはあたっているかも。私はため息をついた。
「そうかあ、私も生まれた時を間違ったのかも。私ももうちょっと遅く生まれていたら強い生命体ってことで、モテたかもしれないけど、時代が悪かったのね」
が、これには千代菊ちゃんは何も答えなかった。
ちなみにA子さんを見たい人は「編集会議」という雑誌の表紙を立ち読みしてください(地方では売ってないかも)。四月号、五月号と彼女は作家と一緒に写ってますよ。ちなみに四月号は私が中心に立っている表紙。後ろに立つおさげのA子さんに完全に負けている。